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被害者さんが、落ちてくれない。   作者: 羽野ゆず
第1章 被害者さんが、落ちてくれない
6/20

5 不可解きわまる

* * *


「鷹宮邸に最初のゲスト、大谷三葉さんが訪れたのは午後七時頃でした。三十分後に剛力美和さんが、最後に鷹宮寛さんが現れたのは八時を少し回ってからだった。折笠文香さんは家事のため午後からずっと在宅していた」


 幾度となく捜査資料と睨めっこしたので、この辺りの経緯はすらすらと述べることができる。


「社長は先月ベトナム旅行に出かけられていたそうで、その場で皆さんにお土産を渡されたと」

「ベトナムかぁ。僕、ホーチミンの市場でローカルフードを堪能する旅を計画しててさ」

「遊。黙ってな」


 お喋りな弟の手の甲をつねってやると、暴力反対、と小声で抗議された。麗楽はしれっとした顔で進める。


「あなたとゲストたちは本邸のリビングで歓談し、午後十一時頃いったんお開きになった」

『寛が翌日に東京出張の予定があってね。いつもより早く引き上げることにしたんだ』


 鷹宮との『会話』が再成立し、ほっとする。

 一時はどうなることかと危ぶんだが、悲壮な面持ちは変わらぬものの落ち着いたようすで耳を傾けてくれている。


「解散後、ゲストたちはそれぞれ部屋に引き上げたと証言しています。折笠さんはキッチンで片付けと翌朝の下準備をした後、離れにある自室へと戻ったそうです」

「んんっ? 息子の寛さんはわかりますけど。大谷さんと剛力さんもお宅に泊まるのが普通だったんですか?」 


 遊は昔から、大抵の人は気にとめない、細かな事柄を気にするところがあった。

 

『スケジュールの都合上、週末の夜に集まることが多かったものでね。急用がなければ泊まってもらっていたよ。折笠さんも彼らの訪問を楽しみにしていたし』

「身内のような存在、ですもんね」


 あいまいに頷く社長。無理もない。彼はその身内のような誰かに殺された可能性が高いのだから。

 殺人事件の被害者本人に取り調べをする――こんな取調べは前代未聞だろう。どんなベテラン刑事でも未経験に違いない。

 鷹宮の証言をそのまま採用するのは難しいだろうが、ここまで付き合ったからには事件解決へ繋がる糸口を掴みたい。新米刑事の麗楽は決意を新たにしたのであった。


「一方、鷹宮さんは換気扇のメンテナンスを終えた作業員と入れ違いで脱衣所に入られた」

『ああ。ちなみに、ゲストには客室のバスルームを使ってもらっていたよ。風呂好きの剛力君は、私の浴室を使うこともあったがね』 


 鷹宮邸は、本邸、別邸、離れに分かれていて、うち別邸はゲストと息子のためだけに当てられている。別邸二階奥の一番大きな部屋を寛が、その三つ隣の部屋を剛力が、一階の一室を大谷女史が使うのが習慣になっていたという。

 部屋間の距離があるため、互いの物音などは特に聞こえなかった、と三人は揃って証言した。ただし彼らは親しい間柄のため、それぞれが不利になるような証言は避けているとも考えられる。普通ではない邸宅の広さ、容疑者たちの関係性。これらが捜査の進行を妨げる要因になっていた。


「そして、午前零時二十分過ぎ――浴槽で亡くなっている鷹宮さんを折笠さんが発見し、通報した」


 

『もう、ただただパニックでしたよ。緊急時に110番だか117番だかわからなくなる人がいるって聞くけど、まさかあたしがそうなるとはねぇ』


 初動捜査で発見時の状況を聞かれた折笠文香は、動揺しながらも、はきはきとした喋りで答えた。

 なぜそんな時間に浴室へ? と訊ねると、家政婦は待っていましたとばかりに、


『虫の知らせっていうんですかね。たまたま気づいたんですよ、布団に入る直前に。いつもだったら絶対に忘れたまま眠っていたと思うの。不思議だわ。

 何が(、、)って? 脱衣所の冷蔵庫にミネラルウォーターを補充しておくのを忘れていたの!

 旦那様が風呂上がりに水分補給するため常備しているんだけど、今日はたまたま切らしていたのよ。しかも換気扇のメンテをしてくれる業者さんが作業に入っていたから、そちらにも気を取られていて。

 眠る前に気づいたから、慌てて本邸のお風呂場に向かったんですよ。ミネラルウォーターのボトルを冷蔵庫に無事補充した後「お水ありますからね。おやすみなさい」って旦那様に声をかけました。

 でも返事がなくって……なんだか変な感じがしたのよ。空気の波動が乱れているっていうか。もう一度呼びかけながら浴室を覗いてみたら、旦那様が血だらけで檜風呂に!

 とても良い方だったのに……ああ、なんておいたわしい』



 死体発見の経緯を麗楽が説明すると、なんともいえない重い沈黙が落ちた。鷹宮氏は押し黙ったまま、市松敷きの琉球畳へなぞる様な視線を走らせている。


「んっ!? んん? あれ」


 ナッツをかみ砕いていた遊が突然奇声を発した。喉に詰まらせたのか。麗楽が背中を叩いてやると、違う違う、と手を振って、


「鷹宮さん、『脱衣所(、、、)で服を脱いで風呂に入ろうとしたとき意識がなくなった』と言ってたよね。で、凶器は脱衣所にあった灰皿――なのに死体が(、、、)発見された(、、、、、)のは(、、)浴槽(、、)の中ってどういうこと!? 殺害現場は浴室なの?」

「ううん」麗楽は即座に否定する。「凶器だけでなく、脱衣所の各所でも血痕が見つかって、殺害現場は脱衣所と断定された」

「脱衣所が殺害現場。じゃあ……鷹宮さんは(、、、、、、)殺された後(、、、、、)浴槽まで(、、、、)運ばれた(、、、、)ってこと?」


 実のところ、脱衣所から浴槽まで死体を引きずった痕跡も明らかになっている。

 被害者・鷹宮豪は小柄な初老男性とはいえ、死体を動かすのは重労働でリスクを伴う行為だ。脱衣所で殺した後、わざわざ浴槽まで運んだからには何かしらの目的があったと考えられるが……。


「それだけじゃない。犯人は遺体を湯に浸からせた後、上半身を刃物で執拗(しつよう)に傷つけた」

「うわ、グロっ!」


 遊が派手に顔をゆがませ、自分の体をかき抱くようにし縮み上がった。


「拷問じゃあるまいし! 犯人相当ヤバい奴だな。鷹宮さん痛くなかったですか? 死んでいたから平気? いやぁ、よかったですね。痛み付けられたのが事切れてからで!」


 気遣っているのか無神経なのかわからない物言いである。興奮してわめいている遊を黙らせ、麗楽はこめかみに指を当てた。



1、被害者を殺害後、浴槽まで運んだのはなぜか?

2、死体を傷つけたのはなぜか?

3、上記は同一人物によるものか? それとも、別々の人物によるものか?




 鷹宮豪殺人事件で、捜査員たちを悩ませているのは以上の不可解な三点であった。

挿絵(By みてみん)

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