第7話 次へ
「あ……れ……?」
おかしい。さっきまで俺でさえ辛いと感じるほどの闇の中にいたのに、今は温かい闇の中にいる。心地よくて、気持ちいい。何があったんだっけ……?
「起きたっ! アキト様起きたよっ!」
そして聞こえたのはユウさんの声。でも変だな、顔は見えない。二つの丸いものが覆い被さってるだけで、他は何も……、
「よかったっ! よかったでずぅぅぅぅっ、ほんとに死んじゃうんじゃないかとっ、ぅえっ、ぇぇぇぇ……!」
かと思ったら背中に腕を回され、なんか思いっきり抱きしめられた。ああ、そうか。ユウさんに膝枕してもらってたのか。
「ごめん……すぐどくから……」
「あぁっ、まだ動いたら……!」
人と触れ合うのは苦手だ。ユウさんの腕の中から抜け出そうとして、ようやく気づく。
「いったっ……!」
なんかめちゃくちゃ頭が痛い。それになんだかふらふらするし、右手も少しだが痛い。ああそういえば……ユウさんに殺されかけたんだっけ……。でも変だな、完全に死んだと思ってたんだけど……。
「よかったですね~、ファイちゃんがここにいて~」
「あたしの魔法で生き返らせたんだよ。死んですぐなら魂を呼び戻せるから」
テーブルの向こうのソファーでファイさんとフユさんがほっとした顔で微笑んでいた。ここグロウのテーブル席だったのか。
「ありがとうございました……」
二人にお礼を言い、ユウさんの隣に腰かける。ファイさんの言い方すると、俺を助けたのはあの魔法か。見た感じそこまで陰キャって感じでもないのに、あれの適性があるなんて意外だ。
「あーでも傷までは治せないから。果物ナイフで切った手の方は防刃グローブのおかげでたいしたことないけど、頭はどうしようもないから」
「大丈夫です、それはいつも通りなんで」
言っていて、これは悪口を言ったのではなくあえて言葉を端折ったボケなのに気づいた。もっと早く気づけていれば滑ったみたいにならなかったのに……本当に申し訳ない。
「あたしとフユの場合は裏ギルドやってるから公的機関は行けないけど、お兄さんなら病院行けば何とかしてくれるんじゃない?」
「いや、病院はずっと光ってるから陰キャは行けませんよ。言えば多少は考慮してくれるらしいけど、俺の場合は少しの光でもアウトなんで」
「もう、なんでファイちゃんとばっか話してるんですか。ユウとお話しましょー♡」
比較的真面目な話をしていると、ユウさんが俺の身体を掴み上げて膝の上に乗せてきた。背中の柔らかい感触や温もりが気持ち悪いが、腹をがっしり掴まれているせいで動けない。というかそもそも、
「俺とユウさんの関係ってどうなったんだっけ……?」
確か。いや確実に、俺はさっきまでユウさんに殺されそうになっていたはずだ。それなのに再び、いや以前以上に情熱的にアタックされている気がする。
「そんなの決まってるじゃないですかー♡ アキト様はユウを幸せにしてくれる王子様です♡」
「…………。ま、まぁクウカさんを殺そうとしなければ別にいいけど……」
「はい♡ あの女は今でも死ぬほど憎いですけど、アキト様がそう言うなら殺しません♡」
「そっすか……」
まぁそれなら何でもいいや……。ていうか俺何をしたらあそこからここまで持ち直せたんだ? 俺のことを好きになった理由くらいから記憶が飛んでるんだけど……。
「ところでどうする? 別のお仕事紹介してもいいけど」
ファイさんがどこかから取り出したファイルをテーブルの上にばらっと並べる。どうするもこうするも……。
「帰りますよ。人殺しなんてしたくないし、頭もいた……」
「やるっ! いっぱい殺したい人いるのっ!」
…………。やっぱだめだ、俺この人と合わない。
「やるならお一人でどうぞ」
「えーっ!? じゃあ誘拐は? 拷問とかもあったはず……」
「どれもやらない。何の罪もない人に迷惑かけたくないからな」
「えー! じゃあ……♡」
「やらない」
「まだ何も言ってないのに……でもそんな冷たいとこが……♡」
「ならー、悪人相手だったらどうですか~?」
めんどくさいユウさんとの会話に入り込んできたのは、さっきまで眠そうにうつらうつらしていたフユさん。
「法では裁けない悪人を成敗する、っていうのはアキトさん的にはアリだと思いますけど~?」
そして俺は知ることになる。
俺がどれだけ世界から嫌われていたのかを。