雨の巫女
これは、私の物語なんだけどね。
本当に、あったことなんだって。
今も、そうなの。
ちょっと、すごいよ?
聞いてって!
あのね。
私、高校がね、山奥だったの。
毎日、自転車で一時間半。
山を二つ越えて、山のてっぺんの高校に通ってたの。
私足腰が強いのはね、三年間通ったからだって、思ってるんだ!
でね、そんなふうに通ってたある日、私、怪我しちゃってね。
足の骨、折れちゃったの。
松葉杖で、二ヶ月過ごすことになっちゃって!
確かアレは、六月の終わり。
毎日通わないといけないでしょ?
梅雨の時期でね、本当に大変だったの!!!
毎日ビニールギプスに巻いて。
松葉杖もビニールに巻いて。
カッパ着て、ギプスで自転車に乗って山越えて。
親は送り迎えなんてしてくれないからさ、自分でがんばるしかなかったの。
でね。
ある日、プールの授業があって。
私、ギプスだし、入れないからさ。
教室で待っていたかったんだけどね。
見学しないと体育の授業じゃないだろうって言われてね。
プールに、向かったんだよね。
クラスのみんなは先にプールサイドに行ってたんだ。
急いで着替えに行かないと、授業に間に合わなくなるからね。
ああ、うちの高校はね、プールが校舎から離れたところにあったんだ。
私は、一人で、松葉杖をつきながら、ひょこひょこ歩いて行ったんだけど。
運動場も広くてね、行くのに5分くらいかかる距離。
三年生だったから、三階から、一階まで降りて、校舎から出て。
運動場に一歩出たあたりで、雨がポツリ、ポツリと降り出して。
運動場の真ん中につくころにはね、土砂降りだったの。
バケツをひっくり返したようなってよく言うでしょ。
ホントそれ。
でね、私、戻ることも、プールに行くことも選べたんだけどね。
プールに向かったわけよ。
先生怖いしさ。
そしたらみんな、びっくりしてるの。
私、全身びったびたでさ。
みんな、あわてて、プール用のタオルで拭いてくれるんだけどね、間に合わないの。
雨のせいでさ、ギプスが溶けちゃったんだよね。
まだ骨くっついてなくてね、めっちゃ痛くて。
だんだん腫れてきちゃって、保健室から救急車で病院にいったんだよね。
救急車の中から、外見たらね。
あんなにものすごかった豪雨が止んでて。
ド田舎の広い広い青い空に、くっきり虹が、架かってたの!!
私、こんなに綺麗な虹、はじめて見たって、感動してたんだ。
病院でギプス新しく作り直してもらって、家に寄って。
すっかり晴れ渡った空の下で、また学校に戻って行って。
ああ、もちろん着替えたよ?
制服は着られないから、学校に電話して、ジャージで再登校、させてもらったの。
学校につくころには、虹は消えてたんだけどね。
それ以来ね、なんか私、雨に降られない人になったみたい。
一生分の雨、かぶっちゃったからかな?
雨の神様が、私に気を使ってるのかも!
ちょっとすごくない?
晴れ男、晴れ女っているでしょう。
私の場合、晴れるってワケじゃないけど、雨が、絶対降らないの。
雨の巫女、みたいな感じ?
ふふ!ちょっと図々しいか!
たった一度のことなのに、30年たった今でも、雨は、私を気遣ってるみたい。
あの虹をみて、私は感動したんだから、気にしなくてもいいのにね。
でもね、本当に、傘使ったことないんだよ!
私が家の中にいるときとか、学校にいるときは、すごく降るのに、外に出ると雨が止むの。
だからね!
明日のマラソン大会も、絶対雨降らないはず!!
だって私エントリーしてるもん!
楽しみだね!一緒にゴール、しようね!
「うそつき・・・!!」
わたしの目の前は、土砂降り。
友達の言うこと真に受けて、はりきって会場入りしたというのに。
この土砂降りの中を、走れと・・・?
しかも、友達はまだ来ない。
あ、電話かかってきた。
「ごめーん!なんか今朝盲腸になっちゃって!!
はい?
「さっき手術して、急いで電話したけど、遅くなっちゃった、ゴメンネ!」
「ほんとうかよっ!!」
この土砂降りの中。
わたしも30分走り続けたのなら。
雨の巫女に、なれるかも?
ちょっぴり期待してアップを始めると。
「ご参加者の皆様に、競技中止のお知らせをいたします」
ああ、わたしは、雨の巫女には、なれそうに、ない。