導く者たち2
ギルドを出た俺たちの後を、静かに、二人の男が追ってくる。
――国の偵察か? 貴族の偵察か?
俺が再び迷宮に潜る時、奴らは追って来なかった……
ならば、アジールたちとは無関係の、国の偵察なのだろうか?
もしコンタクトを取ってくるなら、貴族の……あのアジールの関係者だろう。
――リリスのことを聞いてくるはずだ。
『偵察』
冒険者は国にも貴族にも縛られない。それなのに武力を持った、危険な存在だ。
集まれば、軍隊に匹敵する戦力にもなりえる。
だから、組めるパーティーの数を法で定めているし、外部でそれ以上の集合体を作ることも禁じられている。
そして、それらが行われていないか監視するために、国や貴族は、ギルドに偵察と呼ばれる監視役を紛れ込ませるのだ。
外は暗い雲に覆われているが、黄色い光が差していた。
――唯一太陽が拝める、夕刻の空。
俺はその黄色い景色の中を、リリスを連れて、ゆっくりと歩いてゆく。
そして街はずれ……荒れた畑が広がる、人の無い場所まで歩いてきた。
「――おい、あんた!」
聞き覚えのある男の声に呼び止められた。
振り向くと、髭面の男が十歩ほど離れた位置から俺たちを見ていた。
「その娘はどうした?」
そう尋ねてくる、あの時の男。――これで、アジールの関係者は確定だ。
男の目を見てジリジリと退がりながら、俺は相手の戦力を分析する。――リリスはしがみついて、俺の動きに合わせてくれた。
――質問には、正直に答えてみせる。
「迷宮に二度目に潜った時、瀕死のアジールさん……この子の主人を見つけたんだ。
それで、この子を頼むと預かった。」
「アジール様はどうした?」
「悪いが助けられなかった。もうポーションで回復を期待できる状態じゃあ無かったんだ。」
「そうか……お亡くなりになられたか。」
――髭の男のさらに後ろ。
家屋に隠れた若い男はなんとかなる……
隠れているのに自分の神術エネルギーも隠せていない、未熟な相手だ。
――だが、この男は強敵!
俺より少し年上だろう……それでいて、白い神術エネルギーではなく、黒い魔術エネルギーを放っている。
――俺は一つ聞いてみた。
「なあ、あんたは何階まで攻略したんだ?」
「ん? 五十五階だ。」
「一人でかい?」
「ああ。」
「――ひゅぅ♪」
――思わず、口笛を吹いてしまう。
この男は、バケモノだ!
魔獣が闊歩する迷宮を、魔術を選択して単独で五十五階……戦っていい相手じゃない!
俺は慎重に、髭の男に質問をする。
「なあ、俺はこの子を連れ帰る予定だ。どうしたら、見逃してもらえる?」
「その娘は構わんが、俺が興味があるのはあんただよ。――何を企んで、ここに来た?」
少しずつ退がっているつもりだが、徐々に増す相手のプレッシャーに、むしろ、その距離を縮められているように感じていた。
「企む? 俺は冒険者としてここに来ただけさ。普通だろ?」
そう答え終わる前に、髭面の男は剣を抜いて戦闘態勢に入る!
俺はリリスを置いて、男へと突進!
ナイフを抜きながら走る俺に、男の一太刀が襲いかかる!
俺はその剣撃をかわして飛んで――男の左目へとナイフを突き立てた。
――男の片目を奪うのに成功!
ナイフは刺したまま手を離し、相手の頭に左手を置いて、それを支点にジャンプする。
髭の男の背後をとっても振り返らず――そのまま、家屋に隠れた、もう一人の若い男へと走って行く。
「――ひっ!」
俺の急襲に、若い男は引きつった悲鳴を上げ、戦闘に入ろうとする――だが、遅い!
俺は腰にかけていた魔黒竜の牙を握り、若い男に体をかがめて突進した!
そして、魔黒竜の牙を若い男の腹に刺す。
腹からあばらを避けて心臓に刺さるように、――力一杯に突き上げる!
右腕に人間一人分の体重が載り……上から血が降り注いでくる。
若い男は俺の突進の勢いに体を宙に浮かし、口から血反吐を吐いて絶命したのだ……
――背後で、男の声がした。
「やるねえ。とんだネズミだ。
どこの名のあるテロリストだい?」
振り向けば、左目を潰された髭面の男が、リリスを人質に取って立っていた。
「あんたに人質が役に立つかわからんが、一応な……武器を置いてこっちに来るなら、解放しよう。」
そんな男の要求に、俺は素直に従う。
魔黒竜の牙をその場に捨てて、右の腰に刺していた小さなナイフも投げ捨てた。
両手を上げてゆっくりと、男とリリスに向かって歩いてゆく……
リリスは怯えや不安を見せず、ただ真っ直ぐに……緑の瞳でこちらを見つめている。
――意志を宿した真っ直ぐな瞳――
近づく俺に、親しげに男は言った。
「意外だな……あんたは正義の味方で、俺は悪党ってところかい?」
微笑み、軽口を並べる男に、俺も笑みを浮かべて言葉を返す。
「そういうわけでも無いが、俺たちの世代ならわかるだろう? 自分より下の世代を守りたいって、そんな気持ちがさ。」
「――まあな!」
男はそう返事をしながら、脅しに使っていた剣をリリスから離して振りかぶった!
男の射程圏内に入った俺に、強烈な一撃が落とされる――肩に、凄まじい衝撃が走る!
――その瞬間だ。
雷撃の発生――リリスが全力の雷を、全身から放つ!
――その雷に、男の動きが停止する。
俺は左肩から心臓にかけて、剣撃を浴びていた……
だが、そのチャンスにかろうじて、感覚のある右手でカバンから金の小刀を抜き出し、男の喉笛へと突き立てる!
――俺は叫んだ!
「ぐ、らああああああああああああ!」
叫びながら、ありったけの神術エネルギーを雷に変えて、男の喉に叩き込む。
神術エネルギー。血液。全身の力。
力を込めるほどに自分から、それらが抜けていくのを感じていた…………
――全てを使い果たした時。
男はすでに死んでいて、膝を崩してそのまま倒れ込んだ。
彼の喉に刺した小刀を支えに立っていただけの俺も、男の崩落と共に倒れ込む……
「――ゼノさん!」
リリスが泣きながら、呼んでくれた。
「初めて……呼んでくれたね。
よろしく……、リリス。」
「ゼノさん、死なないで!」
泣き顔の――リリスの顔がボヤけてくる。
……意識が、朦朧として定まらない。
「いや! ゼノさん! ゼノさん!」
――このリリスの慌てぶり。
俺はどうやら、相当やばい状態らしい……
動く右手でなんとかカバンに手をやって、型違いの小瓶を探す。――そして、緑色の液体の入った小瓶を取り出した。
その小瓶の蓋を口で開け、俺はニヤリと、リリスに微笑みかけたのだ。
「ゼ、ゼノさん……!」
それを見て、少女の顔が笑顔になる。
久しぶりに見せてくれたその笑顔は、とても可愛いものだった。




