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被害者さんが、落ちてくれない。   作者: 羽野ゆず
第1章 被害者さんが、落ちてくれない
7/20

6 ロマンだぜ

「浴槽まで運んだ理由についてだけど」


 口火を切った遊が、二本目のガラナの蓋を開けた。プシュッと小気味良い音がして、独特の芳香が麗楽の鼻をかすめる。


「事故に見せかけたかったんじゃない?」

「つまり?」

「衝動的に鷹宮さんを殺してしまった犯人は、『やっちまったぁ!』と後悔しながらも知恵を絞った。

 鷹宮さんはそんな年じゃないけど、高齢者に限らず入浴中の事故って多いじゃん? で、犯人はひらめいたわけよ。入浴中によろめき浴槽のフチに頭をぶつけた――たまたま打ち所が悪かった的な事故にしてしまおうと!」


 ジェスチャー多めの熱弁が終わった。

 重要な企画会議にでも出席しているように、腕を組みつつ思案顔の鷹宮氏。被害者自身も足を滑らせて起こった事故、と誤認していたようだから気持ちはわからなくもないが。

 

「鑑識が調べたら事故じゃないことはすぐわかるよ。まもなく凶器も発見されたしね。それくらいのこと、犯人も予想できたんじゃないかな」

「じゃあ、単純に、隠して(、、、)おきたかったとか?」

「隠す?」

「犯人は何かの理由があって死体の発見を遅らせたかった。脱衣所よりは、奥まった浴室のほうが見つかりにくいと考え、死体を浴室まで運んだ」

「理由ってなに?」

「とにかく時間稼ぎをしたかったんだよ」

「だから何のために?」

「さあ」


 真面目にやれよ!

 麗楽は心の中で悪態をつくが、矢継ぎ早に意見を出す遊を、ちょっぴり羨ましいと感じた。麗楽自身は気づいたことがあっても、海千山千の刑事たちのなかでは披露する勇気が出ないからだ。

 でも、いつかは、捜査本部で活躍できる存在になりたい。

 そんな野望を抱きながら、今回の事件についてあらゆる仮説が脳内を巡り、いくつも打ち消してきた。寝ても覚めても事件のことばかり。ひとつ息を吐いて、反論を唱える。


「隠す、って誰から? ゲストたちは客室のバスルームを使うことになっていたし、折笠さんがミネラルウォーターのボトルを補充しにこなければ、ご遺体の発見はさらに遅れていたでしょう。そもそも時間稼ぎのためなら、脱衣所の鍵をかけておく方が確実で効率も良いよ」

「……だよなぁ」


 矢継ぎ早に推理を否定されたが、ダメージを受けた様子は全くない遊である。わしわしと後頭部を掻きながら、デッキへと続く大窓を開け放つ。

 五月の北海道の夜。肌寒いと感じる夜風が、今はちょうど良かった。ヒートアップした空気を冷やしてくれる。

 デッキにプランターがいくつか並んでいる。遊の趣味、家庭菜園の一部である。そろそろ種まきの時期らしく、ホームセンターで購入した肥料や苗を遊がせっせと運んでいたっけ。

 ふと、鷹宮と目が合う。彼はこころなしか微笑んだようにみえた。植物には、人と幽霊をも癒す効果があるのか。


「そう……一緒くた(、、、、)にしちゃいけないんだよな」


 ぶつぶつと呟きながら遊が畳に落としたのは、らくがき帳だった。うさぎとクマのファンシーなイラストが表紙に描かれている。


「なによこれは」

「家庭教師のアルバイトの愛用品。図で説明したいとき便利だよ。生徒のノートを汚すのは悪いからさ」


 ページの途中までは図形やら数式で埋められていて、ようやく白紙になったページに、遊が鉛筆を走らせる。



A 殺す(灰皿)

B 運ぶ

C 切り刻む(刃物?)


 

「犯人は鷹宮さんを灰皿で殴って殺した後、浴槽へ運び、上半身を切り刻んだ。これらを一連の動作ではなく、三つの行動に分けて考えてみるんだ。注目すべきはAとC」


 鉛筆の先で読み上げた文字を叩いて、


「Aの凶器は灰皿で、犯行後に指紋と血を拭きとるような隠蔽(いんぺい)工作をしている。

 ところが、だ。Cの凶器は刃物と思われるが、犯行を隠す意図はさらさらなく、むしろアピールしている印象さえある。全っ然違う! 性質的に真逆なんだよ」


 ひとりの人間が全てを行ったとすると、矛盾を感じるんだよな。

 繁村が同じようなことを主張していたっけ。頬杖をついた麗楽は首をかしげ、ぼんやりと思考をめぐらす。


『刃物は見つかったのかい?』


 そこへ鷹宮が遠慮げに尋ねてきた。小さくかぶりを振って答える。


「いいえ、まだ……。でも、家政婦の折笠さんが、台所の包丁が一本なくなっていると証言しています。おそらくその包丁が使われたのではないかと」

「台所かぁ。鷹宮さん、お宅の台所は浴室から近いですか」

『近くはない。どちらも本邸にはあるが、浴室は二階で台所は一階だ』

「別邸と離れは?」

『本邸と、それぞれ一階の渡り廊下で繋がっている』


 遊は次々と確認すると、そのまま黙り込んでしまった。

 静かにしていさえすれば、どこかの寺の跡取り息子が座禅を組んでいるように見えないこともない。

 そうだ、今のうちに――! 麗楽はもどかしげに社長幽霊を見上げた。


「あの、鷹宮さん。ご遺体の上半身が切りつけられていた件について、捜査本部で調べを進めていることがありまして」


 これぞ被害者が生きてさえいれば、捜査員たちが真っ先に確認したいことだった。麗楽は胸の高鳴りをおぼえながら話し出す。


「先ほど説明したとおり、鷹宮さんのご遺体は上半身を執拗に傷つけられていました。さらにいえば、傷口は上半身に描かれていた模様(、、)に集中していたんです。元の模様が判別できないくらいに。ゲストの皆さんに伺ったところ、旅行先のベトナムでタトゥーを彫ってきたそうですね」



『まさかオヤジがあんなことするなんて。驚きましたよ』


 泣きはらした瞼を伏せたまま、被害者のひとり息子、鷹宮寛は語り始めた。


『ええ、オヤジは旅行好きでした。国内外問わず。スケジュールに余裕ができたら、すぐに飛行機と宿の予約を取るみたいな感じで。気の向くまま滞在期間を延ばしたりしていたから、大谷さんを困らせていたんじゃないかな……。

 父は一代で会社を大きく成長させました。軌道に乗るまでは働き詰めで余裕はなかったし、おまけに母さんを亡くしてからはすっかり気落ちしてしまって……気丈に振る舞ってはいましたけどね。息子からみても偉大で、寂しい人でしたよ。オヤジにとって旅行は、日常の重圧から逃れるリフレッシュの機会だったんでしょう。

 いけない、タトゥーのことでしたね。

 ホーチミンのどこかのショップで彫ったとか。会社の忘年会で手品を披露したり、稚気(ちき)のある行動をする人ではあったけど、タトゥーなんてものを彫るとは。現地で知り合いになった日本人におだてられて、その気になってしまったのかな。妙にノリが良いところがありましたし』


 タトゥーはどんなデザインだったか? という捜査員の問いに、寛は、突き出た丸い腹を落ち着かない手つきで撫でた。


『それが、見せてくれなかったんですよ、オヤジの奴。息子の俺にもです。

 しかも、“宝のありか”を示している、なんて意味不明なことを……。結局何だったんでしょうねアレ』



「ベトナムでのあなたの行動を調査していますが、なにぶん海外なので彫り師の特定には時間がかかりそうです。どんなデザインを彫られたのか、教えていただけませんか。『宝のありかを示している』とは、どういう意味なのか?」

「た、宝のありか、だとーっ!?」


 ちゃっかり聞いていたらしい遊が、世にも恐ろしい勢いで喰いついてきた。ガラナの空瓶を振り回して雄叫びを上げる。


「タトゥーに宝のありかを彫るなんて、漫画か海外ドラマですかこれは! ロマンありすぎ!! やばっ! 絶対やばい!!」

「やばいやばい言うな! カメラを持ってくるな!!」


 麗楽は頭を抱えたくなる。ヤバい奴の好奇心を刺激してしまった。


「だって、ここで撮影しないとクリエイターとして失格でしょ!」

「それ以前に、あんた人間として失格寸前だから。ていうかカメラ仕舞え!」

「鷹宮さん。服をはだけて見せてください。さあっ!」 


 姉の忠告を無視して、興奮に息を荒くしビデオカメラをセットする弟。

 カモン! と最高にふざけた調子で促された鷹宮氏は戸惑ったようすながらも、ガウンにおずおずと手をかけた。妙な使命感を感じたらしい。


『…………脱げない』


 青白い手は、ガウンの襟を掴むことさえなく、すべるだけ。

 形状記憶みたいなものだろうか。幽霊社長のルックスは、ガウンの姿でフレックスしてしまったらしい。

 相当がっくりきたらしい遊は、ビデオカメラを構えたまま膝から崩れ落ちた。

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