44話 『ローラ』
side ローラ
―――ノア 「豊穣の宿」
準備を済ませるのにかなりの時間が経ってしまった。「あの事故」から私の時間は止まっていたが、また動き始めたのは「彼」のおかげだ。
(きっと大丈夫。2人の息子だもの……)
カイルのふざけた話に苛立ちながらも、何度も何度も心の中で呟きながら、支度に取り掛かった。
ポーションや魔物の出現を抑える効果を持つ「魔除けのお香」。食料は最低限しか用意していない。
1人で46階層まで潜る事は、ほぼ確実に「死」を意味する。でも私は行かないわけにはいかない。
(こんな事なら、初めて彼を見た時逃げ出さなければよかった)
いくら後悔しても仕方がないのは重々承知しているが、あの銀髪と紺碧の瞳を見つけてしまったら、逃げ出す他に選択肢はなかったのだ。
私は彼に合わせる顔がない。
辛い過去が頭を駆け巡ってしまい、この8年間ですっかり枯れてしまった涙が滲むが、
(……ハハッ)
と自嘲気味に笑い、懸命に涙を堪えながら、エルフ族の秘術により、魔力を練る。
一通りの準備を済ませている間に明け方近くになってしまった。すぐに出発しようとしていると、風の精霊『シルフ』が声をかけてくる。
「ローラ、少し休んでから出発した方がいい。ダンジョンの過酷さを忘れたわけじゃないでしょ?」
シルフは背中の羽をパタパタとさせていたが、私の肩にちょこんと腰をおろした。
「シルフ、私は一刻も早く行かないとダメなの」
「大丈夫でしょ? 2人の息子なんだから」
「ダメなの……。こんな気持ちじゃ、どうせ休めない!」
シルフは私の言葉に押し黙った。おそらく、私の言葉が嘘偽りのないものだと、わかったのだろう。
先程のカイルとの会話の時のほとんどはシルフが教えてくれたものだ。シルフには「心の中を覗く」事や「死者と会話」する事が可能なので、私の発言に何も声を上げる事が出来なかったのだろう。
ふぅ〜っと少し長く息を吐く。
(マインさん。ルーナさん。力を貸してください……)
心の中でそう呟き、マインさんのものだった極東の刀と呼ばれる武器、万物を切り裂くといわれている「村正宗」を手に取り、足早に宿を後にした。
――― 『ノアの巨大迷宮』
8年ぶりのダンジョンの入り口に立った私は小刻みに身体が震えていた。
朝焼けが今にも姿を見せ始めている。
(綺麗ね……)
夜通し支度をしていたので、もしかしたらこれが最後の地上からの景色になるかもしれない。
「ローラ、大丈夫なの?」
シルフの心配そうな声にコクンッと頷き、ダンジョンの中に足を踏み入れようとすると、中から数人がダンジョンから出てくる所だった。
「とおちゃーーーく!!」
紫色の髪をした、まだ幼さの残る少年が元気に叫んだ。
「サイモン! うるさいよ?」
エルフの少女がそれに悪態を吐き、少しガッチリした青年がそれを笑う。
私は姿を見られないように、深くフードを被り、今度こそ足を進めようとすると、「彼」が姿を現した。
朝日を受け、キラキラの輝く紺碧の瞳はマインさんにそっくりだ。見ているだけで温かなオーラを感じる事ができて、息を飲むほど美しい顔と輝く銀髪はルーナさんによく似ている。
バクバクと高鳴る心臓は2人の面影に反応したのか、彼の無事に安堵しているのか、そんな資格もないのに恋してしまったのか、は私には判別出来ない。
ただ、否応なしに涙腺を刺激される。あんなに泣き続け、「もう泣かない」と決めたのにもかかわらず、頬に涙が伝う。
「ローラ……」
シルフが小さく声をあげる。
「ええ……。よかった。本当に、よかった!」
私の言葉にシルフは何も返さない。「ん?」とシルフの顔を確認しようと視線を向けると、私と同じ白緑の瞳を大きく見開き固まっていた。
「ど、どうしたの?」
「『彼』は何者なのさ? こんな事って……」
「えっ? シルフ? どうしたの?」
「前に見た時はわからなかったけど、『彼』はこの世界の『理』の中にいない。マインとルーナの息子は、限りなく神に等しい存在だよ……」
私が更に首を捻っていると、彼らの方から『圧』を感じ、即座に視線を移すと、金髪金眼の美女がこちらに視線を向けていた。
同性の私ですら、ドキッと心臓が脈打つほどの美貌に身動きが取れなくなってしまう。
「ルシファー。朝焼けだよ! 太陽が見えるでしょ?」
彼は無邪気に笑顔を作っており、私の心臓がキュンと音を立てる。声をかけられた金髪の美女は彼の言葉に頬を染め、登り始めた太陽に視線を移すとポロポロと美しい涙を流し始めた。
身体の拘束が解かれた私は、果てしなくお似合いの2人を見ながらチクッと心臓に針を刺されたが、
(とりあえず、無事でよかった……)
と来た道を帰ろうとしていると、小さな女の子が歩いてくるのが見えた。
「ねぇ……。君、『刀』を持ってる? 何で君からマインの『匂い』がするの?」
少女はフードを深く被っているので、顔は確認出来ないが、チラリと赤髪が覗いている。突きつけられた言葉があまりに衝撃的で私はパニックに陥っていると、シルフが慌てて声をあげる。
「ローラ!! この子ドラゴンだよ!! 敵意を持ってる!! 早く逃げないと、街がなくなるよ!」
ふわりと身体に風が集まったかと思ったら、一気に吹き上がり私を連れて行く。
「ちょ、ちょっと、シルフ!! 説明すればちゃんとわかってくれるよ!!」
「何で? 何で? 『神』に『ドラゴン』に『天使』!? こんなの、無茶苦茶だよ!! これから、何が起こるの!??!」
シルフには私の声が届いていないようだ。こんなに慌てているシルフを見たのは初めてだが、話を聞くのは後にしよう……。いま私の脳裏には彼の無邪気な笑顔だけが浮かんでいるから。
次話「ルークの帰還と冒険者達」です。
【作者からのお願いと感謝】
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二章開幕です。引き続き物語を楽しんでいただければ幸いです!! よろしくお願いしまーす!!