30話 カイル一行と冒険者
―――ノアの街
ノアの街の高級酒場「理想郷」へ向けて足を進めている。
「理想郷」には限られた人間しか入店を許されない。
Aランクより上の冒険者。ノアの闘技場のA級より上の闘技者。公爵以上の貴族。その他で言えば、5人の豪商しか入店を許さない格式ある酒場だ。
夕方のノアには夕陽が差し込み、久しぶりの太陽と街の住人からの賞賛にカイルは気分を良くしていた。
(クククッ。もっと俺を崇めろ……)
ダンジョンでの惨事も、ルークの力に関する事も、今のカイルにはとるに足らない小事だ。ただ、最短でSランクに昇格した事実が、自分で思ったよりも気分を高揚させていたのだ。
街の住人達はカイルの姿をみつけると、
「『二刀流』だ!」
「最短記録樹立、おめでとうー!」
「あれが噂の今回の遠征で最年少Sランク冒険者になったパーティーか……」
などと声をあげる。カイルはすっかり広まっている自分の名声に緩む口元を抑えられなかった。それを誤魔化すように、ニコッと笑顔をつくり、
「俺はまだまだだ!! これからも頑張るから、みんな応援してくれよ!!」
などと大声で謙虚さをアピールする。
「何言ってんだ! Sランク冒険者!!」
「応援してるぞ! 『二刀流』パーティー!! もうダンジョン制覇しちまえ!」
「『夢の果て』を手にするのはお前達だ!」
住人はカイルの発言に沸いた。攻略不可能とされる『ノアの巨大迷宮』……。それを制するのは急速度でダンジョンを進んでいる『二刀流』なのではないか……? と皆がぼんやりと思っているからだ。
「ハハッ。相変わらずの名演技だな……!? それにしてもすげぇ歓声だぜ……。ハハハッ。ルークのやろうが『夢』見るのも納得だ……」
アランは上機嫌でカイルに近づき、後ろに連なる冒険者達には聞こえないよう、声を顰めた。
「うるせぇ……。民意を敵に回すのは厄介だからな……。ここはダンジョンの中じゃねぇんだ。街には『法』がある……。お前もカッとして揉め事を起こすんじゃねぇぞ……?」
「ハハッ! さっきロウの旦那と揉めてやがったのは誰だよ!」
アランの言葉に、カイルはギロリと鋭い眼光を向ける。
「……じょ、冗談だって。落ち着けよ……」
「……それより、アンはどこに行った? 姿が見えねぇが……」
「本当だな……? まぁこれだけ人目についてんだ。すぐに見つけられるだろ?」
アランの言葉に納得しながら、住人の歓声に手をあげて応えた。
「なぁ、2人とも、そう言えば、ジャックと『洗濯』のヤツはどうしたんだ?」
引き連れている冒険者の1人が声を上げると、他の冒険者達もざわざわと話し始めた。
「俺も気になってたんだ!」
「ジャック程の魔導士はそういねぇし、死んだとは思えねぇけど……」
「まぁ『洗濯』は死んでも納得だけどな! ハハッ」
「「「ハハハハハハッ」」」
冒険者達はルークをバカにして笑う。綺麗な容姿に真面目で曲がった事を許さないルークを悪く言う冒険者達は多い。
本当の理由は、ルークが冒険者ギルドの受付嬢のラミルの想い人である事や、街の情報が1番集まる大衆酒場「月光の宴」の看板娘である、『猫人のターナ』の想い人である事が原因である。
もちろんルークはその事に気づいていないし、フラれた冒険者達も、「『洗濯係』が!!」や「クソ真面目やろう!」などと、プライドが邪魔をして、本当の理由を言わないので、『ルークがクソ真面目の努力バカ』と言うのは周知の事実になっている。
「で、どうなんだよ? カイル!!」
最初に声を上げた冒険者がまた口を開く。
「あぁ……。ルークは46階層で気がついたら、死んじまった。ジャックは……疲労困憊の俺達のために、自分で進んで囮役を買って出てくれたんだ……」
カイルはそう言って、手で顔を覆った。プルプルと震えているカイルを見て、その場の冒険者達には、それが心を痛めているパーティーリーダーの姿に見えた。
(クククッ。このバカ共はこれで納得する。これで、ジャックも少しは報われるだろう……)
と実際は笑いが込み上がってくるのを必死に抑えているだけだった。
「……そ、そうだぜ……。ジャックは……。アイツは本当に勇敢だった!! 俺達のために……」
アランはいつも適当な事を言いながらも、いつも一緒に居た仲間を思い、少し目頭が熱くなった。
それは見捨ててしまった罪悪感の涙でもあり、自分が無事にノアに帰って来られた安堵の涙でもあった。
(ジャック……。ありがとな……。ちゃんと名誉は守るからよ……)
アランは心の中で決意を固め、
「ジャックは俺達の命の恩人だぜ!! 勇敢で最高の魔導士だった!!」
と、もう生きていないであろうジャックの冥福を祈った。
「マジかよ……」
「それほどまでに過酷だったんだ……!」
「本当に死んじまったのか……?」
「辛いだろうな……」
その場に居た冒険者達はそんな言葉を呟きながら、自分自身の感情に戸惑っていた。
(あの横柄なジャックが死にやがった!!)
(少し魔法が使えるからって威張っててムカついてたんだ!!)
(手当たり次第に女を食い物にしてるアイツがずっと嫌いだったぜ!!)
とジャックの「死」を喜ぶ一方、
(『ルーク』が死んじまった……)
(『ルーク』のヤツが……。俺、前に助けて貰った事あったのに……)
(あの、『クソ真面目』の『努力バカ』が……)
とルークの「死」にひどくショックを受けたのだ。
口ではいつもバカにしていたが、この「欲」にまみれた冒険者達の間では、しっかりと自制し『人間』として正しく生きようとしているルークの姿は、本音を言えば少し眩しかったのだ。
力を持たないくせに、懸命に努力している姿をどこかで自分達の心の支えにしている者も多かった。
ラミルがルークに恋する事も、「ターナ」がルークに恋する事も。嫉妬はあれど、本当は(アイツなら仕方ねぇな……)と納得していたのだ。
それだけに実際にルークの「死」を聞かされると、想像以上にショックを受けた。
「そうか……。死んじまったんだな……」
「……はぁー……俺、今日は騒ぐ気分になれねぇよ」
「……俺も帰って、しっぽりと安酒を飲む事にする……」
すっかり大人しくなってしまった冒険者達にカイルは首を傾げた。
(何か、様子がおかしいぞ? ジャックってそんなに慕われていたのか……?)
などと少し驚きながら、口を開いた。
「俺達はジャックの死を糧にして、突き進む! 絶対にアイツの死を無駄にはしねぇ……。行くぞ!」
「そうだぜ! ジャックは愉快なヤロウだった! 騒がしく見送ってやった方がヤツも喜ぶはずだ!!」
アランも声を張り上げ、冒険者達に行動を促すが、みんな、苦笑するだけで、一向に歩き出そうとしない。
「カイル、アラン……。Sランク昇格、おめでとう。悪いけど、今日は大人しくしとくよ……」
「俺も、今日はゆっくり飲みたい気分だから、またな……」
そんな言葉を残して、冒険者達はとパラパラと帰路につき始めた。
「チィッ!! おい、アラン。ジャックってそんなに慕われてたのか?」
「……いや、普通だと思うけどな……」
「あんなバカ共、ほっとけ。 行くぞ」
カイルはアランと数人残った冒険者に声をかけたが、残っていた冒険者の1人がゆっくりと口を開いた。
「……なんで『ルーク』の死については、何にも言わねんだ? アイツが誰より努力してたのお前らが1番よく知ってんじゃねぇのかよ……?」
うっすらと瞳に涙を浮かべている男にカイルとアランはポカンとする。
「本当の事言えば、俺はテメェらが嫌いだ……。Sランクに昇格したから顔売っとけば、後々いい思いできるかも……ってついて来たが、別にもうどうでもいいよ……。じゃあな。勝手に頑張れよ……『最短記録』の『二刀流』さん……」
男はそう言って、来た道を引き返し始めた。男は前に大勢の『闘技者』に囲まれた時、「こんな人数で1人を相手にするなんて、恥ずかしくねぇのか!?」と、ルークに助けて貰った事があったのだ。
結果は2人でボコボコにされてしまったが、男にとってはいい思い出だったのだ。
カイルは男の言葉に口角を吊り上げ、ゆっくりと近づいた。
「……顔は覚えたからな……。ダンジョンで俺に会わないように毎晩祈るんだな……」
カイルはその男の肩を掴んで、耳元で囁いたが、すぐに掴んだ手を振り払われた。
(このクソザコが……。ここがダンジョンならすぐにでも……)
カイルは苛立ちを隠す事なく、その男の背中を睨んでいると、まだ数人残っていた冒険者達も、
「俺も帰るよ……」
「……しらけちまったぜ……」
と去っていき始めた。
「お、おい! お前らじゃ、いつまで経っても『理想郷』で酒なんて飲めねぇぞ!?」
アランは冒険者の背に声をかけたが、その言葉に振り返る者は1人もいない。
結局、20人ほどいた冒険者達は皆去っていった。
「行くぞ、アラン……。アンのヤロウはどこ行きやがった……?」
「……さ、さぁ……ちょっとギルドの方見てくる……」
アランはそう言って、ギルドの方へと走って行く。カイルはその背を見つめながら、
(何が『ルーク』だ……!! 今まで散々、好き勝手言ってやがったくせに……。死んだとわかった途端、手のひら返しやがって……!! こんな事なら、ルークの野郎を自分でぶっ殺しとけばよかったぜ!! そうすりゃ、多少は気が晴れるってもんだ……)
と冒険者達とルークに対する苛立ちを募らせ、茜色のノアの街で、ただ1人立ち尽くした。
次話「サイモン・ベアルクと『拾ったクズ』」です。
【作者からのお願いと感謝】
ほんの少しでも、「面白い!」もくしは「次、どうなんの?」はたまた「更新、頑張れよ!!」という優しい読者様。
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カイル、「ざまぁ」……。これからも頑張ります!! 今後ともよろしくお願いします!!