105話 アシュリーの夢
side:アシュリー
音が遠くに聞こえる。
(あぁ……。まただ……)
激情に飲まれて行く感覚。同族を蹂躙した時、マスターが追放されたとわかった時……、僕は本当に成長してない……。
けど……、許せない。
許せるはずがない……。
「殺す……」
ビキビキッ!!
漏れ出た魔力を形作り、叩きつける。
ガキンッ!!!!
目の前の剣士の『異形』の剣は、なんとか受け流すが、その剣の刃こぼれは、もはや剣として機能しない。
「竜の娘……。赤髪、殺す。銀髪、孤立……」
不可解な言葉は僕の耳に届かない。
「アシュリー! 落ち着きなさい! また暴走するつもりですか!?」
後ろからルシファーの声が聞こえる。
(なんで止めるの? コイツがマインとルーナを……)
ドゴッ! バキッ!! ドゴォーン!!
剣士の"異形"はちょこまかと躱し続けている。
(小蝿が……!!)
目の前が赤く染まって行く。
きっと僕の瞳はいま真っ赤に変化してる。
竜化の一歩手前……。
ビキビキッ……! ビキッ!!
(……あぁ。マスター。ごめんね? 僕、僕……)
右腕が完全に竜化した。
「……お前を殺す……!!」
ブゥォッ!!
半分だけ竜化している足で地面を蹴り出し、本物の「竜の鉤爪」で、剣士の"異形"の頭を掴み上げると、何の躊躇もなく握りしめた。
グジュッ!!!!
腐った液体の匂いに吐き気を感じながらも、
(お前は"生捕り"だ……)
"もう1人"に視線を向けると、
ガキンッ!!!!
首のない剣士風の"異形"の一撃を、マスターが受け止めた事で剣が折れ、その次の瞬間に……、
グザッグザッグザッグザッ!!!!!
『光の矢』が"異形"の四肢を貫きながら後方に吹き飛ばした。
(マスター……。ルシファー……)
クルッと振り返ったマスターはフワリと僕を抱きしめると口を開く。
「ルシファー。戦闘を許可する。あっちの動きに警戒しろ……」
「はい。ルーク様……」
ルシファーは小さく返事をすると、僕とマスターの前に立った。
「アシュリー。どうしたの? 大丈夫だから……。ルシファーもいるし、俺もいるからね?」
マスターの甘い甘い香りと神聖なオーラ。
優しい、優しい声は包み込むように鼓膜を揺らして、僕の耳にはっきりと届く。
スゥゥ――……
竜化した腕は黒い魔力に戻り消えて行くと、スッとマスターに抱きしめられていた腕が離される。
(僕……、僕……)
また失敗しちゃった。また暴走して……、油断して……、マスターの足手纏いに……、嫌われちゃった?
フワッ……
マスターの甘い香りに包まれたかと思ったら、またギュッと抱きしめられる。
「ダメだよ? は、裸は……、誰にも見せちゃダメ」
マスターのマントの香りと身体の体温に、じわぁっと涙が滲む。
「ごめ、……ごめんなさい、マスター……。アイツらがマインとルーナを……」
「……えっ!? あの人達が……?!」
驚いた声を上げるマスターに、ルシファーは慌てて振り返り、深く頭を下げた。
「も、申し訳ありません! ルーク様! 全ては私の責任なのです……。敵前で考え込んでしまい、私もあまり覚えていないのですが……、どうやらアシュリーが何か勘違いをしてしまったようで……」
マスターは僕を抱きしめたまま、ルシファーの頭を撫でると、「警戒してて?」と優しくつぶやく。
(……か、勘違い?)
「ど、どうゆうことさ! ルシファー! 『大馬鹿者』は"コイツら"でしょ!?」
「……後でお話しします。ルーク様にも……」
少し震えているルシファーの声に後悔が押し寄せる。自分のバカさ加減に呆れて、マスターの香りに酔いしれて、もう何がなんだかわからない。
マスターは小さく首を傾げると、小さく「わかった」と呟き、僕の顔を覗き込む。
「アシュリー? 大丈夫? 体調とか、痛いとこはない?」
「うん……。ごめ、ごめんなさい、マスター」
「ううん、大丈夫だよ? 無事ならそれでいいから! ……ふっ、それにしてもアシュリーは竜化してても、赤くて黒くてとっても綺麗だね?」
「……う、うぅ、マスター。大好きだよぉ……」
「ハハッ、俺も大好きだよ、アシュリー」
マスターにしがみつきながら、過去の記憶がフラッシュバックしていく。
イザベラ……、唯一の親友を殺され、同族を屠り歩き追放されても"人間"を信じたい僕に降り注いだ言葉が。
――来るな! 化け物!!
――ドラゴンなんて気味が悪い……。
――ドラゴンが友達なわけないじゃん!
――化け物好きに売り払えば、すごい金になるぞ。
ギュゥー……
マスターを強く抱きしめると、「ふふっ」と小さく笑って頭を撫でられるだけで、心が洗われていく。一緒にいるだけで、笑顔を見れるだけで『幸せ』ってなにか教えてくれる。
(竜化した僕に、『綺麗だね』なんて、マスター!)
胸が締め付けられる。涙が止まらない。
マスターへの思いが溢れすぎて苦しい。
(あぁ。マイン……、ルーナ……。"イザベラ"……。僕、こんなに幸せでいいのかな?)
マスターとの『子』が欲しい……。
新しい僕の夢。
身体の内側から湧き上がる"欲"と"愛慕"。
(……なんだか『人間』になったみたい)
まだ敵が残ってるのにそんな感動に包まれる。
マスターの体温を感じながら、きっとルシファーの傲慢さが僕に伝播したんだと思った。
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「俺、このパーティーを抜ける」が口癖のスキル【縮小】のDランク冒険者、勇者パーティーの聖女に真の実力がバレてしまい、最強戦力として駆り出される〜俺と結婚するなら行ってやる! ……仕方ありませんね〜
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コミカライズも『どこでもヤングチャンピオン』にて連載中ですので、よろしくお願い致します!!