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第2話 闇の中に光るもの

 ここペガスは上の下程度の街だ。つまり大都会というほどではないが、かなり栄えていて人に溢れている。大通りを歩けば店の光が眩しく、脇道に逸れても人が全くいない空間は存在しない。それは普通の人が寝静まった真夜中でも同じで、酒場はいつでも賑わっているし、裏通りには家を持たない人々が寝床を作っている。



 それが今はどうだ。人が全くいないわけではないが、人通りは普段の十分の一以下。店はとっくに閉められていて、ホームレスの人たちはどこかに身を隠している。



「これが緊急事態宣言の効果か……」


 夜8時を過ぎると街にモンスターが現れるようになり、ついに国が国民全てに外出自粛を要請した。これによりまだ7時50分だというのに街はすっかり閑散としていた。



「これでクビになってなきゃ最高なんだけどな……」


 灯りが全く存在しないというのは光に弱い俺にとっては最高の空間だが、今の状況ではそんなことも言っていられない。社宅を追い出され、必要最低限の荷物だけ纏めた俺は行く当てもなくただ街を彷徨っていた。


 宿でもとれればいいのだが、仕事がない以上出費は考えなければならない。一応貯金は100万マイテほどあるが、これは命の金。食費や越冬のために残しておかなければならない。



「野宿するしかないか……」

 だが一口に野宿と言っても問題は山積みだ。まず日中日の光を避けられる場所でなければならない。それに……、



「ってーな、気をつけろ!」

「すいません……」

 考え事をしていると、前から歩いてきた人にぶつかってしまった。正面衝突である以上非はお互いにあるが、ここで揉め事を起こすわけにもいかない。



「や、やめてくださいっ」

「いいだろねーちゃん、俺らと遊ぼうぜ」


 ……揉め事を起こすわけにはいかない。冒険者らしき服装をした男三人が、女性を囲んでナンパしているが、俺には関係のないことだ。



「いま緊急事態宣言中ですよっ。常識を考えてくださいっ」

 大柄な男たちに囲まれていて見えないが、鈴の音のような声が中心から聞こえてくる。確かにそろそろ8時。どこか建物の中に身を隠さないと危険だろう。それなのに男たちは解散することなく、ただ余裕そうに笑っている。



「安心しろよ。俺ら腕っぷしには自信があってな。ぜってー守ってやっから」

 へぇ、ということは有名な冒険者なのか。ギルドで見たことあったか? 人の顔を覚えるのは苦手だからよく覚えていない。



 まぁそういうことならモンスターにやられることもないだろう。問題はモンスターというよりあの男たちだが……申し訳ないけど女性には我慢してもらおう。俺が出て行ったところで無視されて終わりだし、そもそも知らない人となんて緊張して話せないし、さらにそもそも俺はここで救いに行ける性格じゃない。



 いつだってそうだ。困っている人がいても俺は何もできない。俺には関係ないと言い訳して、知らないフリして、後で自己嫌悪で死にたくなる。



 でもしょうがないじゃないか。俺だって怖いんだ。どうしても勇気が出ないんだ。周りから嫌われるのは慣れているが、面と向かって凄まれたら何もできなくなってしまう。



 俺がこいつらを数秒とかからず殺せる力を持っていても、だ。



 だからいつも通り。顔を背けてその場を立ち去ろうとした時。



 ジリリリリ、と鐘の音が街に木霊した。



「!」

 それとほとんど同時に何もなかったはずのただの暗闇からモンスターが出現する。緑色の体色をした、小さな人型の怪物、ゴブリンだ。雑魚モンスターでしかも一体だけだが、その瞳には確かな殺意を感じる。標的は人間の集団、あの男たちだ。



「ちょうどいい、そこで見とけよ。俺があんなモンスター瞬殺してやるからよぉっ!」

 高らかにそう叫ぶと、男の中のリーダー格らしい男が背中から巨大な斧を引き抜き、一閃。ゴブリンの腹を引き裂いた。



「はははっ! 何が緊急事態宣言だっ! みんなビビりすぎなんだよっ! こんなん……」

「おい、おい! 後ろっ!」

 女性に雄姿を見せつけるリーダーとは対照的に、青ざめた顔で後ずさる二人の男。その声の通りに振り返ったリーダーも、瞬く間に二人と同じ表情へと変わった。



「メガゴブリンっ!?」

 ゴブリンの死体のすぐ後ろに立つモンスター。その見た目はゴブリンと同じだが、大きさはそれの数十倍。十メートルを優に超える体長を誇るゴブリンたちの親玉が強い殺意を男たちに向けていた。



「こ、こんなのが出るなんて聞いてねぇよっ!」

「とにかく逃げるぞっ! あんなのに勝てるわけねぇっ!」

「ひぃーっ! 見逃してくれぇぇぇぇっ!」


 雑魚だけだと高を括っていた男たちが一目散に裏通りへと消えていく。メガゴブリンってせいぜい中級だろ。まともな冒険者が三人もいれば倒せるレベルなんだけどな……。



「慣れないことやらせやがって……」

 男たちが逃げ出したことで女性一人が残されてしまった。既にメガゴブリンは標的を女性に定めて腕を振り上げている。さすがに助けないわけにはいかないか。



 それに、相手が人間でさえなければ敵の強さなんて関係ない。



黒魔法(ブラックラグナ)――」



 女性の前に出て、振り下ろされるメガゴブリンの拳の前に手を差し出す。



 瞬間できあがるは、闇よりも深い黒。



「――黒幕(ブラックアウト)



 俺の手の平から出現した闇の円にメガゴブリンの腕が触れる。岩をも砕く拳はその衝撃を発生させることもなく闇の中に消えていく。普段は呑み込んだものを別の場所に転送させるために使っているが、本来の使い方はこれだ。



(エンド)



 そう唱えた瞬間、メガゴブリンが野太い悲鳴を上げた。そりゃあ肘から先の腕が丸々失われたのだ。それくらいの悲鳴は上がるだろう。言うなれば次元を斬り裂く斬撃だ。腕が挟まったままゲートを閉じれば、転送は途中で終わる。つまり腕だけが転送され、身体だけがここに取り残されたのだ。



「グォォォォッ!」

 腕を失ったメガゴブリンは俺に背を向けて逃走を始めた。その巨体からは考えられない速度だ。だがこの魔法の射程距離は、



「俺の視界に入っている闇全てだ」

 逃げているメガゴブリンの頭部を黒幕で覆う。それだけで勝負は決した。



「閉」



 もう悲鳴は聞こえない。それはこことは別の場所で鳴り響いていることだろう。巨体が倒れる音を聞きながら、俺は女性の方を見る。



「すいません、嫌なものを見せました。家の場所を教えてくれれば送り届けます。あ、もちろん言いたくなければ近くまでで大丈夫です」

 伝えなければならないことを一息で伝え、目線を逸らす。クウカさん以外の女性と話すのなんて久しぶりすぎて目を見ることができない。



「タイラ地区の4の4です……」

 女性の返事が聞こえたので俺はすぐさま黒幕を起動する。タイラといえばこの街でも治安が悪い方の地区だ。言い方を選ばなければ女性が住む場所じゃない。でもそれは余計なお世話だ。



「ここに入れば家に着きます。じゃあ、その……すいませんでした」

 なぜか謝ってしまったが、これでやらなければならないことは終わった。後は野宿先を見つけないと……。



「っ!?」

 視界が急に暗転した。いや、夜目が利く俺に暗転という言葉はふさわしくない。視界に映る景色が変わったのだ。



 星が照らす暗闇から、光の射さない闇へと。女性に身体を押され、ベッドに倒されたことだけは感触でわかった。



「ぇへへ……。やっと、会えた……。会いたかったですぅ……ふふ……」



 俺の腕が細腕に掴まれ、身体の上にふわりとした重さを感じる。



 何が何やらわからないが、それでもいくつかわかったことがある。ここが誰かの部屋だということ。天井一面に隠し撮りされた俺の写真が隙間なく埋め尽くされていること。そして、



「お会いできて光栄ですぅ……アキト様ぁ……♡」



 俺の顔を覗き込んできた女性の瞳が妖しく輝いていること。

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