43話 『追放組』の帰還 ②
―――3階層
side ルシファー
ルーク様が歩きながら時計を確認する。少しホッとしたようにふぅ〜っと息を吐くルーク様に、私は(何か気がかりがあるのかな?)と注意深く観察していると、アシュリーがニッコリと微笑んで口を開いた。
「マスター! ここまで来ればあと少しのはずだよね?」
「うん! 本当にあと少しだよ!」
アシュリーの問いにルーク様は綺麗な笑みを浮かべて答えた。先程の違和感は杞憂だったのか……とおもいながら、
「……あと少しですか……」
とおそらく誰にも聞こえないであろう小さな声を発した。先程から心が忙しない。ドクッ、ドクッと規則的ながらも力強い鼓動を自覚してしまい、私は少し緊張していた。
(あと少しで太陽や月の光が……?)
そう考えると、落ち着かない心臓にも納得だ。
この数千年この地から出る事なく、かと言って死ぬことも出来ず、ただ「ここに居た」私にとって、こんな日が来るとは、夢にも思っていなかったのだから。
2000年ほどまではちゃんと数えていた。しかし、太陽も月も姿を見せないダンジョンの中で、(果たして、これが本当に正確な数字なのだろうか?)と途中で数えるのを辞めてしまった。
「ルシファー。大丈夫?」
ルーク様は心配そうに私の顔を覗き込んだ。少し感傷に浸っていた私は、空色の瞳に射抜かれ、心臓が飛び上がり一気に顔に熱が集まってしまう。
「だ、大丈夫です!」
「あと少しだからね?」
「……はい」
ルーク様の優しい声色に思わず泣きそうになってしまった。私はさっきから情緒がおかしい。この数日で、ルーク様との距離は近づいた。
優しいルーク様に甘え、素直に感情を表に出すこともできるようになった。「神の化身」であるという確信は深まるばかりだが、ルーク様の「人間らしい」部分にも数えられないほど触れた。
嬉しそうな表情も、心配そうな表情も、悔しそうな表情も、怒っている表情も。そのどれもが愛おしく、そのどれもが人間らしかった。
(ふふっ。人間だろうが、神だろうが、私にとっては小事だわ……)
と心の中で呟き、少し前を歩く銀髪を見つめた。思わず触れてしまいそうになるのを堪えながら、
(私は『ルーク様』がいいの。種族など何の問題にもならない!)
と心で叫ぶ。すると、また涙腺を刺激される。ルーク様と出会ってから、長らく忘れていた、さまざまな感情が生き返った事に、また深く感謝をしながら、より深い忠誠と愛情を募らせた。
ルーク様を想い、痛くなる心臓の心地よさに、また一つ笑みを浮かべる。
(あぁ。私、これからどうなるの?)
忠誠を誓ったルーク様に恋心を抱いてしまった。
その綺麗な手で触れて欲しい。
いつも、私を見ていて欲しい。
私の事を愛して欲しい……。
(私は何て傲慢なのかしら……?)
数千年の反省も全く意味を成さない。私は昂った気持ちを抑え込むように深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
(きっと、あと少しで願いが叶うから……。もう『空』はすぐそこにあるから……)
私はルーク様の後を歩きながら、不安定な情緒に、このような理由をつけた。
※※※
━━━1階層
先程から元気のないルシファーには気付いているが、その原因が分からず、俺は内心頭を抱えていた。
先程確認した時刻は午前5時15分。
(完璧なタイミングじゃないかな? 頼む!! 晴れててくれよー!!)
と、先程まで頻繁にとった休憩が無駄にならずホッとし、美しい朝焼けに期待していたのだ。
「ねぇ、ねぇマスター。ルシファーどうしたの?」
アシュリーはこそこそと小さな声で俺に声をかけてきた。
「うぅーん……?」
と熟考する俺にルシファーと出会った時の記憶が蘇る。「天界に帰りたいなどと贅沢は言わないから、太陽や月が見たい」と寂しげにダンジョンの天井を見上げていた姿だ。
思い返し、心臓がバクッと脈打った。
(そうだ。ルシファーは天界に帰るかもしれないんだ……)
頭を鈍器で殴られたような衝撃に頭がくらっとする。目頭が熱くなって来て、俺は思わず唇を噛み締めた。
「……マ、マスター?」
アシュリーが心配そうに俺の顔を覗き込む。
もう側にいるのが当たり前だと思っていた。いつも、すぐに頬を染め、心底信頼しきった金色の瞳を俺に向けてくれると信じて疑わなかった。
足を止める事は出来ない。もう既に、1階層に足を踏み入れている。ここで、やっぱり地上には出ない! は許されない。
アシュリーは何も言わず、俺の手を握ってくる。温かく、小さな手。ハッとアシュリーに視線を向けると、
「大丈夫だよ? マスター。大丈夫!」
と可愛らしい笑顔を浮かべた。おそらく、俺の考えを理解しているわけではないだろう。でも、その小さな手と、優しい言葉、可愛い笑顔は、確実に俺に力をくれる。
「ありがとう、アシュリー」
俺がそう言って握られた手に力を込めると、アシュリーは「ふふっ」と嬉しそうに笑った。
俺は決意を固める。
「ルシファーもおいで?」
ルシファーは何かを考え込んでいたようだが、俺とアシュリーが手を繋いでいる事に大きく目を見開き、すぐにもう片方の俺の手を握った。
「ねぇ。ルシファー」
「はい、ルーク様」
「天界には帰らないでくれないかな?」
「……まだそんな事を仰っているのですか?」
「……え!?」
「私は一生、ルーク様の右側に居ますよ?」
小さく首を傾げ、慈愛に満ちた表情に否応なしに、俺の鼓動は脈打つ。ルシファーの、プロポーズとも呼べる言葉に緩む頬を抑えられない。まだルシファーと居られる事が嬉しくて仕方がない。
「ひ、左側は僕だよ!! ルシファー! 急になんて事言うのさ!」
「あら。本来ならルーク様の隣は私だけで充分なのです。仕方がないから『右側』と言ったのに、そんな事もわからないなんて」
「……!! そ、それはこっちのセリフなんだから!」
2人の会話を聞きながら、俺はこれまでにない幸福を感じていた。かなり様子は違うが、両脇に父さんと母さんが居てくれているような安心感に、2人の大切さを実感した。
俺は立ち止まり、2人の手を引き寄せ、抱きしめた。
「俺は本当に幸せだよ。2人とも大好きだよ」
俺の言葉に2人は顔を赤くする。
「ルーク様。心から愛しています……」
「マスター! 僕も大好きだよ……」
2人の言葉に瞳が潤んだ。涙で滲む視界の先には『ノアの巨大迷宮』の出口が、顔を出した太陽に照らされている。
「ルシファー。太陽がすぐそこにあるよ?」
ルシファーは俺に回している腕に力を込め、
「もう少しこのまま居させて下さい……」
と俺の耳元で声を震わせた。
第二章 『ルークとカイル』 です。
【作者からのお願いと感謝】
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一章完結しました!!
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