32話 魔導士 ジャック・コルラ ①
―――28階層 カタル
サイモンは俺の様子を伺いながらも無言で道案内する。それがサイモンなりの心遣いなのだろう……と有り難く思う。
いま無闇に話しかけられても、上手く返答できる余裕は俺にはない。ジャックをどうするか? はまだ何も決めることが出来ずにいる。
(いざ、会ってみて心のままに行動しよう……)
ゆっくりと息を吐き出しながら、自分の心を落ち着かせようと瞳を閉じるが、あの「追放」が瞼の裏に浮かんでくるだけで、逆効果だった。
「師匠……。あそこです」
「ありがとう……」
遠くにジャックの姿が目に入る。何やら放心しているようだ。一段と老け込んでしまっている。
片足を失っているようで、ジャックには悲壮感が漂っている。
(何があったんだろう……?)
と少しばかり不憫に思ったが、どこかでざまぁない……と思ってしまい、少しばかり憤怒が薄まるのを感じた。
(何か自分が嫌いになりそうだ……)
「……師匠?」
サイモンは心配そうに俺に声をかけてくる。
「サイモン。俺は嫌なヤツだね。自業自得だって思っちゃってる……」
「師匠! 優しすぎますよ! 俺なんて追放されたパーティーを30回は壊滅させましたよ?」
サイモンの『クラップ』は手を叩くと30分程の時間が巻き戻るスキルだが、本人以外にはその記憶が残らないので、
「お前何もしてねぇだろ?」
とパーティーを追放されたのだ。だが、サポーターとして、サイモンより適した人間なんて存在しない。
一度、戦闘を行なってみて、「巻き戻し」、そして相手の弱点や行動を予知するのだから、これほど優秀なサポーターなどいるはずがないのだ。
今はエルフが1人と剣士が1人の3人でパーティーを結成しているようだ。極端な事を言えば、死んでも蘇らせる事も可能なので、「信頼」できる仲間さえ居れば、2年でAランクに到達するのも納得だ。
「30回って……それはやりすぎでしょ……?」
「1日7回しか使えないんで4日間ずっと壊滅させては『クラップ』しての繰り返しでしたよ?」
「ハハッ。まぁ元気になってよかったね……?」
「はいッ!! それにしてもムカつきますね……。師匠が完璧なサポートしていたのは、仕事を教えてもらった俺が1番よく知ってますよ! あんなに努力してたのを無下にするなんて……。すみません……俺がますますムカついて来ちゃいました……」
「ハハッ。落ち着きなよ……。ありがとう。サイモンのおかげでちょっと落ち着いて来たよ……」
「……い、いえ! ……あ、相変わらず、恐ろしいくらい綺麗な笑顔ですね? 変わってなくて安心しました!」
サイモンはそう言って人懐っこい笑顔を浮かべた。俺はサイモンの頭をポンッと叩き、
「少し2人にしてくれ……」
と言い、ゆっくりとジャックに向かって歩いていく。
俺に気づいたジャックは、まるで幽霊でも見るかのように目を見開いた。サイモンは迅速にパーティーメンバーを連れて一礼して去って行く。
「……ルーク……か……?」
「……ハハッ。生きてるよ。ちゃんと」
俺の言葉にジャックは目を見開いて、ニヤァ〜と笑みを浮かべる。俺の頭には「追放」がチラついたが、グッと歯を食いしばり、憤怒を抑え込んだ。
「ルーク!! 『水』だ! 早く『水』をくれ!」
「……?」
「カイルのやろうをぶっ殺してやるんだよ!! お前も手伝え! 俺の魔力が切れないようにずっと『水』を作ってりゃいいから!!」
「……何があったの?」
「あのヤロー、俺まで置いて行きやがったんだ! アンもアランもふざけやがって!! でも、ルークが居りゃあ……ルークの『水』さえありゃあ……俺はまた最強の魔導士になれる! そうだ! 『洗濯』してくれ! 『ロアの宿』に俺のローブがあるはずだ!!」
ジャックは急に立ち上がった拍子にバランスを崩し、俺の肩を掴むが、途端に嫌悪感が湧き上がってくる。
「……ハハッ。ジャック……。面白い事言うね? 正直、もう好きにしてくれたらいいよ。俺はもう関係ないから。ここに来たのは、一言、言いに来ただけだから……」
「何が面白いんだよ? お前だってカイルのヤロウがムカつくだろ? 俺とお前でもう一度パーティーを結成すんだよ! お前がただの無能じゃないってのはもうわかってるしな!!」
俺は大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。
(ルシファー達を連れて来なくて、本当によかった……)
2人を連れてきていたら、すぐにでも激昂してしまっていただろう……。アシュリーはさっき暴走したばかりだし、ルシファーは俺の事になると、すぐに瞳の色が変わるし……。
「何だよ? 夢を破かれて笑いもんにされたんだぞ? ムカつくだろ? 俺がお前の『夢』を叶えてやるからよ?! 俺の魔法の力はお前もよく知ってんだろ?」
これ以上ここに居ると頭がおかしくなりそうだ。必死に抑えている憎悪と憤怒が爆発してしまいそうな予感に、俺はもう一度深呼吸をして、口を開いた。
「……何か忘れてねぇか……? お前も俺を笑った1人だろ? もういいよ。勝手に頑張れよ……。俺も勝手に頑張るから……。そうだ。忘れるとこだったよ……。ジャック……俺を『追放』してくれてありがとな……。おかげで今は幸せだよ……。それだけ言っとこうと思ってな……」
俺はそう言って、帰ろうと振り返ると、目を見開いているルシファーが立っていた。
「……ルーク様。申し訳ありません……。……こ、このゴミ虫が……」
「ルシファー……。こんなヤツ、もうほっとけ!」
ルシファーは金色の瞳に涙を浮かべると、みるみる左目が漆黒に変化し、さらさらの金色の髪も左側が漆黒へと変化し始める。
(……これは……ヤバい……)
俺は咄嗟にルシファーを抱きしめた。
「ルーク様……私、悔しいです……。ルーク様が安心出来る様に、46階層まで引きずって行ってから、処分しますから……お許し下さい……」
「ハハッ……。こんなヤツに触っちゃダメだよ……? 大丈夫? 辛そうだけど……?」
こんなに感情を露わにするルシファーは初めてだ。苦しそうに心臓に手を当て、「はぁ、はぁ、」と随分と呼吸が荒い。
ルシファーが落ち着けるよう、背中を撫でてあげていると、後ろからジャックの声が聞こえた。
「……なんだよ……。その女……。なんでテメェがそんないい女連れてんだ? 確かに特殊な力があるんだろうが、テメェは1人じゃ何もできねぇ無能だろ!?」
抱きしめているルシファーがピクッと反応したかと思うと後ろから轟音が響く。
ゴゴゴゴオオオオ
ハッとそちらに視線を向けると、漆黒の焔を両手の拳に纏わせたアシュリーが、血走った瞳でジャックを見据えていた。
次話「魔導士 ジャック・コルラ ②」です。
【作者からのお願いと感謝】
ほんの少しでも、「面白い!」もくしは「次、どうなんの?」はたまた「更新、頑張れよ!!」という優しい読者様。
【ブックマーク】、【評価☆☆☆☆☆】をポチッとお願いします!
この作品を【ブックマーク】してくれた方、わざわざ評価して頂いてた方、本当にありがとうございます!
あと少しで一章完結予定です!! これからも書き続けるのでよろしくお願いします!