第4話 裏ギルド
「ここです♡ さ、行きましょうっ♡」
「は、はい……」
「もう、敬語はやめてくださいよ」
「ぅす……」
ユウさんの家に連れ込まれてから数十分後。俺はユウさんに連れられてとある店を訪れていた。外出は自粛を要請されているだけで、禁止されているわけではない。そもそも俺の転送能力があればこの程度外出とも言えないだろう。
俺がこの危険人物の言うことを聞いている理由は、そこまで危険ではないと判断したからだ。ギルドで俺の髪の毛を大量に採取したユウさんなら、クウカさんの髪だって拾えたはずだ。なのに呪魔法の対象外である写真に釘を打ちつけていたということは、怨みはあるが殺すつもりはないのだろう。だったら下手に反抗して機嫌を損ねるより、従順なフリをしておいた方が得策のはずだ。それに、あれだ。単純に怖い。
「この手形に陰属性の魔力を注ぐと開くんですよ。おもしろい結界ですよね」
「けっか……結界……?」
ユウさんは灯りのついていない古びた外装の、『グロウ』という店名のバーの入口に貼ってあるポスターに手を重ねる。未成年飲酒禁止という文と、禁止を意味する手のひらが描かれているポスター。これが鍵になっているなら中々上手い仕掛けだが、何でこんなところに結界が張られてるんだ。
「そもそもここ、どういう場所なんだ? 陰キャじゃなきゃ入れないとか怪しすぎるんだけど」
「言ったじゃないですか。ユウたちが幸せになれる場所です♡」
相変わらず意味不明なことを口走り、ユウさんは扉を押してどう見ても開店していないバーの中に入っていく。俺も魔力を流してもいいのだが、こんな怪しい場所に入った形跡を残すのも嫌だ。ユウさんの後ろに引っ付き、バーの中に入った。
「やぁ、ユウさん。いらっしゃい」
「どもども~」
俺たちを出迎えてくれたのは、カウンターの中にいる二人の少女。
「こりゃまたー、ずいぶんと大物を連れてきましたね~」
一人はバーテンダーらしい服装をした、眠そうなしゃべり方と顔をした子。服とは似合わないベレー帽を被っているのが特徴的だ。
「あ、アキト・カシューさんじゃん。なるほど、状況は大方わかったよ」
そしてもう一人は、白のインナーの上に黒いパーカーを羽織った、黒いミニスカートを履いた少女。こちらはおとなしそうな前者とは違い、黒のキャップを被っていて活発そうな印象を受ける。
「とりあえず座ってよ。ユウさんはいつものでいいとして、お兄さんは何かオーダーある?」
「いや、俺酒はあんまり……」
「ふーん。意外、ってこともないか。陰キャだもんね」
そう言うと活発そうな女の子がパーカーのポケットから煙草の箱を取り出し、シュッと上に上げて一本引き出すと、ジッポで火を点けた。喫煙したということは15歳以上は確定か。
「とりあえず適当にジュース出しとくよ。後はフルーツとか切っとけばいいよね」
「うん、ありがと」
ユウさんと軽く会話をし、活発そうな子が入口近くにあるスイッチを数度いじくり、青色の仄かな照明を点けた。この程度の灯りなら俺にもほとんど問題はないが……キナ臭さが増したな。
今ようやく灯りを点けたということは、さっきまで真っ暗の中過ごしていたということ。店の仕掛け的にもこの二人は相当の陰キャと見て間違いないだろう。しかも俺と年齢はそう変わらなく見える。したがって確実にまともではない。
それに緊急事態宣言中だから当然と言えば当然かもしれないが、他に客は一人もいない。十席くらいあるカウンターに、五つくらいのテーブル席が置かれているが、どれも直近で使用した形跡はない。じゃあ何で店を開けているんだ。いや、これは開いていると言えるのか。わからないことだらけだが、とりあえずいつでも逃げ出せるよう準備しておこう。
「はい、ブラッディマリー。お兄さんはオレンジジュースね」
カウンター席に座った俺たちに活発そうな子が飲み物を差し出した。俺のは普通のジュースだが、ユウさんのはなんかやけに赤い。これがカクテルというものだろうか。
「あ、自己紹介がまだだったね。あたしはファイ・ミツキ。で今フルーツを切ってる方が、」
「フユちゃんはー、フユ・ミツキでーす。よろしくどーぞ~」
女の子たち二人が名前を明かしてくる。どうやら二人は姉妹のようだ。正直あまり似ていない。共通点といえば栗色の髪の毛くらいしかないが、まぁどうでもいいだろう。
俺の名前は……知られているようだからいいか。不可抗力だが俺の名前はそこそこ知れ渡っているし、別にそこに疑問はない。それよりも、もっと大前提のことが気になる。
「ここはどういうお店なんですか? まさか普通のバー、ってこともないですよね」
「あーここ? 裏ギルドだよ」
そこそこ緊張しながら訊ねた俺の疑問は、ファイさんに平然と返されてしまった。
「陰キャ限定の裏ギルド。まぁ日によっては結界を解いてただのバーにする時もあるけど、このご時世だとバーのお客さんも来ないし完全に裏ギルドかな」
裏ギルド。そう言うとかっこよく聞こえるが、その実態はただの犯罪組織である。
通常のギルドは国によって運営され、仕事内容はモンスターの討伐や採取クエストに限定されている。
だが裏ギルドにその縛りはない。俺も噂でしか聞いたことはないが、誘拐や暗殺など、人間を標的にした依頼を取り扱っているらしい。この街にもあることは知っていたが、まさかここだったとは……。
「俺、帰ります!」
こんな非合法な組織に顔を出していたことが表に出れば、どこにも雇ってもらえなくなる。報復が怖いからギルドや警察には通報できないが、とにかく一秒でも早くこんなところから逃げなくては。
「待ってくださいっ」
だが俺をここに来た張本人、ユウさんが俺の腕を掴んで放してくれない。
「今からユウたちは幸せになるのっ。ファイちゃん、あれまだあるよね?」
「あるけど……ちょっと事情が二つくらい変わってね。今出すわけにはいかないかな」
「あるなら出して。殺すよ?」
「はいはい、わかりましたよ」
決して冗談とはとることのできないユウさんの脅しに屈し、ファイさんが指で挟んでいた煙草を灰皿に置き、厨房の下から黄色の薄いファイルを取り出した。
「はい、これで満足?」
「うん。殺すなんて言ってごめんね?」
ファイさんからファイルから抜き取った一枚の紙を受け取り、ユウさんが本当に申し訳なさそうに顔色を窺う。
「アキト様、褒めてくださってもいいんですよ?」
しかも今度は顔を赤らめて俺に頭を差し出してきた。物凄い感情の振れ幅だ。正直めちゃくちゃ怖い。
「ずっとこの日を待っていたんです。やっぱりこれは一緒にやりたいなーって……♡ ぇへへ……これでユウとアキト様は……♡ きゃーっ♡」
またも頭のおかしいことを口走り、ユウさんは俺に紙を手渡してきた。これは……依頼書か。冒険者はギルドでこの依頼書を見てクエストを決めるが、裏ギルドでもそれは同じのようだ。
まだ内容は見てないが、どんな依頼だとしてもそれを受ける気はない。なんせ人間を標的にしたクエストのはずだ。誘拐ならまだ考えるが、人殺しをするつもりはない。とりあえず内容を読んで、適当に言い訳を作ろう。
そして俺は依頼書を見る。そこに書かれていたのは、
「クウカ・オーダーの殺害――」
その内容に目を奪われた俺の耳に、悪魔のような甘い囁きが響いた。
「これでユウたちは幸せになれますね♡」