41話 カイルと『ローラ』 ②
―――ノア 「豊穣の宿」
目の前に悠然と佇むローラの美しさにカイルは何から話せばいいのか分からず、唾を飲み込んだ。
「カイルさん。どうされました?」
ローラは目を伏せ、カイルの方を見ようともしない。
「あ、あぁ。昨日、正式にSランクに昇格した」
「そうですか。おめでとうございます」
ローラは目を伏せたまま、一向にカイルの方を見ようとしない。カイルはグッと眉間に皺を寄せるが、顔を見ていないのだからローラには何の意味も無さない。
(チィッ! ちょっと顔がいいからって調子に乗りやがって)
カイルは心の中で毒づくが、未だ心拍数は速くなる一方である。
「次回の遠征から参加させていただけるんでしょうか?」
「あぁ。ちょうどサポーターだったヤツが死んじまったからな……。Sランク昇格を機にメンバーを補充、改変する予定だ」
ローラは大きく目を見開き、カイルを見つめる。カイルは透き通る白緑の瞳に高鳴る心臓に抗う事ができず、視線を外した。
ローラが何をどう考えているのかは全く分からないが、慣れない動悸はどこか心地良く、心が凪いでいる。
長年、自分に忠実に生きてきた。あらゆる欲に忠実に生きてきたのだ。それらを可能にするだけの「力」がカイルにはあった。
(な、なんだこの感情は……?)
自分が「どうしたい」のかわからない感情は初めての経験、いや、人生で2度目の経験だった。1度目の時は「あの日」、自分で壊してしまった。
「どういう事です?」
ローラは仄かに怒気を含んだ声をあげる。
「何がだ?」
「私が加入したかったのは、以前の『二刀流』パーティーです」
「ハハッ! 『俺』が『二刀流』だろ? 笑わせるんじゃねぇよ」
「……悲しい人ね。この話はなかった事にして下さい。では……」
ローラはそう言って去っていこうとするが、カイルが肩を掴み、それを止める。
「汚い手で触らないで下さる? 先程から吐き気を我慢するのに必死なので……」
「……なっ!! テメェ!」
「私はあなたのような人が大嫌いです。全て自分の思うままにならないと気に入らない。まるで駄々をこねる子供だわ。『力』に任せて恐怖を与え、人を縛り、それが正しい事だと信じて疑わない……」
カイルはあまりの急変ぶりに、鼓動が徐々にゆったりとなっていくが、その代わりに力強さが増し、焼けるように熱く変化する。
(ハッ! 気のせいか……。ただのムカつく女じゃねぇか!! さっきまでの感情は、何かの間違いだ!!)
カイルはそう心の中で呟きながら、口を開いた。
「ククッ。テメェに俺の何がわかる? 一度しか会ったことがねぇのに……」
「自分が選ばれた人間だと、愚かな勘違いし、おおかた自分が『最強』などと考えているのでしょう? 全ては『自分』の力などと、虚勢を張り、『孤独』を必死に誤魔化そうとする」
「さっきから何言ってやがる!!?? ぶっ殺されてぇのか!!」
ローラはそんなカイルに嫌悪感を隠そうともせず、冷たい瞳で静かに見つめ、嘲笑する。
「ふふっ。声を荒げるしか脳のない、無様な男。良いことを教えてあげましょう……。あなたは『弱い』ですよ? 勘違いを改めなさい。老婆心ながら助言致します」
カイルはあまりの怒りで我を忘れそうになってしまう。今すぐにでも双剣を手に取り、ローラを斬り刻んでしまいたい。
(このクソアマ……)
呼吸が荒くなり、ローラをグッと睨むが、憤怒に身を焦がしているにも関わらず、トクンと心臓は脈打つ。
(なんだよ、これ!! くそ、くそ、くそ! くそぉおおお!!)
カイルは固く握りしめた拳と、噛み締めた唇から血を流す。
「……救いようのない人ね。ふふっ。ただのマザコンだったの? 最愛の母親を殺めてから、あなたは壊れてしまっているのね」
「……な、なんで、『それ』を知ってる?」
カイルはもう本当に何がどうなっているのか分からない。
(ローラのスキルは『風の精霊 シルフ』じゃねぇのか? いや、シルフの特殊能力だという可能性も……)
カイルは沸々と湧き上がる憤怒を抑えつつ、可能性を探っていると、ローラがゆっくりと口を開く。
「あなた、人を殺しすぎよ。全身に染み付いている死臭が臭くて堪らないわ」
「好き勝手言ってくれる。死ぬ覚悟は出来てるんだろうな……?
「いいえ。私は『まだ』死ねないわ」
ローラはそういって瞳を伏せる。寂しげで不安げで何かに怯えているように見える。
(ハッ! いくら虚勢を張ったところで、結局は俺にビビってやがるじゃねえか!?)
ローラの表情を都合よく解釈したカイルはニヤァと笑みを浮かべる。
「気味が悪い……。もう二度とあなたに会うことはありません。『二刀流』のサポーターさんとは、何階層で別れたのです?」
「……テ、テメェ。どこまで俺をコケにしやがる。……そうか。お前、『鬼姫』のメンバーだったのか?」
「その汚い口で、その名を呼ぶな!!」
冷静な口調を崩さなかったローラの激昂にカイルは確信する。
ルークの両親のパーティー「鬼姫」。そのパーティーメンバーだったのならルークを気にするのも納得だが、本当にどいつもこいつも、気に入らない。
この女に対する感情は何だったのか? は全くわからないが、カイルは「ふっ」と笑みを溢し、ゆっくりと口を開いた。
「ルークなら46階層にいる。運が良けりゃ、まだ生きてるかもな……」
「……!! 地獄に落ちなさい……」
「待て!! なぜ、母親の事を知ってる!!??」
「あなたに構う暇は、もうないわ」
ローラはそう呟くと宿の階段を駆け上って行った。
(あの様子じゃ、すぐにでもダンジョンに潜るだろうな。まぁ、ルークが生きているはずはないが……。絶対に俺を侮蔑した事を後悔させてやる。ダンジョンで待ってろ、ぶっ殺しにいってやる)
カイルは受付の醜い女を一瞥し、口を開く。
「喋るな。お前は何も見てなかったし聞いていない。わかるよな? この言葉の意味が……。 まだ死にたくねぇだろ?」
カイルの言葉に女は怯えきった表情で、カイルの目すら見ずにコクコクと頷いた。
それを確認し、ポケットに入っていた金貨を一握りし、受付のカウンターにバラバラバラと落とした。
「とっとけ」
カイルは返事も聞かずに「豊穣の宿」を後にした。
(またダンジョンに潜るなら、面倒だがしっかりと準備しないとな。3人じゃ心許ないし、囮役を2人、いや、3人くらいギルドで捕まえよう)
カイルはかなり予定が狂った事に苛立ちを募らせたが、
(あの女を無茶苦茶にできるなら、それも仕方ねぇな)
と、笑みを浮かべながら、アランが宿泊している宿へと足を進めた。
次話「『追放組』の帰還 ①」です。
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