第6話 陰キャ
全ての人間は生まれつき魔力を持っている。
その属性は陽・火・風・土・花・水・陰の七つに分類され、魔力量に違いはあれど、生まれた時点でどの属性を、どの割合で持っているかが定められている。
たとえば俺は100%陰属性。クウカさんは花属性が76%、土属性が15%、火属性が9%といった具合。俺みたいな一属性キャパシティは非常に珍しく、普通は陽と陰を除く五属性の内、二~四種類持っている場合が多い。
そして人の性格、というよりその人の本質は、その人が持っている属性の種類、割合によって決まっている。らしい。もちろん絶対ではないし、半分占いのようなものだが、案外馬鹿にならない精度がある。
クウカさんを例に挙げてみよう。最も多い花属性は、おおらかだが主体性のない性格の持ち主だと言われている。次いで真面目だが頑固な土属性、情熱的だが単純な火属性と並ぶ。これらを%ごとに当てはまると、その人の性格となるそうだ。
つまりクウカさんは基本的に優しいが、真面目さ故に少し熱くなりやすいタイプということになる。クウカさんが俺と本心で話していたかはわからないが、俺のイメージとそう相違はない。
そして、俺の持つ陰属性の性格。これは非常に単純だ。暗い。たったそれだけ。
つまりその診断に当てはめると、俺は暗いだけで他には何もない人間ということになる。めちゃくちゃ当たっている。
だがユウさんの場合はどうだろうか。暗いだけ、ではなかった。少なくとも俺の知るユウ・スーガという女性は、とてつもなく情熱的に俺にアタックしていた。暗い以上に激烈だった。俺では絶対にできないこと。俺なんかよりも圧倒的に、輝いていたんだ。
「だからあんたはちゃんとした陰キャじゃない。そうだろ?」
「そうだね。陰属性は30%くらいで、残りは全部火属性だよ。だからどうしたの?」
全身を針で刺されたような痛みに耐えながらようやく発した一言に、ユウさんは平然と返してくる。そりゃ30%しかないなら、金槌で頭を殴っても人を殺せない程度には弱るが、普通には動けるだろうな。
「というかあなたこそ本当に陰キャなの? 陰キャなら復讐したいって思うでしょ? 自分を裏切った人間を許しておけないでしょ? 何でいつまでもあんな女のこと引きずってるの? ユウの方が、絶対にいいのにっ!」
「ずいぶん見てきたように言うんだな……」
「盗撮と盗聴してたからね」
「そうかよ……」
もうここまで来てはそんなことどうでもいい。ユウさんの大きな勘違いに気づいたから。
「これはギルドで聞いた話なんだが、陰キャと呼ばれる50%以上の陰属性を持って生まれてくる人間は約100分の1。でも成人である15歳になるまでにさらに100分の1にまで減るらしい。何でかわかるか?」
「さぁ。陰属性だけ成長するに従って他の属性に変わるんじゃない?」
「死ぬんだよ。自殺するんだ。暗すぎて、100人いたら99人が人生に絶望して死んでいく」
俺だって何度も死のうと思った。でも陰キャ過ぎて死ぬのが怖くて死ねなかった。でもクウカさんから言ってもらった。今まで生きてくれてありがとう、って。それだけでどれほど救われたか。生きていていいんだ、って初めて思えたから。
「わかるか? 陰キャは復讐なんて大それたことできないんだよ。貶されるのが日常だし、自分がどれだけ駄目かなんて知ってるからな。自分よりも他人を優先してしまう。それが陰キャの本質だ」
最もそれが上手くいった例はないんだけどな。陰キャがどれだけがんばろうと、どうせ気持ち悪いし、裏目に出て迷惑をかける。かと言って無視しても、後で罪悪感で死にたくなる。ほんと生きているだけゴミみたいな奴らだ。
「でもみんな犯罪は陰キャがって……」
「陰キャはイメージ悪いからな。国が出した統計だと、犯罪者の陰キャ率はそれこそ100分の1以下だよ。犯罪なんて怖くてやろうと思えない」
まぁファイさんたちは陰キャで犯罪者だが、それでも他人に迷惑をかけるタイプだとは思えない。苦しくても俺を助けようとしてくれたし。まぁ、それも失敗したわけだが。
「つまり俺が復讐しないから殺すってのは筋違いだ。わかったら早く電気を消してくれ。ファイさんとフユさんがかわいそうだから」
俺もそろそろ本当にやばくなってきた。普段よりやたら口が回るのがその証拠。なんか色々ハイになってきているんだ。
「……なにそれ。それじゃあユウが馬鹿みたいじゃん。やっとフラれたって、一人で舞い上がって。陰キャなのがそんなに偉いの? 陰キャは本当はいい人なのにかわいそうみたいな言い方して……そうじゃないユウたちが愚かなんだ」
「そうじゃない……! 陰キャは普通の人なら気にしないようなことに無駄に繊細なだけだ……陰キャなんて辞められるならすぐに……」
「どうでもいいよそんなことっ!」
ユウさんの声がすぐ近くから聞こえる。悲痛で苦しそうな声だ。俺のせいでこうなったかと思うと、申し訳なくて死にたくなる。
「もういいよ……アキト様を殺してユウも死ぬ。よかったね、大好きなクウカさんが救われるよ」
「っ……!」
そうじゃない。そうじゃないんだよ、不幸自慢がしたいわけじゃないんだ。ただ俺を取り巻く全てのものが不幸だからそうなっちゃうだけで、哀れんでもらいたいわけでも同情してほしいわけでもない。何で上手くいかないんだ。どうしてもっと上手くやれないんだ。
「俺はどうなってもいいけど……ユウさんは死なないでほしい。クウカさんさえ殺さなければ……」
「あーもううざいうざいっ! 被害者アピールやめてよっ! あなただって人を殺したことあるくせにっ!」
……知られていたか。まぁ情報に疎い俺の耳にもその話が回ってくるくらいだしな……。隠しておけるものでもない。
「ユウ、知ってるんだから……。アキト様がユウを守るために殺しちゃったこと、ちゃんと見てたから……」
でも、そうじゃなかった。他のことで精一杯で覚えていなかったけど、あの時の女の子がユウさんだったのか。やっとわかった。ユウさんが俺なんかに惚れている理由が。ただの罪悪感がその正体だったんだ。
「アキト様は悪くないのに……ただの事故だったのに、自殺しようとしたよね。何度も、何度も。ユウがいくら止めても泣きながら吐きながら苦しんでいたあの姿を見て、ユウ思ったの。この人ならユウのこと死んでも幸せにしてくれる、って」
血に塗れた顔に別の水滴が零れてくる。ドロドロに熱い血の中でも一際暗くて温かい。
「でもユウが色々画策している内にクウカさんに取られちゃって。ほんとならすぐにでも奪いたかったけど、アキト様に悲しんでほしくないからずっと待って。それでやっと巡ってきたチャンスなのに、ちょっと思い通りにならないからって傷つけて……。あれ、ユウなにやってるんだろ……こんなことがしたかったわけじゃないのに……」
もうほとんど見えない視界の中で光が反射するのが見えた。光は嫌いだ。ほしいのに、俺には一生手に入らない。
「ごめんね、迷惑かけて」
でもこの光は。ユウさんの首へと近づいていくその光だけは、この手に収めることができる。
「っぁ!」
「ア……キト様……?」
刃物に刺されたような鋭い痛みを感じつつ、俺は彼女に伝える。これがユウさんの望みだったはずだ。
「死んでも幸せにしてくれる……だっけ……?」
どのような結果であっても人を幸せにできたことに喜びつつ、俺はいつもより深い闇の中に沈んでいった。