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被害者さんが、落ちてくれない。   作者: 羽野ゆず
第1章 被害者さんが、落ちてくれない
9/20

8 死体クルクル【解決編1】

* * *


「さぁーて、ついに物語も終盤を迎えました。

 事件をめぐる不可解な謎。秘密めいたタトゥーの存在。――そして、犯人はいったい誰なのか?

 資産家・鷹宮豪が殺された事件の全容が今、明らかにされようとしています。

 これから始まる推理ショー。どうか最後までお付き合いよろしく! 面白いと思ってくれたら、チャンネル登録、いいねボタンもよろしくぅ!!」


 笑顔で決めポーズを見せた遊へ、麗楽は死んだ目で、


「どうでもいいけど……カメラ回してたら、どうなるかわかってるよね?」

「わかってるって! 眠いからテンション上げるためにやってんだよ! わかれよ!!」

『私も生前、動画をよく観ていたよ。主に自己啓発系のチャンネルを』

「僕もチャンネル持ってるんですよ。『(YU)オンエア』てやつなんですけど。サブチャンは料理専門で『金城cook劇場』という」

『ちょっとわからない。すまない』

「鷹宮さん、謝る必要ないですから! 遊のチャンネル名だっさ!! 本名隠せ!」

「麗楽はもちろんチャンネル登録してくれてるんだろうね?」

「もちろんしていないわ!」


 ぶっすぅとむくれた弟の背中を叩いて、麗楽は本題を促す。


「それより、さっきのは何なの。『死体を浴槽まで運んだ理由がわかった』って本当?」

「教えてあげてもいいけど……。警察で発表するとき、自慢の賢い弟の推理です、って伝えてよ」

「わかった」

「必ず、だぞ」

「わかったわかった」


 もちろん言わないけど。

 内心を隠して親指を立ててみせると、遊は鼻の下をこすって、「結論からいくよ」と“推理ショー”をスタートさせた。


「理由は、タトゥーが『迷路』だから! これに尽きる!!」


 ただの文字や絵なら犯人はこんな苦労をせずに済んだ、と得意顔で付け加える。

 迷路だから――。いや、全く意味がわからない。麗楽と鷹宮はそろって首をひねった。


「麗楽。最近、迷路を解いたことはある?」

「……中学生、いえ、小学生以来解いてないと思う」

「僕、週1で家庭教師のアルバイトしてるんだよね。中1男子の。

 勉強していると、5歳の妹ちゃんが寄ってきて傍で絵を描いたり知育ドリルを解いたりするんだよ。お兄ちゃんの真似っこがしたい年頃なんだね。可愛いもんさ。

 で、妹ちゃんはね、ドリルを上下にくるくる回しながら迷路を解くんだ。そのようすがまた可愛くて」

国金(くにかね)さんちのアイラちゃんでしょ?」父同士が旧友の縁で、遊が家庭教師として通っているのは麗楽も知っている。「アイラちゃんは確かに可愛いけど。要は何を言いたいわけ?」


 要は、と遊は同じフレーズを繰り返して、


迷路を(、、、)解くには(、、、、)どうするか(、、、、、)、ってこと。

 鷹宮さんタトゥーは、上半身の前面から背面、わき腹にまで彫られていたんでしょ? 迷路ってのは、スタートからゴールまで一直線で解けるものじゃない。しかもそれだけ広範囲の迷路を解くためには、腹からスタートして、わき腹、背中、再び腹に戻り……そんな行き来を何度も繰り返さなきゃいけないだろうね。実際に想像してみなよ、犯人になったつもりで」

「犯人に……?」


 遊は個室からヌイグルミを持ってきて、麗楽の足元に放った。全長が1メートルはありそうな巨大なテディベアである。なぜこんなものが? 愚問か。どうせ動画の撮影用だろう。


「クマ男を、鷹宮さんの死体と想定してね」

「クマお?」

「さぁ、犯人さん(、、、、)! 死体の上半身に彫られたタトゥー迷路を解くんだよ。おへそがスタート地点ね」

「はあ?」

「早く! 誰がいつ来るかもわからない状況だよ。急いで!」


 麗楽は納得がいかないまま、おずおずとしゃがみ、クマ男の腹に指先を当てた。ちょうど、おへそと(おぼ)しき辺りに。

 毛むくじゃらの胴体に迷路が描かれている――。精一杯の想像力を働かせて、腹から背中へ指先を移動させた。


「迷路が解けると、数字とアルファベットが浮き上がるんですよね?」遊は鷹宮を仰いだ。「であれば、それなりに複雑な迷路だったはず。簡単にはゴールできないよ――はい、再び腹に戻って、今度は逆回りで背中へ、ひっくり返して。はいっ! ひっくり返してぇ!」


 指示通りクマ男を抱えながら何度も前後にひっくり返しているうちに、麗楽はバカバカしくなってきた。


「疲れた……やってられないよ、こんなの」

「もう疲れたって? 呆れるなぁ」遊はわざとらしく肩をすくめて、「君が扱っているのは、クマ男だからまだいいさ。犯人が扱っていたのは、鷹宮さんの(、、、、、)死体(、、)だったんだぞ」


 あ……。

 麗楽はとっさに、社長幽霊を見上げた。

 男性にしては小柄だが、158センチ50キロの自分よりは、身長も体重も上回っているだろう。クマ男と同じようになんて扱えるわけがない。


「無理よ」

「ずいぶん弱気だな、刑事のくせに。――でも、犯人は何とかしなきゃいけなかった。だからこそ、重い死体を引きずって浴槽まで運んだのさ。()を借りるためにね」

「力ぁ?」


 また不可解な表現が出てきた。


「誰の力を借りるっていうの? 他に協力者がいたってこと?」

「違う違う」遊は人さし指で×を作って、「檜風呂に溜まった大量の()に、だよ」

「湯……?」


 回りくどい説明に文句を言おうとした瞬間、麗楽の脳裏に、ある映像が浮かんだ。

 血に染まった大量の湯(、、、、)。揺れている死体――


「嫌だ……まさか」


 思わず両手で口を覆う。無意識の拒否反応。

 彼女の常識、発想の範囲では絶対にあり得ない。断じてあってはならない。

 その答えに、たどり着こうとしていた。


浮力(、、)?」 


 応じるように、遊はパチンと指を鳴らす。


「鷹宮邸の檜風呂は、大人が数人入れるほど大きくて立派なんでしょ。お湯も贅沢にた~っぷり入っていたとか。

 細かい計算はわからないけど、そんな浴槽に死体を入れたら、浮力が働いて重さの負担は激減しただろうね。迷路を解くため死体をクルクル回すのも随分楽になったんじゃないかな」

「死体をクルクル……そんなことのために?」

「あっ、もしかして、犯人は入浴介助の経験があったのかも! 浮力は身体への負担が軽くなる分、溺れる事故が起きやすくなるデメリットもあるけど」


 死体クルクル。

 自分で言って、恥ずかしくなってきた。麗楽は泣き笑いのような顔で叫ぶ。


「駄目! ありえない!!」

「どうして? 人間何とかしなきゃ、と割り切ったら、何でも思いつくものだよ。比類なき輝かしい瞬間、ってやつ?」


 それを言うなら、比類なき神々しい瞬間、である。


「だめ……だめ……そんな非常識な答え。許されるはずがない。だったら、『返り血を浴びたくなかったから』て理由のほうがまだ受け入れられるわ」


 遊は嘲るような笑いを漏らす。


「許す許さない、なんて誰が決めるの? くだらない。重要なのは、真実かそうじゃないか、でしょ。

 僕は今のところ一番合点のゆく説だと思うけど。麗楽は? 反対するからには反論しろよ」


 ぐっと言葉に詰まる。

 悔しいことに何も思いつかなかった。いや、違う。これは反論するとか以前の問題なのだ。双子なのに、この弟の発想はどこまで自由なのだろう?


「仕方ないなぁ……。違う(、、)ルート(、、、)から攻めてみようか。――鷹宮社長」


 城落しゲームを攻略しているようなノリで、遊は矛先を変えた。


「そろそろ、本当のことを話してくれませんか」

『……本当のこと?』

「また、とぼけちゃって。あなたは意図的に(、、、、)隠して(、、、)いること(、、、、)がありますよね? 僕はそれに気づいちゃってるんですよ」


 麗楽は目を見張った。

 表情が乏しかった鷹宮の口元に、軽薄そうな笑みが浮かんだように見えたからだ。これまでの、誠実そうなイメージが崩れた瞬間だった。

推理ショーは続きます。

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