36話 アンの決断 ②
―――ノア 冒険者ギルド前
アランはトボトボと歩いているアンに駆け寄り、肩を掴んだ。
「待て! アン!! カイルが許すはずねえだろ?」
「……どうかしらね……。カイルはどうせ、私の事なんて道具としか思ってないわ」
「何言ってる? お前ら恋人だったんじゃねぇのか?」
「……知らない。ずっと尽くして来た。体も心もね。でも目が覚めたわ。これまでは都合のいい夢でも見てただけよ……」
アンはもう決めていた。冒険者を辞め、ノアを去り、故郷に帰ると。
(もう冒険者は無理よ……。『治癒士』の需要はどこにでもある。私の実力なら、治療院でも開けばお金には困らない……)
アンはニヤリと笑みを浮かべ、キッとアランを睨んで口を開いた。
「もうほっといてよ!! もうパーティーを抜けるわ!!」
「ふざけんな!! 早く来いよ!」
アランはアンの腕を掴み、引きずるようにして歩き始める。
「い、痛いっ。アラン!! 離して!!」
「……うるせぇな。そうだ……。抜けるんなら、ちゃんと自分でカイルに言えよ……」
アランはニヤァ〜と笑みを浮かべる。アンは背筋に虫が這っている感覚に襲われる。
(な、なにその笑顔……?)
アランのその表情は見覚えがあった。カイルがルークの足を剣で突き刺した時の笑みと同じだ。
(……わ、私を殺す気なの……?)
アンはその笑みに自分の身の危険を直感的に理解する。
「は、離して!! アラン! もう私は消えるから!! 何も言わないし、何もしないから!!」
「ハハハハッ。……何をそんなにビビってんだよ? 周りの人間に不審に思われるだろ? ちょっと黙れよ……」
アランは未だニヤニヤと笑みを浮かべる。
「いや! やめて!! 離してよ!!」
「うるせぇーんだよ!!」
パンっ!!
頬に衝撃が走る。カイルに叩かれた方とは反対の頬がじんじんと痛む……。
アランは口を閉ざしたアンに満足そうにまたニヤァ〜っと笑みを浮かべた。アンは叩かれた頬に手を添え、瞳を大きく見開いて絶句する。
(……。く、狂ってるわ……。なんなの……? 私もこんな顔をしてたの? ……ルークは私達4人に、こんな笑みを向けられて、置いていかれたの?)
パーティーから去る決断をしたアンは今初めて、『二刀流』を外から見て気づいた。自分がルークにしてきた仕打ちを振り返り、自分が犯してしまった罪を自覚する。
知らず知らずのうちにカイルの思想が正しい物だ! と疑う事もせず、懸命に努力していたルークをバカにして、やることなす事に悪態を吐いていた事に今やっと気づいた。
「フフフッ。そんな魔法なんの意味もないわよ!」
「ちょっと!! 格闘術だか何だか知らないけど、あんたが攻撃を躱したら、私の方に来るじゃない!! 受け止めなさいよ!」
「ルーク、お金くれる? 何もしてないんだから、いいわよね? そのお金は私の取り分から出てるの。早く返して?」
「邪魔よ!! 本当に目障りな無能ね! いつになったらくたばるのよ!!」
数々のルークへの罵倒が駆け巡る。
アンはアランの吐き気のするような笑みに、完全に正気に戻った。頭がパッと晴れ、(なんで今まであんなにルークを毛嫌いしていたのだろう?)と罪悪感に苛まれる。
(ルークに会ったら、……もし、生きてルークが帰ったならちゃんと謝ろう。普通の人間なら許してくれるはずないだろうけど、誠心誠意、謝罪すればルークなら許してくれるかもしれない……)
アンはあまりに打算的で、思わず自分にとって都合の良い考えをしてしまう事にグッと歯を食いしばった。
冒険者の汚い部分がすっかり染みついてしまっている事を自覚し、激しい自己嫌悪に陥ったのだ。
すると、周囲の人達がざわざわとし始めた。
「何だ? あれ『二刀流』パーティーだろ?」
「揉めてるみてぇだな……」
「痴話喧嘩じゃねぇか?! ハハッ」
「ガッハハッ! アイツ、カイルの女じゃねぇのか? 順調そうに見えて、内側はドロドロの三角関係ってか!?」
ギルドの前という事もあり、冒険者の姿が多い。アランは大きく舌打ちをして、静かに凄んだ。
「黙ってついて来い……。逃げたら承知しねぇ。抜けたいなら自分でカイルに言えよ。とばっちりはごめんだぜ? アン……」
アンはまた背筋に虫が這う感覚に襲われる。
(冗談じゃない。カイルに会ったら殺される! 隙を見て逃げるしかない……。もう私はこの狂人達に関わりたくない!!)
「何やってやがる……?」
聞き慣れた声がアンの耳に届くと共に絶望感と恐怖に身体がブルブルと震え始める。
(何で私はこんな男に身を捧げて来たのかしら……?)
長い長い、とても甘い夢から覚めたかと思ったが、それが悪夢であった事に気づき、自分の身体がとても汚い物に思えてくる。
「カイル!! お前からも言ってやれよ! アンがふざけた事ばっかり言ってやがるんだよ!」
アランはカイルの姿を見つけて声を張り上げる。
「どうしたんだ? アン……」
「……わ、私は冒険者を辞めるわ……」
カイルの方に視線を向けることなく、アンは静かにそう言った。
「なぜだ?」
「ダ、ダンジョンが怖くなっちゃって……」
アンは下を向いたまま呟くと、カイルが歩み寄ってくるのを感じた。少しずつ後退りするが、カイルは一気にアンに歩み寄り、そのまま抱きしめた。
嗅ぎ慣れたカイルの香りに吐き気がする。
「や、やめっ、」
「俺とどっちが怖い……? 俺とダンジョンはどっちが怖いんだ……?」
カイルが耳元で囁く。ガクガクと震え出す身体。アンの脳裏には、双剣を手に無数の魔物や人間達を屠っているカイルの姿が駆け巡る。
薄く笑いながら、自分の力に酔っているような姿。
人間の命など魔物と同等のように何の躊躇もなく、斬り刻む双剣の姿……。
震えは最高潮に達し、立っている事すら出来なくなってしまう。周囲から見れば、それは和解したパーティーの姿に見えたかもしれないが、アンは自分の生命の危機と言う恐怖に、ただ涙をボロボロと流していた。
「……『駒』が勝手に動く事は許さねぇぞ。用が済んだら捨ててやるから安心しろよ。それまでは俺の機嫌だけとってりゃいいんだ……」
カイルの言葉はアンにしか聞こえておらず、それはアンを絶望させるには充分な物だった。グッと噛み締めた唇から血が伝う。
蛇に睨まれたカエルのように、身動き一つ取れないアンを確認し、カイルはアランに声をかけた。
「今日はなしだ。用ができた……。お前もゆっくり休め。明日は『ローラ』と会って来るから、2日後これからの事を決める。7時に『理想郷ユートピア』に来い」
「……あぁ。わかった。アンはどうすんだ?」
「クククッ。だから『用ができた』って言ったろ?」
アンは更に身体がガクガクと震わせる。
「ガッハハッ! そりゃいい! 抱いてやりゃあ、アンの機嫌も治るだろ!」
アンはアランの言葉に心が死ぬのを感じた。カイルに手を引かれるがまま、ただ無気力に、その後に続く。
カイルからの陵辱は夜明けまで続いた。
アンはそれを、
『これまでの自分への罰だ……』
と、激しい吐き気と止まらない震えを懸命に抑えながら、一言も言葉を発する事なくそれを受け入れた。
次話「新しい鎧」です。
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