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氷河期ダンジョン  作者: 賽子ちい華
第二部 ――覆った世界――
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宣言1


 揺れる視界の中に、女が見えた。


 ――あの時の幽霊だ。


 彼女は悲しそうな顔で、エドの隣に立っている……その白い髪に白い服は、どことなくエドに似ていて、死んだ血縁では?と感じられた。



「――エド、おまえは幽霊を信じるか?」


「いきなりどうしたんだい、ゼノ?」



 エドを怖がらせようと思ったが、人差し指で黙って欲しいと、女がジェスチャーをする。



「だいぶ酔ったみたいで、幻が見え出した。」


「ふふ、葡萄酒を気に入ってくれて嬉しいよ。

 高い酒だけど、頼んだ甲斐がある……」



 ――俺は女に従い、話題を変えた。


 エドの顔は真っ赤で、酒が回っているらしく、話はズレていて、うまくごまかせた。


 女は嬉しそうに俺に礼をして、見えていないエドには寂しげな笑みを浮かべて、ふわっと、どこかへと消えていった……





「――ゼノ、今度はおまえの話をしろよ。

 おまえは、どんな風に生きてきたんだ?」


 ――対面に座るクリフが尋ねてきた。


 話そうと思うが、酔った頭では、どこから語ればいいのか……わからない。



「俺は、レナ村の出身で……」


「レナ村って、おまえ!?

 いったいどうやって生き延びたんだよ……」


「レナ村! 君はあの滅びの地の出なのか!?」


「おめぇ、東の地の出身かよ!?

 どうりで強えぇわけだぜ!!」



 出身を話しただけで、三人は大げさに話を拾ってくれる……それから話が続くように、質問をしてくれるのだ。



「レナ村は全滅したと聞いたが?」


「――ああ。俺以外はみんな命を落とすか……魔徒になってしまたっよ。」


「どうやってここまで来た!?

 ここまで、全て滅ぼされた土地だろう?」


「必死だったよ……。逃げて、逃げて、殺して……今日まで生きるのがやっとだった。」


「おまえ、だから世界を救おうと……」


「世界を救う? 俺はただ、子供たちに未来を残したいだけさ。」


「子供たちって?」


「今はさ、孤児院みたいなのをやっているんだ。いろんな人に助けられて……。

 あと、教会に協力してもらって、難病の子たちを集めたりしてる。」


「ゼノ、それは、『石になる子供』たちだね。

 バティスタの教会に行けば、あの難病を治せると噂がある……セントールがその保護をしたいと、国に願いを届けてきたよ。」


「そうなんだ、エド!

 セントールの人たちにも助けてもらっている。だから、おまえの出来る範囲でいい。その許可が降りるよう国に働きかけてくれないか?」



 ――酔いが少し醒めた。


 流れで教会の話が出たので、俺はエドに頼みを伝える。


 エドは優しい顔で、返事をしてくれた。



「大丈夫だよ、ゼノ。セントールの申し出には、すでに了承を出している。

 逆にお願いがあるんだけど、石になる子供は世界各地で見つかっていてね。その子たちをバティスタの教会に送っても大丈夫だろうか?」


「ああ、もちろん! 連れてきてくれ。

 ――なるべく多くを、救いたいんだ。」


「それは助かるよ。

 じゃあ、安全にその子たちがバティスタに向かえるよう、国とセントールで手助けするように手配するよ。」


「ありがとう、エド!」



 ――酒の席の話からの思わぬ収穫。


 エドはセントールに対しての了承どころか、それ以上の協力を申し出てくれた。


 経営には付き合いが大事と、ガムはよく呑み会に出ていたが、こういうことがあるからなのだろうか……?





「――しかしよう、エド。

 セントールは国を裏切ったって聞いてるぜ。」


 話に合わせて、ジョセフがエドに……



「セントールが徴兵に応じなかったって話かい?」


「そうそう。国は各地から兵力を集めているらしいが、セントールには断られたと聞いてるぜ。」



 このタイミングで国の情報を得ようとは、顔は赤いが、ジョセフは酔っていないのか?



「なかなか革命軍も情報を得ているね。」


「そうだろう。もうすぐ準備は整う……国が戦力揃える前に、俺たちは動く!

 ――もうすぐ覆すぜ……世界を!」



 ――と思ったが、違うようだ。


 ジョセフもかなり酔っている……二人は口が軽くなり過ぎて、国と革命軍――敵同士の間で、情報のバラし合いを始めた。



「覆すね……ジョセフ、君は世界を覆す条件は、なんだと思っているんだい?」


「そりゃあ、多数を取ることさ! 人の数を、神具の数を、半分も取れば世界は覆る!」


「ふむ。それで、覆すのなら、人なり神具なり、半分は手に入れたのかい?」


「嘘か本当かは知らないが、神具の半分は国が動かせる範疇には無いと、そんな情報を持って小さな革命集団が俺たちに近づいてきた。」


「言ってくれる……それは本当のことだよ。」


「へへ、マジかよエド。なら、もう俺たちの勝ちだぜ。人の数ならば、我が多数派(ボルシェビキ)はすでに最大の集団だ!」



 ジョセフは自信ありと勝利宣言……立ち上がり、麦酒を呑み干して、また注文している。


 ――酔っ払いの戯言と思ったのか?


 エドは返さず、静かに嫌味を言い出した。



「甘いね、ジョセフ。元々国は、神具を半分も動かせない。――あの戦いの日。王は世界に呼びかけたが、神具持ちがどれくらい集まったのかは、知っての通りさ。

 だけど、セントールが断るのは意外だったな……バティスタの騒乱からの治安維持で、戦力は割けないという理由だけどね。」


「ははっ! やっぱり見放されたか?」


「ジョセフ、笑うな。セントールには俺が頼んだんだ。俺が頼まなければ国につくと、ローゼンは言っていた。」


「ふっ、ゼノ、君はセントールとはそれほどの仲なんだね。――まあ確かに、世界を救おうという君の願いなら、セントールは聞くだろう。」


「見放された言い訳かよ?」

 

「ジョセフ、セントールは余程の理由が無ければ国を裏切ったりしないよ。

 彼らは神より王位を与えられた、僕らの遠い親戚……王家を守る、由緒ある騎士の家系だ。」


「だけど、助けを断られたんだろぉ? それは国が愛想を尽かれたってことじゃねぇのかぁ?」


「完全に断られたわけじゃない。

 一兵……一人は派遣してもらえたよ。」


「一人!? 完全に舐められてるじゃねーか!」



 ジョセフのツッコミは、もっともだと思う。


 だけどエドはニヤリと笑い、そのたった一人を語り出した。



「ふふっ……そうだよ、たった一人さ。

 だけど、あの男を出してきたんじゃ文句は言えない……世界最強の、あの男をね。」


「世界最強の男ぉ?」


「まさか……! 一人って、ハルケン•セントールか!?」



 ――クリフの驚きが割り込む。


 世界最強の男は有名人らしく、その名は通っているらしい。


 セントールの名を持つなら、ローゼンやウルゴさんの親戚ということだろう……



「そうだよ、クリフ。セントールは彼一人を出してきた。自分が出れば誰も文句は言えないと、あの男はよくわかっている。

 ――ジョセフ、彼を見かけたら逃げることだ……勝ち目は無いよ。君は神具持ちを狩れると噂の神具狩り……

 ――ゼノ、君を巻き込む気なんだろ?」



 エドは二人に言葉を返す中で、不意に、俺へと栗色の瞳を向ける。


 ティクトとそっくりな瞳だが、その眼光は男らしく、その強さに息を呑んだ。



「――ゼノ、君はこの男には加担するな。

 そして、神具を集めるなど、危ないことはやめておけ。

 例え世界は救われなくとも、君と、君の救いたいものは、安らかな終わりくらい迎えられるだろう……

 コイツや僕のような悪に染まるな。

 神はあの戦いで死んだが、善良な君に報いる運命くらいは、残していてくれているはずだ。」



 ――エドの真剣な言葉と瞳。


 軽口を話す印象だったが、その言葉には何か……威厳のようなものが感じられた。





「そういやぁ、ゼノ。おまえ神具を集めても、魔神と対する神は死んじまってるぜ。

 ――どうやって勝つ気なのさ?」


 重くなった空気を掻き消すように、ジョセフは変わらず、軽口で尋ねてくる。


 俺はグラスに残った酒を呑み干して、その質問に答えようとした……



「勝てるかはわからないけれど、一応考えていることはあるんだ。俺が全ての神具と神具持ちを集めたなら……神竜が……」


「――ゼノ、それ以上は言わない方がいい。」



 言葉の途中で、クリフが遮ってくる――続けるように、エドが忠告をくれる。



「ゼノ、この国はもう、どこに悪魔が潜んでいるかわからない。」


「悪魔って……、異形の魔徒のことだよな。」


「その呼び名に僕はあまり詳しくない。でも、人の姿をした魔神の配下たちが、この国中に潜んでいるのは確かだよ。

 君の作戦が叶わない望みにしろ、話さない方が身のためだ。」


「東の地の者たちは異形の魔徒って呼ぶな。

 こっちでは悪魔とか、死神って呼ばれてる。」



 兵士であったクリフは詳しいようで、こちらの現状を教えてくれる。


 彼によれば異形の魔徒は、異能力を持ち魔獣を操る存在というよりは、人に化けた存在という印象が王都では強いらしい。


 そこで俺はフィリアの話していた、子供に呪いをかける悪魔の話も尋ねてみた……



「――すまない。その話は聞いたことは無い。」


「こちらでも調べておくよ。石になる子供に親しい者たちの中になら、同じく出会った者がいるかもしれない。」


「ありがとう。」


「エド、もしかしたらだが、死神と同一の悪魔のことじゃないかな?」


「その話をしちゃうの?」



 ――急にエドが笑顔を見せた。


 意味がわからず話を聞けば、とりあえず彼らは、その「死神」について教えてくれる。




『死神』


 魔獣を引き連れ、魔徒を引き連れ、世界を滅ぼして回るという悪魔の一体。


 それは人間の男の姿をしているが、その残虐さと強さは人とは思えない。


 単身でも神具持ちを含む貴族の兵団を滅ぼしたという話もあり、生き残った者も恐怖で心を病む……唯一名の知れた悪魔のようだ。




「魔獣や魔徒を連れて世界を滅ぼすんなら、それは魔神じゃねーのかぁ?」


「ジョセフ、そういう話もある……魔神は眠っているのでは無く、その死神であると……」


「――エド、おまえ、さっきなんで笑った?

 別に笑える話でも無いだろう?」


「はは……ゼノ、怒らないで聞いてくれるかい?

 ――実はね、容姿の噂や神具持ちを倒すって話から、死神と神具狩りは同一……

 つまりね、僕は君に会うまで、君を悪魔って疑っていたんだよ。」



 ――そういうことか。



「ははははははっ! このクッキーの最後の一個を大事そうに残している、この乙女が悪魔かよ!」


「――うるさい、黙れ!」



 ジョセフは俺をからかって……それから肩を組んできて、エドとクリフに語りだす。



「短い付き合いだが俺の見る限り、コイツはすげーバカなお人好しだ。

 子供には『世界を救うヒーロー』なんて、呼ばれてんだぜ!!」


「黙れよジョセフ、殺すぞ!」


「ふふっ。もちろんわかっているよ。会ってみて……話してみて、ゼノがどんな人物かよくわかったよ。」


「エド、俺はお人好しなんかじゃない。

 人だって何人も殺してる……それに、俺が『契約の刻印』を使えるってことは、さっきの契約は、おまえらだけで魔神の前に立てってことだ。」


「ふっ! ゼノ、おまえ、面白いな。」



 クリフはそう言うと、立ち上がってジョセフに肩を掴まれている俺を見下ろした。


 そして、俺のデコに蒸留酒の入ったグラスを当ててから、優しい目をして話すのだ。



「ゼノ、足を治してくれて、ありがとう。

 契約をしてくれて、ありがとう……」


「どういう……?」



 意味を聞き返そうとしたが、俺は言葉を失った。


 クリフの黒い双眼が、俺が苦手な輝きを放っていたからだ。




 ――意志を宿した真っ直ぐな瞳――




「ゼノ、おまえはお人好しだ。俺の足も治してくれたし、俺にまた一つ、生き甲斐もくれた。戦う力が無くて苦しかった俺を救ったんだ。その価値を、おまえはわかっているんだろう?」



 クリフが言い終わると、沈黙が流れた。


「――呑ぉぉもうぜぇえ!!」


 そんな沈黙を破るように、ジョセフがグラスを高々と上げる。


 まるで友人のような男たちに囲まれて、楽しい呑み会は、いつまでも続くのだ……












「――眠い。呑み過ぎた。

 ジョセフ……今日はどこに泊まる気だよ?」


「ん? ここでいいんじゃねーのかぁあはぁは。」


「クリフュゥ、僕はこんなときょで寝るのヤだかんね! ちゃんと、家まで連れて帰ってよぉ。」


「おまえら! クッソ……酔った者勝ちかよ!?

 ――エド、立て! 行くぞ!

 今日は俺じゃあ立て替えられん! 店に代金は払ってくれよ! 頼むぞ!!」


「う……うん。」



 朧げに、エドを肩に担ぐクリフが……隣のジョセフは顔をテーブルに当てて、イビキをかいている。



「クリフ、エド、今日はありがとう。」


「ああ、ゼノ。こちらこそ。

 おまえと呑めて良かった。また呑もう!」


「ゼノ……神の祝福は無いけれど、どうか……」


「エド、そうじゃないだろ?

 おまえが奢ってくれないと、あの赤い酒、俺はまた呑めないよ……またな。」


「ふふっ。ああ、また呑もう、ゼノ。」



 どれくらいの時間を過ごしたか?――そうやって、楽しい席は幕を閉じる……


 ギルドから出て行く二人を見送りながら、俺は睡魔に襲われていた。





 安らかな眠りに入る前に、最後にエドが言った言葉が、頭に残っている。



「ゼノ、また呑もう……だから、世界なんて救おうとするな。――救いの日は、訪れない。

 だってもう――神は、いないのだから……」






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