第9話 くだらない過去
「念押しするけど、死ぬことはないんですよね?」
クウカさんに危害が及ぶ可能性を踏まえ、ヒビキ誘拐の依頼を受けることにした俺。だが殺す手助けになってしまってはヒビキという人に申し訳ない。
「それは心配ないよ。依頼者はヒビキの熱心な信者だからね。ただちょっと、一人占めにしたいだけだ」
たぶんユウさんみたいなタイプなんだろうなぁ……。そう思うとかわいそうだが、クウカさんを守るためだ。これくらいは仕方ないだろう。
「標的の家は王都、アルテの中流地区。かなり儲けてるんだろうね、中流の中でもそれなりに家はでかいよ。まぁおかげで家も割れてるからやりやすいんだけど」
「黒幕。……問題なく繋がったけど、家の中じゃどこに飛ぶかわからないな」
ファイさんが広げた地図上の地点に黒幕の転送先を作る。黒幕の場所指定は詳細な情報がなければ、その地点の一番暗いところになる。おそらく窓がない密閉されたクローゼットやトイレになるだろう。
「あ、そうだ。これギルドカード」
「ん? いらないよ。うち裏ギルドだし」
久しぶりに使えると思って喜んで渡したのに、断られてしまった。
「ていうかお兄さん冒険者もやってたんだね。Eランクだけど」
「まぁ……一瞬……」
ギルドカードとは、いわば自分の身分を示す証明書のようなものだ。ギルドでクエストを受注する際に使い、自身の顔や名前、ランクが書かれている。ちなみにランクとは、自分の実力を示す測りのようなものだ。高難度のクエストをクリアすると上がっていき、SからEランクまで存在する。
「それじゃあそろそろ行くけど、準備はいいですか?」
「大丈夫だよ」
「よくもアキト様をハメてくれやがったな……。ユウでさえまだハメ……」
このクエストに同行するのは、怨恨に溢れているユウさんと、証拠隠滅をやってくれるというファイさん。証拠隠滅と聞くとだいぶやばいことやってるんだなという自覚が出てくる。
「よし、じゃあ行こうか」
そして俺たち三人は黒幕をくぐる。そして出た場所は、
「……せま」
「あぁん、アキト様ぁ♡ ……ちょっとファイちゃん、アキト様に近づかないでもらえる?」
「そう言われてもこうも狭いとね……」
段ボールや小さな道具に溢れた小さな部屋。たぶんクローゼットの中だな。狭すぎて柔らかな感触が二か所から俺を押しつけている。
「じゃあ作戦通り髪の毛を探してヒビキの動きを止め……いや、」
ドアの下から光が漏れてきた。ヒビキが表の部屋に入ってきたんだ。音を漏らさないよう気をつけ、しばらく待機する。
「ドンドン! どうも、情報発信系アミチューバーの、ヒビキです!」
そうしていると、聞き覚えのある挨拶が聞こえてきた。動画を撮っているのか?
「いや、生放送だね」
小声でそう告げたファイさんが白色のライチャンを見せてくる。音は出ていないが、部屋にいるヒビキの映像が流れている。つまり奥に見えるクローゼットの中に俺たちはいるのか。
「結構離れてるから少しは声出してもよさそうだね」
「それよりもまずいな……。部屋が思ったより明るい。たぶんヒビキの正面に照明が置いてあるんだと思うけど、この明るさだと魔法は出せないぞ」
「でもたぶん照明の後ろ、撮影しているライチャンの近くなら多少は暗いんじゃないですか?」
「そこだけ明るくてもな……とりあえず放送が終わるまで待つか」
そう決めてこの窮屈さに耐えようと思ったその時、事情が変わった。
「じゃあ今日は予告通り、イユ・スーガの裏の顔について教えちゃいますよー!」
ドアの外から聞こえてくる嫌に明るい声。ライチャンを見てみると、軽薄そうなにやけ顔が画面の奥の俺たちを見ていた。
「裏の顔……?」
「別にイユに隠してることなんてありませんけど……」
本人でさえ知らない情報。また偽の情報でも流すつもりか……? そう身構えていると、すぐに答えが示された。
「Dランク冒険者のイユちゃん。そうそう、あのエロい身体した女の子。あの子昔、援交してたんですよ」
「してないっ!」
「ちょっ、騒がないでっ」
ファイさんが反射的に叫んだイユさんの口を抑え、外に出ようとした身体を引き止める。にしてもこれ、フェイクニュースというには悪質すぎるぞ……!
「その証拠に持ってるんですよ、この子の恥ずかしい写真」
「っ!」
身体の小さなファイさんの腕を跳ね除け、飛び出そうとするイユさん。この反応を見ると、援交に近い何かはしていたのだろう。
「とりあえず落ち着きなよ。ここで出て行ったら不法侵入してるって放送を観てる人にばれるよ」
「でも……でも……!」
頭では理解できているのだろうが、身体が言うことを聞かないのだろう。無理もない。世界中の人に自分の恥ずかしい写真が晒されようとしているのだから。
「ちがっ、違うんですよ……アキト様……」
「いいよ、言わなくて。なんか事情があるんだろ?」
止めるのは諦めたのか、俺に事情を説明しようとするユウさん。別にこんなことで引いたりなんかしない。だがそういうわけでもないようだ。
「昔、『アイッター』っていうSNS……簡単に言うと、知らない人とチャットができるアプリをやっていたんです……。それで仲良くなった人に顔見せてって言われて……かわいいって言われて……どんどん要求が激しくなって……褒めてくれるから……嬉しくなって……」
「リテラシー……」
ユウさんの釈明に、ファイさんがよくわからない言葉で返す。俺にはさっぱりわからないが、つまりはこういうことだ。
「あいつが画像を出すのを止めればいいんだろ?」
だったらやることは単純だ。俺はクローゼットを出て、光り輝く部屋に出る。
金が大事な人間の興味を惹くのは簡単。もっと金になる情報を出せばいいだけだ。
「どうも、悪の親玉です。緊急事態宣言の話でもしませんか?」