49話 アランの計略
―――ノア 「理想郷」
「ああ!! イラつくぜ!!」
アランはそう叫びながらカウンターにグラスを叩きつけた。
ノアの街の高級酒場「理想郷」で、アランは『人殺し』のレッテルを貼られた事やその後のカイルの行動に朝まで悪態を吐き続けていたのだ。
「アラン様。もう夜も明けましたよ。そろそろ、お引き取り願えますか?」
「うるせぇー!! 金ならいくらでも持ってる! 気分が落ち着くまで黙ってろよ!!」
アランはそう叫び、懐から金貨が無数に入っている巾着を男の店員に投げつけた。
床にバラバラと金貨が散らばるが、店員は眉一つ動かさず、冷静に口を開いた。
「アラン様。代金はご自分でお支払いなさって下さい。Sランク冒険者のあなた様を特別扱いするつもりはありません。ここの敷居を跨ぐ資格がある方達はみな等しく平等ですので……」
「チィッ!! 無駄に高いだけの、チンケな店のくせに。店員にどんな教育をしてやがる!!」
「……そこの金貨はご自分で拾って下さい。では、帰り支度が済みましたら、こちらの代金を置いて、私にお声かけをして下さい。失礼致します」
男は音もなくその場から消える。
(クソが! ドイツもコイツもイラつかせる!!)
アランはまたグラスに口をつけたが、既に空になっている事に気づき、また舌打ちしてから、グッと握りしめ、グラスを割った。
「なぁ、冒険者さんよ。何をそんなにイラついてんだよ?」
「あぁん?」
アランはアルコールの酔いに耐えながら、声の主に視線を向けた。
「『キラ』……」
「おぉ!! 俺の名前知ってんだ? ごめん。冒険者さんの名前はちょっと知らねえな。他業種の人の名前は誰も知らねんだ。悪く思わねぇでくれ」
この「理想郷」には限られた人間しか立ち入る事を許されない。
Aランクより上の冒険者。ノアの闘技場のA級より上の闘技者。公爵以上の貴族。その他で言えば、5人の豪商しか入店を許さない格式ある酒場だ。
あまりの大物の出現にアランはブルッと背筋に虫が走った。『キラ』はノアの闘技場で活躍しているS級闘技者であり、その中でも序列3位のランカーだ。
ノアの街でランカーを知らない者はいない。
実際に戦っている姿を見られる闘技者達は顔が知れ渡っているのだからそれも当たり前だ。
「何だよ。何か文句でもあんのか?」
アランは舐められるわけにはいかない。
『冒険者は闘技者より上の存在』
でなければならないからだ。それは冒険者達の共通認識と言っても過言ではない。
「おぉ、こわい、こわい。冒険者は荒くれ者が多いからなぁ〜! 別に争う気はねぇよ? ただ、引き締まった筋肉にワイルドな顔つきの冒険者さんを見たのは初めてでね。さぞかし、名前が売れてる人だろうと思ってよ」
キラは赤茶の髪を掻き上げながらニコッと笑顔をつくった。アランはキラの言葉に口角を釣り上げる。
「わかってんじゃねぇか! 俺がSランク冒険者の『アラン・ドーソン』だ!! ハハハハッ」
キラはアランの様子に限りなく細い目元を少し見開き、黒茶色の瞳を輝かせた。
「おお! アランさんか。確かSランクって相当難しいんじゃなかったか? 闘技者の『S』とはまるで、違って……」
「お前、見所があるな!! 闘技者が人間同士でちまちまやってる時、俺たち冒険者は、自分の倍以上の魔物を相手にしてるんだ!! お前も序列3位だか知らねぇが、せいぜいAランクに行けるかどうかってとこだろう!」
キラは「ハハハハッ」と笑いながらもせっかく見つけた「カモ」のためにグッと苛立ちを堪える。
「昨晩からずっと見てたが、すごい苛立ってるようだな? 何かあったなら、アランさんの力になって、顔を覚えて貰おうと思ったんだが……」
キラは視線を外し、少し照れ臭そうに演技するが、アランはその事に一切気づかない。それよりも、キラを利用してカイルに一泡吹かせられるのでは? と思案し始めた。
(まぁ、この『糸目』ヤロウが、カイルに勝てるはずはねぇが、消耗させるくらいはできるだろ……。それで俺が後からカイルを痛めつけてやりゃあ、カイルも少しは俺への態度を改めるだろ!)
アランはニヤリと笑みを浮かべる。
「ちょっと、俺のパーティーのリーダーがかなりの暴君でな……。そろそろ我慢の限界なんだが、ここまで一緒に戦ってきた仲間に手を上げるなんて、できなくてよ……」
アランのクサイ演技に、キラは頬の肉を噛み締め、思わず吹き出してしまいそうになるのを堪えながら口を開いた。
「……そうか。ひ、ひでぇヤツなんだな。アランさんのような優しい人にキツく当たるなんて」
「そうだろ? 誰かが痛い目に遭わせてやりゃ、アイツも改心すると思うんだけどなぁー……」
「俺でよければ力になるぜ?」
キラの言葉にアランは手で顔を覆い、
(バカだ。この糸目!! カイルの強さを知らねぇからこんな事を平然と言えるんだ)
と、思わず笑い転げたくなるのを我慢しながら神妙な面持ちで口を開く。
「本当か!!?? お前みたいな『ランカー』がそう言ってくれれば安心だ!!」
つい先程、『Aランクに上がれるかどうかってとこだ』とキラに言っていたが、アランの頭からは、その事は抜け落ちている。
ただ、目先の利益の事しか考えず、深く思考する事ができないアランに、キラは激しく軽蔑しながらも、
「任せてくれ! きっとアランさんに謝罪させてみせるからよ!? ただ、俺だって命をかけるんだ、それなりに対価が欲しいもんだ……」
と非の打ち所のない笑顔で言うと、アランはニカッと笑い、
「ならそこの金貨、全部くれてやるよ!! 当分は贅沢できる量だぜ?」
と呟きながら、(どうせ、カイルに殺されるんだから、後で回収すればいい)と満面の笑顔を浮かべた。
そこからアランはカイルの特徴を教え、幼稚な計略をキラに伝えた。
キラは「すごいな! アランさん」などと、一々感嘆の声を上げながら、懸命に笑いを堪えた。
今日一日ゆっくり休み、また明日「理想郷」で話し合う事になり、その日は解散となった。
(ハハハハッ。カイル! せいぜい俺を怒らせた事を後悔するんだな!!)
とアランは上機嫌で自分の宿に帰って行った。
キラはその背中を見つめていると、後ろから「キラの仲間」が出てきた。
本来、ソロプレイヤーである闘技者だが、キラは3人でチームを組み、闘技者としての地位を築いたのだった。
「あんなバカがSランク冒険者か。つけ上がりすぎだろ。よく堪えたなキラ」
B級闘技者、「抹消」という相手のスキルを1.5秒間だけ使用停止にするスキルを持っている『トト』が口を開いた。
「冒険者はみんなつけ上がりすぎよ。知性のないモンスターなんてゴミ屑みたいなものじゃない。『人間』を相手にする怖さを教えてあげないと…」
C級闘技者、「毒霧」という相手の身体能力を落とす程度の毒を操るスキルを持っている『サリー』もトトに続く。
「気を抜くなよ。もう金はたんまり頂いた。あとはお偉い、お偉いSランク冒険者、『二刀流のカイル』を狩ってやりゃあ、冒険者の権威は失墜する。『闘技者』の怖さを見せてやる……」
S級闘技者、序列3位、「飛斬撃のキラ」はニヤリと笑みを浮かべた。
次話「「月光の宴」の看板娘」です。
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