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29話 アシュリーの暴走と『クラップ』



side アシュリー



―――28階層 ロアの宿



 留守番をしている間にルシファーと、マスターの「匂い」のする「ロアの宿」の裏庭にこっそりと抜け出したが、乱雑に置かれた鎧とローブがあるだけだった。


「……愚かな……」


 ルシファーは嫌悪感を露わにしながら呟いたが、それは的を射ていた。最上種の魔物である僕には、この言葉の意味が充分に伝わったのだ。


 近寄り難いのに触れてみたい……。


 相反する感情に包まれるのは、僕がマスターを知っている事と、きっと僕が『強い』からだ。


 並の魔物では近寄る事さえ躊躇するほどの神聖なオーラを纏った鎧とローブを見ながら、僕は何だか、早くマスターに会いたくなってしまった。


「帰ろう……マスターが帰って来てたら心配しちゃうよ?」


 僕の言葉にルシファーは唇を噛み締める。僕もマスターを好きな気持ちは誰にも負けないと、思っているが、ルシファーの「それ」は狂気すら感じる。


(マスターもルシファーの事、大好きみたいだし……。でも、僕だって……)


 ルシファーの気持ちの強さを目の当たりにしても、負けたくない……。ルーナとマインの言葉がきっかけであったのは確かだが、マスターを見た瞬間、4000年生きてきて初めての感情を抱いたのは、きっと気のせいではない。


 マスターの事を知れば知るほど、のめり込んでしまう。中性的な容姿も、目尻のホクロも……。僕の頭を撫でながら浮かべるあったかい笑顔も、戦闘中の鋭い眼光も……。


 あげ出したら切りがないマスターの魅力を思い出しながら、こっそりと抜け出してしまった事に罪悪感が襲ってくる。


「ルシファー。僕は先に帰るね?」


「……私も帰ります。アシュリー……。この事は内緒です……。ルーク様に無用な心労をかけるわけには行きません……」


「……ねぇ、気になってたんだけど、マスターに何があったの?」


 これは出会った当初から思っていた事だ。マスターの心の機微は注意して観察している僕にはわかる。


 ルシファーは顔を顰め、少し悩んでから口を開く。


「…………私達と同じです。これ以上は私からお伝えする事は二度とないので、しっかりとこの言葉を咀嚼なさい……」


 ルシファーはギリッと歯軋りをして、そそくさと足を進めた。


(僕たちと一緒? ……僕とルシファーの共通点……)


 思考を進め、その意味を理解する。これまでのマスターの言葉、違和感を思い返し、その原因を探る。


(『追放』……? ……『二刀流』って言う、バカ者か……)


 ロアナとマスターの会話を思い出し、合点がいくと同時に憤怒が沸く。


「ア、アシュリー!! 抑えなさい!!」


 ルシファーの声が鼓膜に飛び込んでくるが、


(『あんなに』辛い思いをマスターに……?)


 僕とルシファーの共通点……。「追放」。あんなに優しくて、強いマスターが「追放」される理由をいくら考えても思いつかない……。


(………『人間』が……!!!!)


 湧き上がる憤怒は「あの時」に似ている。親友を殺され、我を失い、同族である竜族を蹂躙してまわったあの時に……。


(理由が何だか知らないけど、僕を抱きしめてくれるマスターを『追放』だと……? ふざけるのも大概にしろ……)


「アシュリー!! 落ち着きなさい!!」


 ルシファーが焦ったように声を上げる。抑えなきゃいけない! と頭ではわかっているのに、噂だけは聞いた事がある『二刀流』に湧き上がる憎悪が止まらない……。



「アシュリーさん!?? ……何て魔力……。ルシファーさん! これはいったい!!?」


 異変にいち早く反応したロアナが宿から飛び出してくるが、自分ではもう制御できそうにない……。


(なんで……? 何でマスターが……? 僕がもっと早く見つけてれば……)


 どうしようもない過去に悪態を吐き、『二刀流』に憎悪を向ける。


「アシュリー!! ルーク様を悲しませるような事はやめなさい!!」


 ルシファーが何かを大声で言ってる……。声が遠くに聞こえて、何を言っているのか、上手く聞き取れない……。


 竜化するつもりもないのに、竜の鉤爪が腕を侵食する。


(……マスター……)


 心の中で名前を呼ぶ。どうやら「人間」を信用する事はもうできそうにない……。もう僕はマスターしか信用できない……。



「アシュリー!!」


 少し息を切らしているマスターが目を見開いて僕を見ている。


「ルーク様、申し訳ありません。私が、」

「ちょっと黙ってろ、ルシファー!」


 マスターの少し焦っているような綺麗な瞳が、僕を捉える。敵意や殺意は感じない……。出会った時とはまるで違う愛情に満ちた瞳に、涙が頬をかける。


(うぅ……見捨てないで……マスター……)


 暴走してしまった身体の浸食は止まりそうにない。マスターの姿を見た瞬間に、このままだと捨てられてしまう……という考えが脳内に駆け巡るが、身体は言うことを聞いてくれない……。


(いやだ……いやだ……。やっと見つけたんだ……。僕の『マスター』……)


 マスターは泣いている僕に気づくと、「ふふっ」といつも通りの優しい笑顔を浮かべ、ゆっくりと僕に近づいて、腕がすっかり竜化している醜い僕をそっと抱きしめた。


「アシュリー? どうしたの? もう大丈夫だよ? 落ち着いて。大丈夫だから……」


「ルーク!! 危険よ!!」


 ロアナは声を張り上げる。マスターは僕を抱きしめたまま、振り返り口を開く。


「……うるさい……。俺の大切な仲間だ。少し黙っててくれ……」


 ロアナはビクッと身体を震わせ、コクンッと頷いた。ルシファーはもうすでに、安心しきったように僕とマスターを見つめている。


「ご、ごめんなさい……マスター……」


 マスターの甘い香りと神聖なオーラに「やられて」、やっと口を開く事ができた。やっと大きく息を吸えた。


「大丈夫。俺が側にいるよ?」


「うぅー……。ごめんなさい……。僕……。マスターにひどい事した『人間』が許せなくて……」


「……ふふっ。アシュリーは優しいね? 気にしなくていいよ? 俺はアシュリーとルシファーが居れば、もう平気だよ? そんな事より、街でアシュリーに似合うネックレス見つけたんだ。喜んでくれるといいけど……」


 頭の上で響くマスターの綺麗な声が心地よい。僕は大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。すぅーっと竜化が解けていくのを確認して、マスターの腰に手を回す。


「ありがとう。マスター。大好き……」


「ハハッ! 俺もだよ?」


「暴走しちゃってごめんね……」


 僕がそう言うと、マスターは僕を抱きしめていた手を緩め、僕と視線を合わせて口を開いた。


「それは『俺のため』でしょ? 少し嬉しかったんだけど、やっぱりダメかな?」


 少し困ったような笑顔は綺麗で、頼もしくて、かっこよくて、僕はまたマスターのお腹に顔を埋めた。


「ルーク様。申し訳ありません。私がアシュリーに言わなくていい事を……」


「大丈夫だよ。原因は『それ』でしょ? 俺の『匂い』ってのが、ここから?」


「は、はい……。本当に申し訳ありません……」


「もういいってば!! どこにも被害は出てないでしょ? こんな鎧やローブなんて放っておけばいいよ!」


 マスターは僕の頭を撫でながら、謝罪をするルシファーに優しく言う。


「ごめんなさいね、ルーク……。その『匂い』っていうのは私にもわからないけど、それはもっと早く処分しておけばよかったわ」


「ロアナさん。さっきはごめんなさい。生意気言っちゃって……」


「いいのよ。私こそ、本当にごめんなさいね」


「全然、気にしないで! もう大丈夫だから」


「ふふっ。すっかり男前になっちゃったわね?」


「からかわないでよ」


 マスターの顔を見ずとも苦笑しているのがわかる。僕が抱きしめる腕に力を込めるとマスターの引き締まった身体の筋肉を感じた。


「ア、アシュリー。……当たってるよ?」


「ふふふっ。当ててるんだよ? 僕にだって胸はあるんだからね?」


「アシュリー……。そろそろ離れなさい。もう落ち着いたでしょう?」


「ふふっ。モテモテね。ルーク」


「ロアナさん!!」


 少し戸惑っているマスターが可愛くて、僕はもっと腕に力を込めると、周囲の叫び声が聞こえた。



「『クラップ』だ!!」

「サイモンが来たぞ!!」

「あれが2年でAランクに駆け上った『クラップ』か!!」

「あれ? なんで、『アイツ』が一緒に……!?」

「結構前に帰ったはずだろ? それにしてもすげぇ怪我だな……。片足がないぜ……」


 歓声の中に戸惑いの声も混じっている。「ん?」とマスターの顔を見上げると、


「……サイモンが来たの?」


 と少し嬉しそうな表情が見えた。


 その顔に僕まで嬉しくなってしまい、最後にもう一度ギュッとマスターを強く抱きしめた。





次話「カイル一行と冒険者達」です。


【作者からのお願いと感謝】


ほんの少しでも、「面白い!」もくしは「次、どうなんの?」はたまた「更新、頑張れよ!!」という優しい読者様。


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この作品を【ブックマーク】してくれた方、わざわざ評価して頂いてた方、本当にありがとうございます! 


たくさんの評価、ブックマークを励みに頑張っています!! 今日はあと1話更新予定ですのでお願いしまーす!!

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[良い点] 内容は既視感あるところが多いけど、まぁおもしろい [気になる点] 主人公の性格が変わりすぎてちょっとなぁ、仲間が大事なのにちょっと黙ってろとか、うるさいとか。んーって感じ。ちょっと強くなっ…
[一言] あーあ、ちゃんとトドメをささないから… おそらく足を斬られた彼でしょうけど、彼も仲間から裏切られて囮で殺されそうになったから、これでも腐ってる様なら救い様がないけど…さて
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