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第8話 正義の動画配信者

「いま法で裁けない悪人が話題になってるんですよー。ねぇ、ライチャーン」

 手でメガホンを作り、フユさんはカウンターの奥に呼びかける。もう一人従業員がいるのかと思ったが、その正体は生物ですらなかった。



『ライライ!』

 現れたのは本ほどの大きさのピンク色の猫。ただしデフォルメされており、人形のような姿で宙を浮いている。しかも腹部分には液晶がついていて、機械的な声で鳴き声を上げている。



「なんですか? それ」

「知らないんですかー、時代遅れ~」

「あーでも見たことある気がする……確かクウカさんが仕事で使ってたような……でもあれはもっと大きかったか……」

「それは業務用ですねー。この子は携帯型端末機、ライチャン。電気と魔力で動く、今流行りの情報デバイスですよー」


 そしてフユさんは、「ねぇ、ライチャン。ヒビキの動画流して~」と機械に頼んだ。それに『ライライ!』という電子音で返すと、液晶に男の映像が流れ始めた。



『ドンドン! どうも、情報発信系アミチューバーの、ヒビキです!』

「ぁ……こんばんは……ぇと、アキト・カシューです……」

「「「うわぁ……」」」


 何でだろう。がんばって知らない人と話しただけなのに三人が冷たい視線を向けてくる。あのユウさんですらドン引き顔だ。そんなに気持ち悪かっただろうか。いや俺が気づかなかっただけで気持ち悪かったんだな、死にたくなってきた。



「えーと……お兄さんはこういうの疎い人?」

「まぁ挨拶とかは全部クウカさんに任せてたから……」

「そうじゃなくてさ、ライチャンとかアミチューブとか、何て言えばいいんだろう、そういう新しい系のやつ」

「申し訳ないけど何言ってるのか全然わからない」


 俺がそう答えると、ファイさんは顔を抑えてため息をつく。ファイさんから引き継いでユウさんが説明してくれた。



「いいですか? アキト様。さっきライチャンについては教えてもらったと思うんですけど、そのライチャンを使って世界中と繋がることができるんです。たとえばアミチューブがその内の一つですね。ライチャンを使って動画を撮り、アミチューブにアップすると、ライチャンで視聴できるようになるんです。あとあんまりクウカさんの名前を出さないでください。殺しますよ」


 ……一つも理解できないな。機械関連はどうしても光を発するから嫌いなんだよ。まぁこの程度の明かりなら俺ですらダメージは負わないが、心情的には苦手意識がある。でも聞き返しても怒られそうだしわかったフリしとくか。



「それで? そのライ……がどうしたんですか?」

「わかりやすく言うとね、このヒビキって配信者はガセ情報をいかにも真実です、って感じで伝えてるんだよ」

 

 同じ陰キャ同士俺が駄目だと気づいたファイさんがずいぶん噛み砕いて説明してくれた。それでも理解できないので黙っていると、液晶を操作して別の動画を流し始めた。



『ドンドン! 今日は街中にモンスターが出現するようになったワケについて、この動画を観ているみなさんだけに特別に! 教えたいと思います!』

「へー、理由知ってるんだ。すごいな」

「はいそこ~、頭空っぽにしてないでちゃんと考えてくださいね~」

「知ってるならとっくに国が対処できてるよね」


 ……確かに言われてみればそうだ。初耳の情報に触れすぎて、陰キャの本分である人を疑うことを忘れていた。



「じゃあこの人は嘘をついてるってことですか?」

「さぁ。それはあたしたちにはわからないよ。なんせ正解を知らないんだから、それが正しいのかどうかは誰にもわからない。それが問題なんだよ」


 つまりどういうことだ? 考えていると、男の顔の隣に別の男の写真が現れた。ていうかこれ、



『この一連の事件の犯人。それはペガスのギルドで働いているこの男、アキト・カシューだったんです!』

「盗撮なんて許せませんっ!」

「いやマジでユウさんがそれを言わないでくれる?」


 いや、それよりも今はこれが問題だ。俺がモンスターを街に呼び出してる? 証拠はあるのか?



『このアキトという男、なんと世界で唯一の正真正銘、100%完璧な陰キャなんですっ! 陰キャは夜にしか活動できない。それは夜行性であるモンスターも同じ! こんな偶然ありえますかっ!? 間違いなくこの男はモンスターと繋がっている! そして世界を自分が棲みやすいように変えるつもりなんですっ!』

「は、ぁ……!?」


 なんだ、その理論。めちゃくちゃじゃないか。事実なのは俺が陰キャなのと、モンスターが夜行性ということだけ。それだけの共通点しかないのに、都合のいいように話を繋げている。



「こんなの信じる人がいるのか……!?」

「多くの人は信じないだろうね。というかこの男だって信じていない。でも一部の人が信じればそれでいいんだよ」

「あぁ……そういうことか……」


 ようやく話が見えてきた。つまり、俺がいつもやられていることか。



「それっぽい理論を並べて、真実ではないけれど、全部が嘘ではない情報を作り出す。人間、悪がいるとそれだけで幸せだからね」


 この未曾有の危機に、具体的な敵を作り出す。敵がいるなら叩けば解決するし、それだけで自分は正義のヒーローになれる。正しさは麻薬だ。正しいという後ろ盾があるだけで、何をしようが全てが正当化されるのだから。脳みそを空っぽにして最高の快楽を得ることができる。



「そして正義を認めてくれる存在は、その人にとって神様と同じになる。そうやって信者を作り出し、お金を稼いでいるのがこのヒビキという人間だよ」


 しかも相手が俺という嫌われ者だからな……。犯罪者には陰キャが多いという思い込みと同じだ。正義に拍車がかかるのだろう。



「それと声が大きいっていうのも厄介なとこですよね~。人数自体はたいしたことないのに、大声で喚くことによって、自分たちが多数派ですよ~、ってなりますからー。フユちゃんたち声の小さな陰キャには天敵ですよー、しくしく」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 相変わらず眠そうなフユさんと、一心不乱に何も刺さっていない藁人形に釘を打ちつけるユウさん。そしてファイさんが煙草に火を点けて俺の目を見る。



「たぶんだけど、これがお兄さんがギルドをクビになった原因の一つだと思う。間違っているという証明ができない以上、相手側は叩くことをやめないからね。正義そのものの、まさに法では裁けない悪。お兄さんはどうしたい?」



 俺を悪人へと仕立て上げ、利益を貪る極悪人。でも俺が犠牲になることで他の誰かが幸せになるなら……。



「あーそうそう。当然だけど彼らは本丸を倒したくらいでは止まらないよ。まだ悪の秘密結社には魔王の側近の女が残ってるんだからね」



依頼:ヒビキの誘拐


難易度:B


報酬金:500万マイテ


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