導く者たち3
――戦いの後は、武器を拾い集めた。
自分の武器を回収した後は、倒した相手の死体をまさぐる。
髭面の男の得物は「金製の長剣」だった。
ぜひ持って帰りたいと思ったが、大きく目立つし……何より重い。
――この男。
こんなものを扱うなど、やはり相当な使い手……勝てたのは奇跡と言うべきだろう。
――さて、どうするか?
このカストロ領へ入る時は街の防壁にある門を通ったが、今度はもう通れない……
罪人として、捕まる可能性がある。
「山を越えるしかないか……」
そう考えて街へは戻らず山の中を通り、この地を後にすることにした。
リリスを連れての山越え……それは、厳しいものになると思われた。
だが、この土地は魔術エネルギーに侵されておらず、動物も、綺麗な川も残っていた。
――予想よりずっと楽な道。
世界で最も豊かといわれる英雄の領地セントール領、そして、このカストロ領。
それらに囲まれたこの土地は、これから帰る土地と比べて、なんと恵まれていることか。
感謝と妬みを入り混ぜて山の恵みを頂く。
味気ない獣肉に、マントと焚火だけの野宿……そんな旅路に幼い少女は、文句も言わずについてきてくれる。
――ラナと出会った頃を思い出した。
「飴があるの。ゼノさんも食べる?」
五日も寝食を共にしたリリスは、すっかり俺に懐いてくれた。
「良いのを持っているね。いただこう。」
俺は樹液の飴を口にしながら、リリスと肩を寄せ合い、小さな焚き火を見る。
――静かな夜。
それは、安らぎの時間だった。
口の中の甘さ、肩にある……人の温もり。
疲れていた俺は久しぶりに、深い眠りに落ちたのだ…………
この温もりは、いつのものだったか……
――破壊された村。
死体と瓦礫の積み上がった中で、食い物でも残っていないかと、俺は物色をしていた。
俺が七つの時に神と人は魔神に敗れ、世界は滅びを迎えるはずだった……
だが、神を滅ぼした魔神は、自らも大きな傷を負い、今は眠っているらしい。
その魔神が眠る場所に近い土地ほど、魔獣や「魔徒」が溢れ、荒廃が進んでいた。
――時間が伸びただけなのだ。
魔神に対することのできる神は、この世界から失われた。
世界は、魔術エネルギーを宿した暗い雲に覆われて……段々と、着々と、滅びに向かっている。
もう、どうしようもない世界で人は、自分を守るだけに必死になっていた。
俺が生きてきた場所は、魔神の眠る地に近く、終わりを向かえるのが早かった。
国や貴族の治安も立ち行かず、強奪も、革命と言う虐殺も、繰り返し起きていた。
だが、国も貴族も、革命軍も盗賊も、食料を奪いに農村を襲うのは同じだった。
――小さな農家の物置の中。
見つけたのは、赤い髪の少女だった。
見つけた時、彼女は泣くことも無く、その青い瞳で、俺を真っ直ぐに見つめていた。
――意志を宿した真っ直ぐな瞳――
数十頭の馬の足音が聞こえてくる。
盗賊団の襲来……俺は少女を抱いて、一緒に物置に隠れた。
男達の声。男たちや馬たちの足音……
それらが消えるまでずっと……少女を抱き、暗闇の中に身を潜め、じっと隠れてやり過ごしたのだ。
――それからは二人で旅をした。
獣の群れからは隠れて、出会う者は全て殺して――「人」のいる場所を、探し続けた。
そしてある街で、俺たちは保護される。
ボロボロな俺と「ラナ」を見て、そこの領主――初老の男は言ったのだ。
「ああ、可哀想な娘だ! お前は、この娘を守っていたつもりか? この子をこんなにボロボロにして!
――この娘は俺が預かろう。
俺なら金もあるし、力もある。この娘を幸せにできる――お前には、できない。」
そう言って、痩せた男はシワだらけの好色な顔を、少女に擦り付ける。
少女は何も言わず、その青い瞳で俺を見ていた…………
ラナを連れて、領主たちが立ち去った後……一人残された俺に、闇をフードのように纏った男が話しかけてくる。
「――もう時間が無い。魔神の復活はあと少しだ。」
――青白い顔で感情無く話す、魔徒。
俺はその魔徒の肩に手を置いて、神術の雷を放ち……葬った。
『魔徒』
魔獣は魔術エネルギーに呑まれた、動物や神獣が転じてしまった姿だ。
それは人とて例外ではなく、魔徒と呼ばれる動く死体になってしまう。
魔徒は、魔獣よりもタチが悪い。
街や迷宮へと入り込み、その魔術エネルギーで侵していって、人を魔徒に、獣を魔獣に変えてゆく。
――魔神はこうして世界を滅ぼすのだ。
気づけば、街は魔獣や魔徒で溢れ返り、混乱の中にあった。
「神具を奪え……神具の所持者を殺せ……」
魔徒たちは俺にそう呟いて、ラナが連れていかれた領主の屋敷へと向かっていく。
――俺もまた、同じ方向へと向かった。
何もかもが焼ける臭い。人の悲鳴と、獣の咆哮……
俺が着いた頃には屋敷にも、魔獣や魔徒が溢れていて、地獄と呼べる光景になっていた。
その屋敷の裏口に、俺は見つける。
初老の男。荷物を持った数人の側近と、美女たち――そして、少女の姿を……
彼らもまた、魔獣の群れに囲まれていた。
「カルロ様、助けてください!」
「カルロ様!」
――魔獣たちを倒す初老の男。
神具を手にし、神術エネルギーを纏う領主の男は、強く、誰もが彼に助けを求める。
だけど、誰をも守ることは、誰にだって難しい。
「俺の屋敷が! 俺の街が!
――なぜ、こうなったのだ!?」
理不尽な襲撃に、初老の男は叫びつつ、魔獣たちを打ち払ってゆく。
男が、女が、一人、また一人……
人々が魔獣に喰われ、初老の男は荷物一つと、少女の手を握って走ってゆく。
「クソ! 俺の金が! 俺の女が!」
そしてついには、少女を魔獣に投げ出して、隙を作り、荷物片手に走り去った。
赤い髪の少女と、角の生えた熊。
俺は少女と魔獣の間に入り、少女を抱きしめる――魔獣の爪が背中をえぐり、その衝撃が、人を守ることの難しさを伝えた。
――俺は走った!
魔獣から……この地獄から逃れるために、俺はラナを抱え、走って逃げたのだ。
そんな俺の横を魔徒たちが並走し、――そして呟く。
「神具を奪え……神具の所持者を殺せ……」
それは魔神の言葉か? 神の言葉か?
その声に従い、俺は魔黒竜の牙を抜いて、前を走る初老の男へと突進した。
「な! 神具の壁を!? バカな!?」
少女を抱えたまま俺は、迎え撃とうとした男の腹を突き刺す。
荷物を抱えたまま男は、眼中にも無かった俺の攻撃に、致命傷を与えられたのだ。
「お前、何を……」
息切れする、初老の男。
俺は少女を離して、片手でナイフを持ち、それを男の首に突き立てる。
「奪うのか! 何もないお前が努力もせずに、俺の掴んだものを奪うのか!」
男は命乞いをせず、俺の……この殺人の不当性を叫ぶ。
「――悪いな。魔神が復活すれば、世界中がこうなってしまう……『いつか』の可能性を上げるために、譲ってもらうよ。」
俺は詫びながらナイフを男の首へと、ジリジリと刺し込んでいく。
「や、止めろ! お前は間違っている!
確かに昔よりも迷宮は険しく、神具も持ち去られた……だけど、可能性はゼロじゃない!
俺から奪わなくても、迷宮で力を得て、カネを稼いで、金の武器を集めれば、魔神と戦えるじゃないか!?
もっと、真っ当な努力をするべきだ!」
――男の叫び。
それは試練を越え、富と名声を得て、家族と幸福を築いてきた、立派な男の言葉だ。
だけど、この世界で正しさは意味をなさない。
「あんたの言うことは間違っていないさ……
だけど、勝ち筋が小さく塞がれたなら、別の道を選ぶのも間違いじゃないだろう?」
そう答えて俺は、男の首にナイフを刺した。
血飛沫が飛び、男は目を見開いて、そのまま絶命する。――その目は憎しみを宿して、俺の方を、ずっと見ていた……
手を伝って、血液の温度が流れ込む。温もりが、肩に伝わり重さに変わる。
――俺は、その温度に震えていた。
だが、また別の温もりを感じていた。
赤い髪の少女がその小さな手で、俺の血塗られた手を握っていたのだ……
その青い瞳で、ジッと見つめながら……
――意志を宿した真っ直ぐな瞳――
この温もりは、いつの……?
「――ゼノさん!」
――少女の声に目を覚ました。
リリスが緑の瞳で俺を見て、その小さな手で、俺の手を握って引っ張っていた。
「ゼノさん、朝だよ。」
「……ああ、おはようリリス。
起こしてくれて、ありがとう。」
目覚めた目の中に、リリスの髪の金色が入ってくる。
暗い雲に覆われた今の時代に、朝日を拝むことは無い……
だけど……
その金色を見た俺は久しぶりに、朝日を見たような気になっていた。




