47話 カイルの誤算 ②
―――ノア 「冒険者ギルド」
周囲からあがる『二刀流』への罵声にカイルは怒りを通り越して、薄く微笑んでいた。
(コイツら、全員、ぶっ殺してやる……)
そう心の中で呟きながら一人一人を見渡すと、目が合ってしまった冒険者達は一人ずつ押し黙り始めた。
収束していくざわめきの中、カイルの瞳を真っ直ぐに受け止める者が1人。このギルドの主である元Sランク冒険者だった「狼人のロウ」である。
ロウは心の中で、
(ラミルが居たら発狂してたろうな。今日、ラミルを休ませててよかった。……『ザック』って冒険者か。それにしても、この状況を作り出したのが『ルーク』とはな……)
とアランに対抗した「ザック」を『鑑定』し、その原因に笑みを浮かべながら、ぼんやりとカイルを眺めていると目が合ってしまったのだ。
この状況はカイル本人、いや、『二刀流』が自分達で招いた事だ。
ダンジョンの中に法はない。冒険者達の常識だ。人を殺した事が事実だとしても、それを証明する事は不可能なのだから仕方がない。
いくらそれを「目撃した!」と叫んだところで、「冒険者が特定の相手を貶めようとしているだけ」と判断されるだけだ。
「自供」以外に、「法」の適応はなく、ダンジョン内での罪に罰が与えられる事はないのだ。
だが、冒険者達の間では、そうはいかない。現に死体が無数に転がっているのを見た者がいるのだから。魔物にやられたか、「人の手」で殺められたのかは一目見ればわかるものだ。
25階層で『二刀流』と同じルートを選択した冒険者達なのだとしたら、それなりに経験を積んだ者達のはずだから、それくらいは判別できるだろう。
ノアの街では何の意味もない「目撃した!」の声は、「人殺し」を裏付ける決定的な証拠になりうるのだ。
(さぁ、どうすんだ? カイルの坊主)
ロウは心の中で呟きながら、カイルの動向に注視するが、カイルは自分を見つめたまま一向に動かない。
カイルはロウと目が合った事で冷静さを取り戻していた。
(このヤロウがいる限り、『無かったことに』には出来ねぇな……)
戦闘しても負ける気はさらさらないが、確実に『ここだけの話』にできない。ギルドの建物は跡形もなく消え失せるだろうし、そうなれば「殺人」を認めてしまったようなものだ。
「ふっ。妬みもここまでくれば、脅威だな……。俺は新しく『二刀流』のサポーターを雇いに来ただけなんだけどな……」
憤怒を押しこらえながら、カイルは呆れたように口を開いた。
(ククッ。結局は自分の『欲』に忠実なヤロウばかりのはずだ。餌をぶらさげてやれば、すぐに飛びついてくるだろう。ぶっ殺すのはいつでもできる。今の標的はあくまで『ローラ』だ……)
カイルの心中には先程、自分に直接罵倒を繰り返したエルフの姿しかなかった。
「……いま、加入すれば『S』か……」
「無条件でSランクかよ……」
「一生、名前が残るぜ……」
「お、俺……」
カイルの思惑通りの反応を見せ、ざわつき始める冒険者達。カイルは思わず口角を吊り上げるが、それに『待った』をかけたのは、やはり「ルーク」に「影響を受けたザック」の一言だった。
「ふざけんじゃねぇ!! 誰が『人殺し』パーティーに入るかよ!! バカにしてんじゃねぇ!! 俺達は腐っても冒険者だ!! そんな見えすいた『餌』で末代まで続く『不名誉』を与えられるのはごめんだぜ!!」
ザックの足は震えていた。だが、言わずにはいられなかった。
(もし、アイツが俺の立場なら……。もし、アイツが生きて、ここに居れば……)
ザックにはそれしかなかった。むしろ、それだけだったからこその言葉である。そして、その言葉は確実に周囲に漂っている空気を一変させた。
「そうだぜ! 『人殺し』パーティーなんかに入れるかよ!!」
「危ねぇとこだったぜ!! 騙される所だった!」
「どうせ、加入したところで殺されるに決まってる!」
「よく言ったぜ! ザック!!」
周囲の反応にカイルは呆気にとられていた。先程声を上げた「ザック」と呼ばれた冒険者をジィーっと見つめながら、
(……ルークみたいな綺麗事を言いやがって)
とただザックの顔を脳裏に焼きつけた。
「何なんだよ!! テメェはさっきから!!!! テメェみてぇなヤツを見てると虫唾がはしるんだよ!!」
アランは血管を浮き上がらせながら、喚き散らす。気持ちはわからなくもないが、ますます状況を悪化させるだけだ。
カイルは頭ではそう分かっているのに、
(頭に血が昇りすぎておかしくなりそうだ……)
と背中の双剣に手を伸ばそうと手を動かそうとする。
パンッ!!
と、突如響いた破裂音に皆が視線を向ける。そこには手を合わせているロウの姿があった。
「はい。終わり。カイルの坊主。今日んとこは帰れ。お前らも少し落ち着けよ」
ロウの言葉には有無を言わせない迫力があった。
(クソが!! だが、確かに……。檻の中はごめんだ……)
カイルはロウの言葉に冷静さを取り戻し、そのままギルドから去って行く。ロウは去っていくカイルの背中に口を開いた。
「ルークがいねぇだけでめちゃくちゃじゃねぇか……」
その言葉は誰の耳にも届かなかった。
外に出るとノアの街はすっかり暗くなっていた。
「ぁぁあああ!! 何なんだよ! アイツら!! ムカつくぜ!!」
アランは叫びながら、石ころを蹴飛ばす。
「黙って歩けよ……。殺すぞ?」
「元はと言えばテメェがやっちまったんだろぉが!! 俺はテメェに付き合っただけだ!!」
「………」
ただでさえ気が立っているカイルは無言でアランを睨みつけるが、アランも気が立っているのは同じだ。
「テメェが言ったんだ! 『魔物の大量発生はコイツらのせいだ!』って!! 本当はルークの『力』な、」
アランがそこまで言ったところでカイルは素早くアランの喉元をグッと掴んだ。双剣を自在に操るカイルの握力は人間を殺すには充分なものだ。
「ぐぁはっ、がっ、がっ、」
アランはヨダレと涙を流しながら、懸命にもがく。
「これ以上喋るな。本当に殺しちまいそうだ……」
アランはカイルの瞳に全身がガクガクと震え出しながら、懸命に頷いてみせる。
カイルは巨体のアランを軽々と投げ飛ばすと、アランは、ぜぇぜぇと苦しそうにうずくまり、必死に酸素を取り入れていた。
(クソがッ!! 全ての計算が狂いやがった。ローラはもう行っちまったか? いや、ローラの問題だけじゃねぇ。このままじゃ、ダンジョンに潜ることさえできねぇじゃねえか!!)
カイルは冒険者達の変わりように、むしゃくしゃする頭を掻きむしりながら、自分の宿へと足を進める。
『何でこんな事になったのか?』
を思案し続け、一つの結論を導き出した。
(……全部テメェのせいだな? ルーク)
荒い呼吸のまま宿に到着し、自分の部屋の扉を蹴破ると、そこに居るはずの姿が見えなかった。昼過ぎまでそこで、裸で寝ていたはずのアンの姿が消えていたのだ。
「うぁああああああ!!!!」
カイルは1人の部屋で叫んだ。
全てが上手くいかない。誰一人として、自分の思った通りに行動しない。何がどうなっているか何一つ掴めず、何から行動すればいいのかわからない。
そこからカイルは一睡も出来なかった。
過去、現在、未来。
あらゆる事に思考を巡らせるが、最適解は見つからなかった。窓から日の光が差し込んで来たのを確認し、そちらに視線を向ける。
カイルは3年間もノアに住んでいるのに、朝焼けを初めて見た。
「眩しいんだよ、クソが!」
そう呟いて、苛つきながら大きくため息を吐いた。
たった今、ルークが帰還したのだが、カイルはその事に気づかない。いや、気づけるはずがない。カイルの中で、ルークはすでに死んでいて、『殺したくても、もう、殺せないヤツ』になっているからだ。
(とりあえず、アンの確保だ……)
他の冒険者達からの加入が期待できない今、カイルはすがるしかなくなってしまった。つい先程屠りそうになった盾役と、『駒だ!』と罵り、陵辱してしまった治癒士に……。
次話「ルシファーとアシュリーの憂慮」です。
【作者からのお願いと感謝】
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