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被害者さんが、落ちてくれない。   作者: 羽野ゆず
第1章 被害者さんが、落ちてくれない
3/20

2 憑かれる

 リビングに階段を設ける間取り。

 その最たる理由は、『子供が玄関から自分の部屋へ直に行かないように』というものらしい。

 つまり、子供がリビングを通ってコミュニケーションを取らないと不安になるとかグレそうだとか。親の子育てに対する思い込みの都合なわけだ。

 だがな、冷静になって考えてみろ。

 リビングに階段があるかないかで、子どもがグレるわけがない。独立階段の家の子は全員グレているのか? ええ?


 建物管理や不動産業などを手広く営む、金城コーポレーションの社長、金城剛三郎(ごうざぶろう)の持論である。


 娘の麗楽に言わせると、どこに階段があろうと関係ない。

 地下一階地上三階建て、玄関ホールに階段がある家だって、子供が帰ってきたらすぐに気づくのだから。

 学校から帰った麗楽が真っすぐ自室へ上がろうとすると――どうしても親と顔を合わせたくない日はある――、リビングやテラスなど必ずどこからか母が顔を出し、「おかえり」と声をかけてきた。

 不思議だったのは、家が無人のとき帰宅しても、外出中の母から「おかえり」の電話やメールが届くことである。


『ママは魔法使いなの?』


 当時は無邪気にそう疑ったりもしたが、真相はとても味気ない。

 帰宅した麗楽が防犯セキュリティのシステムを解除し在宅モードになると、母の携帯電話に通知がいく仕組みになっていたのだ。大学卒業までは、外出時にGPS機能等を搭載した防犯専用端末を持たされた。

 愛情をこめて育ててくれた自覚はあるし、安全を気にかけてくれるのはありがたい。

 けれど、さすがに過保護ではないか。年頃になるにつれて、窮屈さを感じるようになったのも事実で……

  

「麗楽ちゃん。おかえり」


 ほらね。

 バスルームの扉から、ひょこり顔を出したのは、母の十和子(とわこ)。肌のお手入れ中だったらしく、白いフェイスマスクを付けている。


「なんだか顔を合わすの自体、久しぶりじゃない?」

「うちの署に捜査本部が置かれたからね。しばらくは忙しいよ」

「『鷹宮ホームズ』の社長さんが亡くなられた事件でしょ。お父さん、仕事でお付き合いあったみたい。任意同行されたりしないかな」

「仕事上の関係者なんて、何人いると思ってるの。事件に関わりがなければ大丈夫よ」


 呆れつつも説明するが、母はどこか浮かない表情だ。

 パパ、何か悪いことでもしてるんだろうか?

 警察官採用試験を受けるときも妙に反対されたし……。悶々と考えていると、十和子はマスクの下で笑みを作り、


「ご飯食べる?」

「ううん。シャワー浴びて着替えを取ったら、すぐ出る」

「忙しいわねぇ。体に気をつけなさいよ」

「ごめんね……ありがとう。ママ」


 麗楽の部屋は二階にある。

 吹き抜けになったホールの窓から遠方のビル群が見える。窓を開けると、桜の香りが漂ってきた。甘い香りの夜風をあびながら、しばし麗楽はぼおっとする。

 この家はあまり好きじゃないが、高台に建っていて眺望(ちょうぼう)が良いのは気に入っていた。

 リズミカルに踏板をのぼって、自室でシャワーを浴び、とりあえず三泊分の着替えを鞄に詰める。そのまま階下へ降りようとしたが、気まぐれで三階を覗いてみた。


 琉球(りゅうきゅう)畳が敷き詰められている以外、目立つ家具は何もない、素っ気ない空間が広がっている。

 金城(ゆとり)は横になっていた。

 恐れ多くも釈迦(しゃか)涅槃(ねはん)と同じ体勢で。 

 テレビなどの音響設備も一切点いておらず、無音。そもそもこのリビングにはテレビがない。幅六メートルの大窓から一望できる街並みだけが特徴といえよう。ブラインドは上げたままで、LED街路灯に照らされた桜並木が闇に映えている。


「ウララ? 仕事終わったの?」


 ねぼけたような声である。いや、実際に寝ていたのだろう。

 双子の弟は首だけをこちらに向けた。

 三階は彼専用に与えられたフロアである。キッチンやバストイレはもちろん、生活するのに十分な設備が整っていて、遊が結婚して家庭を持っても十分に暮らしていける。

 この余分な贅沢さは、(ここ)から出ていくな、と暗に強制されているようで、麗楽はうすら寒さを感じてしまうのだった。

 だから警察官になって家を出たのに、転勤で戻ってくるはめになるとは……。一人暮らしをしようとした麗楽に、父があらゆる権力を使って妨害してきたのだがこれはまた別の話。


「ううん。すぐ出なきゃ」


 なんとなくイライラしながら、麗楽は答える。

 二卵性双生児なので、顔はあまり似ていないが、性格はもっと似ていない。というか真逆。

 せっかちな麗楽にのんびり屋の遊。反抗期が襲来して久しい麗楽に対し、両親の庇護をぬくぬくと受けてきた遊。

 そうじゃなきゃ大学院にまで行かせてもらった後、好んでフリーターにならない。週に三日ほど、父の会社の清掃業や管理業、家庭教師業をしているが、それ以外の日は趣味の家庭菜園や料理を嗜み、その様を撮影して動画サイトに投稿している。

 二十七歳にして、ご隠居のような暮らしぶりだ。いくら跡取り息子だからって自由すぎる! 

 

「資産家殺人事件。区内で殺人が起こったなんて物騒だなぁ。早く解決してね、刑事さん」

「……あんたねぇ」


 悪びれなく、へらりと笑っている弟。だめだ。付き合っていられない。

 容疑者も限定されており、事件は早急に解決すると思われていた。しかし……。

 麗楽は眉間をもむ。こんなところでモタモタしている場合じゃないのだ。早く捜査本部に戻らないと。


「じゃあ」

「あ、ちょっと待って」


 遊に止められた。道端のお地蔵さんのような顔が奇妙に引きつっている。


「なに?」


 呼び止められた麗楽は不機嫌を隠さない。つい声が大きくなる。が――


折笠(おりかさ)さん。折笠文香(ふみか)さん」


 ぼそっと告げられた個人名に、耳を疑った。


「折笠さんは犯人じゃない。事件とは無関係だ」

「あんた……どうして、その名前を」


 折笠文香。

 被害者・鷹宮豪に雇われていた家政婦。遺体の第一発見者だが、氏名までは報道されていないはず。遊が知る術はないはずだが。


そこの(、、、)ダンディな(、、、、、)おじさま(、、、、)が教えてくれたよ」


 麗楽の右斜め後ろを、遊が指した。

 ――ダンディなおじさま?

 ぞぞっと。背後におぞましい気配が走り、同時にデジャブを感じた。鼓動が高まる。


 人を指さしてはならない。当たり前のマナーである。

 でも、それが、人ならざる(、、、、、)もの(、、)だった場合、どうなのか?

 

 振り向いてはならない、と本能が告げている。

 しかし、人は大抵その誘惑に勝てない。


「ぎゃっ!」


 おそるおそる振り向いた目線の先に、ガウン姿のダンディなおじさまが佇んでいた。

 尻もちをつくと、持っていた鞄が床に落ち、無機質な音を立てた。


「あ、う……あぁ……うう」

「大丈夫?」

「大丈夫なわけないでしょ!」


 たいして心配していないっぽい身内の声かけに、つい怒鳴ってしまう。

 見知らぬ他人が特別な理由もなく自宅にいたら、住居侵入罪が成立するところだけれど。


「あ、あなた、だれ……?」


 問いかけながらも、予感があった。

 おじさまは麗楽を注視しながらも沈黙のまま琉球畳を見下ろしている。その悲壮な面持ちに覚えがあった。

 初めて現場で見かけたときは、ご遺体の人相とあまりに異なっていたので、さすがにピンとこなかったけど、捜査本部で被害者の生前の写真を眺めているうちに気づいたのだ。


 あの幽霊(、、)は、鷹宮豪に至極似ていた、と。


 人は髪型や服装などで変装しても、整形手術をしない限り、目は変わらない。切れ長の野生めいた鋭い双眸。

 今、間接照明だけの薄暗い部屋でやけに鮮明に浮き上がっているのは間違いなく……


「鷹宮さんですか?」


 自分の言葉に寒気がした。

 麗楽は決して信心深いほうではない。

 でも、目の前にいるのは鷹宮豪で、生きてはいない。死んでいる(、、、、、)。何故だかそれは確信できた。頭で理解するより、強制的に納得させられている感じだ。

『もしかすると、仏さんが見えてるのか?』――シゲさんがうそぶいていたことが本当になってしまった。


「びっくりしたなぁ」


 たいして驚いていない様子で、遊がぼやく。


「麗楽も見えて(、、、)いるんだよね? 双子で見えちゃうってことは、体質的なものかな。お祖母ちゃん姉妹がそうだったっていうし」

「なぁにそれ。遊は今までも、こういうことがあったわけ……?」


 信じられない気持ちで尋ねるが、弟はあっけらかんとして、


「僕だって見えるようになったのは最近のことだよ。ビル清掃のとき、廊下の隅に突っ立ってる顔色の悪いオバサンと目が合ったり。銭湯の掃除していたら、開店前だってのに露天風呂につかってる爺さんが見えたりね。誰に訴えても『そんな人いない』って笑われるし。もしやユーレイ?と疑ってはいたけど」

「どうしてそんな平気でいられるの!?」

「別に、被害を受けているわけでもないし。見える世界が広がっただけ。人生のスパイスが増えた的な?」


 麗楽は呆れるしかなかった。変な奴、とは思っていたが、ここまで変わっていたとは。


「除霊しないと。ママの知り合いに高名な霊能者がいたはず」

「ちょっと落ち着きなよ」

「だって幽霊に憑かれちゃったんだよ!? これが落ち着いていられる!?」

「麗楽。君は刑事だろ」


 君は刑事だろ。

 冷たく放たれた台詞に、麗楽は愕然とした。


「この人、麗楽が担当している事件の被害者でしょ? 家まで憑いてきたってことは、よっぽど伝えたいことがあるんだよ。話も聞かずに除霊しようとするなんて、プロのやることじゃない」

「なっ!?」


 何を言ってくれるんだ、この弟は。

 毎日ろくに働きもせず、隠居の身分のくせに!

 めちゃくちゃな状況でプライドを逆撫でされた現役刑事は涙まじりに叫ぶ。

 

「じゃあ、どうしろっていうのよ!?」

「聞けばいいじゃん」

「なにを」

「犯人」


 え?

 ぽかりと口を開けたまま、麗楽は硬直してしまった。

 被害者に犯人を尋ねる――?


「だって、殺された無念を晴らすために憑いてきてくれたんでしょ。ねえ?」


 麗楽は繁村の取調べに同行した経験がある。

『被疑者だって人生がかかってるからな。そりゃ簡単には落ちんさ』

 脳裏に、被疑者を必死に説得するシゲさんの姿がよぎった。

 死んだ被害者に直接尋ねて、犯人にたどり着いてしまうなんて……そんなのアリ?

 固まったままの姉を差し置き、遊は、無表情のまま立ちすくむ鷹宮氏と対峙した。


「さあ、教えてください。あなたを殺した人間の名前を!」


 霊能力というのものが本当に存在するとしたら、麗楽と遊には差があるらしい。麗楽には鷹宮氏の『声』が聞こえないから。


 まだ五月の初めなのに、じめっとした空気が肌にからみついてくる。麗楽は無意識にセミロングの髪を撫でつけていた。嫌な沈黙が続く。

 しばらくして、遊が「え?」と戸惑ったように呻いた。


「なに? なんだって?」


 急かすと、遊は半身だけこちらを向き、弱ったようにへらりと笑った。


「えっとね――鷹宮さん、犯人『教えたくない』って」

今回はちょっと長めでした。お付き合いいただいた皆様ありがとうございます。更新頻度は週1、2で、ゆっくり進みます。よろしくお願いします。

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