33話 魔導士 ジャック・コルラ ②
―――28階層 カタル
ルシファーはルークの腕の中で息苦しさに耐えていた。ジャックに対して、これまで抱いた事のない憤怒が湧き上がり、途端に心臓を誰かにグゥッと強く握られている感覚に立っている事すら、できなくなってしまっている。
(ア、アシュリー……?)
感知が上手く働かないが、そんな物必要がないくらいの魔力の暴威は、ドラゴン特有の物であり、ルークの腕の中でぼんやりと、
(アシュリー……その愚か者を早く屠りなさい……)
とアシュリーに呟いた。自分の殺意と憤怒が湧き上がる度にキリキリと心臓が痛んだが、ルークをバカにしたジャックを許す事はできない。
アシュリーは先程の暴走を深く反省している。今この状況は暴走しているわけではない……。憤怒を通り越して、逆に冷静になっているくらいだ。
(このクズをどうしてくれようか……?)
もう屠る事は決定しているが、どのように屠るかを決めるためだけに、冷静になっていると言っても過言ではない。
「アシュリー!! やめろ!!」
ルークの少し怒気を含んだ声にビクッと反応するが、あとでどれだけ怒られてもいいから、このクズを一刻も早く屠りたくて仕方がない。
「な、何だよ……コイツ……。『化け物』じゃねぇか……!! ば、『化け物』……近寄るなぁあ!!」
ジャックが怯えた表情で声を上げると、アシュリーの心臓がバクンッと脈打ち、脳内には様々な記憶がフラッシュバックする。
「来るな! 化け物!!」
「ドラゴンなんて気味が悪い……。とんだ化け物ね」
「化け物が友達なわけないじゃん!」
「化け物好きに売り払えば、すごい金になるぞ」
「お前みたいな『化け物』はさっさと竜の巣に帰れよ」
アシュリーは「はぁ、はぁ」と呼吸を荒くし、長すぎる寿命で溜め込んだ苦い記憶が駆け巡り、ついには猛烈に襲ってくる頭痛に耐えきれず、頭を抱えて座り込んでしまう。
ゴリッ!!
骨が砕けたような音が辺りに響いた。
アシュリーは頭を抱えながらゆっくりと顔を上げると、キラッと輝く紺碧の瞳に目を奪われた。
ルシファーは心臓を押さえながら、ふわっと一瞬でひらけた視界の中心で、揺れる銀髪をただ見つめていた。
2人の憤怒はすぅーっと冷めていき、グッと憧憬が押し寄せてくる。
((あぁ……。なんて美しく、勇ましい姿なんだ……))
ジャックに対する憤怒よりも、ルークに対しての憧憬、恋慕、愛情、忠誠の方がはるかに大きな物となり、2人はただルークの一挙手一投足に集中した。
―――
「おい……。もう一度、俺の仲間を『化け物』なんて呼んでみろ……。次は、殴り飛ばすだけじゃ、済まさねぇぞ……?」
思いっきり殴り飛ばし、吹き飛んだジャックにむかってゆっくりと歩きながら、俺は静かに口を開いた。
「アガッ、ガッ、アアウ……」
ジャックは口と鼻からダラダラと血を流しながら、俺を睨んでくる。おそらく鼻の骨が折れているのだろう……。ジャックの鼻は変な方向に曲がっている。
「ル、ルーク……てめぇ……。お前が俺に勝てるわけねぇだろ!!」
「うるさい。アシュリーに謝れ……」
「チィッ! 少し認めてやったからって、調子に乗るなよ? 無能が……。片足がなくなってても、俺は魔導士だ! こんなのハンデにもならねぇぞ? 魔力もだいぶ戻ったしな……」
「……話し聞いてんのか? 謝れって言ったんだよ」
ジャックはワナワナと震え出し、ダラダラと流れ続ける血を服の裾で拭うが、血は一向に止まる気配はない。
「何でテメェみてぇなザコがそんなに偉そうにしてんだよ!! そこの『化け物』が本命なんだろ!! ぶっ殺してやる!! 『地獄炎』!!」
俺はジャックがアシュリーに手を向ける瞬間には、もう距離を詰めている。ジャックの動きは手に取るようにわかるのは、きっと3年間と言う時間のせいだ……。
「『魔法洗濯』……」
ジャックに生成された巨大な炎の塊に手を触れると同時に呟く。すると、虹色の粒子が無数に飛び交い、「地獄炎」を一瞬で飲み、パッと姿を消した。
俺は少し火傷した手で、そのままジャックの首を掴んで押し倒す。
「グハッ!!」
背中から落ちたジャックはむせ返しているが、俺はグッと首を握っている手に力を込めた。
「俺の事はもう別にいい……。今までの事も今更蒸し返すつもりもない……。だけど、俺の仲間を傷つけたら許さねぇぞ……?」
俺はそう言ってから手の力を緩めると、ジャックはガァハッガァハッと苦しそうにもがくと、俺を睨んだ。
「テ、テメェ!! ルーク!! 何しやがった!? なんで俺の魔法が……!! ふざけんな!」
「俺はそんな事が聞きたいわけじゃねぇんだよ……。さっさと謝れって言ってんだ!! 『火玉』……」
俺はもう片方の手で簡易魔法を生成する。
「ハッ! そんな魔法で……」
ジャックはようやく理解したようだ。いくら下級の魔法だとしても、なす術のない状況では立派な凶器になる事を……。
「何なんだよ……。何で俺ばっかり……こんな事に……」
瞳に涙をいっぱい溜めたかと思うと、ジャックは腕で目元を隠した。
「何で俺なんだよ……。俺は……俺は……」
アシュリーを「化け物」扱いされた事で突発的に行動してしまったので、泣いているジャックに(やりすぎたか……?)と思ったが、疑問ばかりを言っているジャックに、また苛立ちが襲ってくる。
「……そんな事もわからないのか……? ……どう考えても、自業自得だろ……?」
「……俺が何した……くっ……ぐっ……」
ジャックはグッと唇を噛み締める。きっと本人にも思い当たる節が数多くあったのだろう。
「……お前がバカにした魔法は……かなり優秀だったぞ……。お前がクソだって笑った『洗濯』はお前の魔法を一瞬で飲み込むほど強力だ……。お前が無能だと侮辱した俺には本当に信頼できる仲間ができたよ……」
すっかり自分の気持ちを吐露してしまった……と恥ずかしくなりながら、俺はゆっくりと立ち上がり、その場を後にしようと歩き出すと、
「……悪かった……」
と、とてもとても小さい声が聞こえた。
「ルシファー、アシュリー! 帰るよ!」
何だか胸のつかえが一つ取れた気がした俺は、ポーッと俺を見つめている2人に声をかける。
「……ルーク様!! 手を見せて下さい!! ……『回復』……」
「マスター!! 僕のために怒ってくれたんだよね? ありがとう!! とぉーーーってもかっこよかったよ!!」
「ハハッ。2人ともありがとう……。早くロアの宿に戻って、プレゼントをあげなくちゃね?」
そう言うと2人はとびっきりの笑顔で、俺に微笑みかけた。もう金貨10枚分の対価を得た気がした俺の頬は自然と緩んだ。
「楽しみだなぁー!!」
「私もとても楽しみです!!」
2人は瞳を輝かせ、本当に嬉しそうにしている。
「あっ。でも、お留守番出来なかったようだし、どうしようかなぁ〜……?」
俺は少しいじめたくなってしまい口を開くと、2人の顔は一瞬で青ざめた。
何度も何度も謝る2人の謝罪に、「冗談だよ?」などと笑いながら、3人で仲良く歩いていると、
「いたぞ!!」
「金髪の女だ!!」
「赤髪の可愛こちゃんもいるぞ!!」
とまた騒ぎになりそうだったので、俺達は急いでその場を後にした。
―――
(俺はもうダメだ……)
ジャックは寝転がったまま、心の中でそう呟いた。なす術なくルークにやられ、初めてルークの立場になって、自分の悪行を振り返る事ができたのだ。
死にかけた時、少しでも改心したはずだったのに、「生」が保証された瞬間に、元の自分に戻っていた事に気づきもしなかった。
ただただ、カイル達への復讐に囚われ、ルークに謝罪する事もなく、また道具として使おうとしていた自分に吐き気がした。
ルークが怒るのも無理はない……。むしろ、自分がまだ生きている事に感謝しないといけない……。
(相変わらず、甘々なやろうだ……)
心の中で呟くと、鼻がズキッと疼いた。「ハハッ」と苦笑し、(もう冒険者は辞めて、ゆっくりと生きてる事に感謝しよう……)と心に決めた。
「…………へぇ……。やっぱりルークは異質だねぇ……。あれは『神の力』のようだけど、優しすぎるのは頂けないよ……」
声が聞こえ、そちらに視線を向けると、漆黒の長髪に銀色の瞳を持つ、見た事のない美人が立っていた。
(何だ? この女は……? すげぇ美人だが……?)
「……『力』が欲しいかい?」
女は薄く笑いながら俺に声をかけるが、つい先程決意を固めたばかりのジャックは、その問いかけを鼻で笑い、口を開いた。
「ふっ。俺はもういいんだ……。ゆっくり生きていくって決めたばかりだしな……」
「ふふっ。遠慮しなくていいんだよ……」
女はジャックの髪を掴み、そのまま歩き始めた。
「なっ! 痛えっ! おい! 離せよ!」
ジャックは声を荒げると、女は掴んだ頭を地面に叩きつけた。
頭から血がダラダラと流れているジャックを、女は平然と引きずりながら下層へと歩き始める。
「まだ死ぬんじゃないよ……。あんたは妾のオモチャ第一号なんだから……。これでルークは喜んでくれるはず……」
女はニヤリと笑いながら、「ふふん」と鼻歌を歌いながら闇に消えた。
次話「2人へのプレゼント」です。
【作者からのお願いと感謝】
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ジャック……。とりあえず、お疲れ! また会おう!