最弱の世代3
黒ウェーブと銀髪パーマが騒いでいる。
「おい、童顔貴族! 庶民の金で毎日贅沢三昧してやがんだろ! ここは奢れや!」
「ああ、いいよ! 高貴な身分のこの僕が、貧しい下々に、施しをしてあげようじゃないか!
特に君のような、身も心も貧しい者には施しが必要だろう。ありがたく頂くといい。」
「――なんだと、こらぁ!!」
酔う前からペラペラとうるさい二人だが、見ていると楽しい。
手前に座る茶色のマントを羽織った大男――クリフも同じなのだろう。
俺たち二人はエドとジョセフを見ながら、笑みだけを交わし、酒を呑むのだ。
――今、言葉を交わす必要は無い。
酒が進んでいけば、この男は距離が縮まる相手だと……なんとなくそう思えた。
「じゃあ、この店で一番高い酒を頼もうぜ!
あれれぇ? 顔色が悪いですねえ、貴族のエド様ぁ〜。もしかして、没落しかけの貧乏貴族様でしたかぁ?」
「没落しかけ……それを言うなよ……
いいともさ! おねーさん、ここで一番高い酒を持ってきて! 金貨百枚でも払うからさ!」
俺の隣にはジョセフが座り、その向かいにはエドが座る。
二人は気が合うらしく、最初から古い友人のように、仲良くじゃれあっている。
「――なんだぁ、その酒はぁ?」
「ああ、やっぱり! 貧乏な君には一生見ることもできない品だもんね。」
「うるせぇ! 生まれがいいだけで調子乗んな!」
――エドが頼んだ酒が運ばれてきた。
濃い茶色のビンで、中身は黒い……いや、黒く見えてはいるが、恐らくは赤い酒だ。
見たことのない酒で、店員が道具で開けてくれるのを見つめていると、彼女は頬を赤らめた。
どうやら彼女も初めてだったらしく、栓を開けるのに戸惑っていたらしい。
「おねーさん、僕が開けよう。貸してごらん。」
すると、エドが立ち上がり、そう言って彼女から道具と酒を借りる。
そして、その白い衣装によく似合う美しい動作で、栓を綺麗に開けるのだ。
開いた瓶からは、今までに嗅いだことの無い、甘く――芳しい香りが漂う……
「うん、素晴らしい赤だね。」
エドはその酒を、これまた見たことの無い足の付いたグラスに注ぎ、変わった動作で、その香りと色を確かめていた。
「――うまそうだな。」
それを見て、つい呟いてしまう。
呟いた俺を見てエドは微笑むと、酒を注いだグラスを一番に、俺へと渡してくれるのだ。
受け取ったグラスからは本当に良い香りがして、その赤い色がとても美味しそう……
すぐに口をつけたかったが、全員に配られるまではと、目と鼻だけで味わっていた。
「――なんだ、こりゃ!? まじぃな!」
「君は遠慮というものを知らないなぁ……
まあ、貧乏人には味がわからないんだよ。」
「んだとぉお!!」
「おいおい……。酒は合う合わないがあるからな。――ジョセフ、好きな酒を頼んどけよ。」
全員にグラスが配られるのを待っていたら、ジョセフが先に飲んでしまった……
彼には合わなかったらしく、一口飲んだグラスをテーブルに置き、クリフが渡してくれる蒸留酒も断って、店員に麦酒を注文している。
「ゼノ、君はこの香りの良さがわかるみたいだね。――遠慮はいらないよ。飲むといい。」
「飲んでみろよ、ゼノ。」
そんなジョセフを横目で見ていたら、エドとクリフがそう言ってくれる。
エドの微笑む栗色の瞳は母のように優しく、クリフの糸目になった黒目は父のよう……
二人の雰囲気に心地良い安心感を得ながら、俺はグラスを口に近づけた。
グラスが近づくほどに、より強い酒の香りが感じられ、それが舌にまで……
「――――おいしい!!」
――つい、叫んでしまう。
口にすればその香りはさらに広がり、昔食べた果物の、あの酸っぱさが消え去って、酒独特の風味に変わっている――おいしい!!
夢中で一杯呑んでしまった俺のグラスに、エドはまた、赤い酒を酌んでくれた。
「やっぱり君は、この貧乏人と違って味がわかるみたいだね。全部飲んだっていいんだよ。」
「それのどこがうまいんだよ?」
「つまみが無いとアレだろ? 何か頼むか?」
三人に微笑みかけられながら、俺は初めて味わう赤い酒を、また一杯いただくのだ♪
ツマミを頼むことになり、俺は赤い酒に合う食べ物を、真剣に考える。
甘み……苦味……この香り……
「クッキーが合うんじゃないかな!」
「クッキー!? 乙女か! おまえは!!」
「クッキー……、なるほど、悪くないね。」
「クッキー? あるかな? すまん、お嬢さん。クッキーって置いてあるかな?」
俺の提案を受けてクリフが注文……店員がクッキーを持ってくる。
缶から出されたクッキーが、皿に乗せられ配られた。
「すごく贅沢な感じだ♪」
――俺は、すごく嬉しかった。
初めて飲む美味しい酒と好物のクッキーが並べられ、とても幸せな気分になったのだ♪
『赤い酒』
ブドウという果物から出来た果実酒。
魔神が現れる前の世界では盛んに作られていたらしいが、今ではブドウ畑も無いそうだ。
この酒は三十年以上前のもので、希望に彩られた昔の空気を、その赤い色に宿していた……
「――誰がこんな時代にしたんだよぉ!!」
酒が進めば、自然と自慢話と愚痴が始まる。
ジョセフとエドはすでに顔を赤くしていて、互いの苦労話で盛り上がっていた……
「年寄りどもは、すぐ文句を言い出し暴れ出す。
なら、あん時に魔神と戦っておけよ!
――若えのは若えので普段は大人しいくせに、暴れ出したら調子に乗りやがって、革命軍が強盗や強姦になってどうすんだよ!!」
「うんうん。なんとなくわかるよ、ジョセフ。
君は下っ端と思っていたけれど、その貧相な顔は、中間管理職の苦労からだったんだね。」
「なにおぉ! エド、おまえみたいな偵察の下っ端と一緒にするなよ!
俺様は革命軍『多数派』のリーダーなんだぞ!!」
コイツ、やっぱりバカだ……
国側の人間に、正体をバラしてどうする。
「はははははは! 君みたいな貧弱な男が革命軍のリーダーなわけないだろう!
それに僕は偵察の下っ端じゃない! 偵察なんて、僕の部下の部下の部下に過ぎないね!」
「――じゃあ、なんなんだ?」
「僕はこの国で一番偉いのさ。」
「は! 一番偉いやつがなんでここに?」
「――そりゃあ偉いって言っても、古い置物みたいな年寄りどもに頭を抑えられているんだよ。
あいつら好き勝手やって国をめちゃくちゃにしたくせに、あとはなんとかしろと人任せさ。
雇い止めして僕と同世代なんていないし、ポッカリ浮いた経営を、僕にポジションだけ与えて投げ出して……僕だって出来るなら、大人しく椅子に座っておきたいよ。」
「ははははははっ。おまえも苦労してんなぁ、エド。――呑もうぜ!」
革命軍のリーダーと国のお偉いさんは、互いを労いながら、苦労の人生を語り合う。
よくはわからない……だけど、自分とは全く別の生き方をしてきた二人の話は面白く、俺はグラスを片手に聞き入っていた。
「クリフよ、テメェはこの貴族の坊ちゃんとつるんでるみたいだが、その格好は冒険者だろ?」
ジョセフがクリフに話しかけたので、俺もタイミングだと声をかける。
「――足の話を聞かせてもらうんだったな。
クリフ……あんたの右足、動いていないだろ? どうしたんだい?」
俺たちに尋ねられて、クリフは蒸留酒の入ったグラスを空にする。
それから浮かべている微笑みを少し強めて、目を閉じ――深呼吸をした。
「よし、今度は俺の苦労話を聞いてもらおうかな?」
――そして、彼は人生を語り出した。
「俺はさ、王都の近衛兵だったんだ。
わかってると思うが、俺の時代は雇われるのがたいへんだったんだぜ。
三百も四百もの候補の中から、俺一人だけが選ばれた。すげぇだろう?」
クリフは自慢話のように語るが、憂いを帯びたその笑みが、苦労話だと伝えていた。
「最初は同世代はいないし苦労したが、迷宮が魔徒に侵され神獣が魔獣に変わると、歳のやつらは役に立たない。――俺は隊長に大出世さ!」
「僕が攻略者になった時は、彼の隊に手伝ってもらったんだ。」
「へぇ、それが今じゃ冒険者か?」
エドとジョセフの合いの手は、正反対のようだが同じ想い。
俺たち「同類」は素直になれない……だけど、どの言葉も、同じ時代に生きた者への労いだ。
「ある日、魔獣と戦った時に、足をやってしまってな……もちろん衛兵はクビになり、今はこうして冒険者をしている。
エドとはついこの間、再開したんだ。
最近ここも流れついた浮浪者みたいな者たちが増え、先みたくポーションを施していたら、エドが助けてくれて助かった……一人だと自分のポーションをとるだけでも、かなり時間が掛かるからな。」
「――ポーションで、足を保っているのか?」
「ああ、そうだ。ちゃんと繋がっているんだ……気づいたのはゼノ、おまえくらいだぜ。」
そう言うと、クリフはズボンをめくり右足を見せる。
その足は紫色に変わっていて、ほとんど死んでいると、見てとれた。
「エリクサーならもしかしたら回復するかもしれないが、さすがに手には入らない。」
「エドよぉ、金持ってんならエリクサー渡してやれよ。おまえ、友達なんだろう?」
「革命家ならわかるだろう? エリクサーは一つで戦いを変えるアイテムだ。
国が所持しているものもあるが、僕でも簡単には動かせない。魔神との再戦に備えないといけないしね。」
「嘘はよせよ、エド。
国は魔神と戦いはしない……おまえら貴族が生き残るために、ただ握っているだけだろう?」
「その通りさ、ジョセフ。
君たちは革命を起こして、それを奪う気かい? 魔神と戦うために? それとも、自分たちが生き残るために?」
「はっ! 中にはそういう考えのやつもいるが、俺はただ壊すだけさ。
俺はただのクズだぜ……だからエド、俺がおまえの前に立った時は、遠慮なく殺せよ。」
「僕もかわらないさ。最初は国を良くしようと意気込んだけど、結局保つのに必死で、この手は汚く染まってしまった……
君が僕の所まで迫ったならば、遠慮なくこの首を取るといい。」
クリフの話からエドとジョセフの言い合いに戻ったが、最後は皆言葉を失った。
同じ時代を生きてきたのに、生きている世界も、考えも違うのだ……
かつて冒険者たちは仲間を作り、希望の迷宮へと挑んでいった……だから、俺たちより上の世代は、組んで戦うことを知っている。
だけど、神が死んだ世界で俺たちは、別々に生きることを余儀無くされた。
なのに無駄なプライドを持ったまま、支え合うことを知らないのだ……
俺たちより下の世代は、苦しい時代の中で友人と支え合い生きることを学んでいる。
――だから、俺たちは最弱の世代だ。
仲間でも無く、友人でも無く、ただ同じ時代を生きてきた「同類」でしかいない。
一人死んでいく運命の俺たちが、こうして酒を交わせるのは、奇跡なのかもしれない……
「――辛気臭えのは無しだぜぇ!!
よおし、俺が最高の酒を作ってやるぜ!!」
ジョセフが急に立ち上がり、自分の飲みかけの麦酒のグラスに、飲みかけた赤い酒と、蒸留酒を混ぜ始めた。
――美味しい酒が、台無しだ!
「君はなんて下品なんだ!」
「うるせぇ! 黙れ、貴族ヤロー!」
「しかし、ジョセフ、それは飲めないだろ?」
「クリフ、きっと旨いぜ……うぇえぇ!?」
ジョセフは自分で作った酒を一口……結局飲めずに、グラスを置いた。
そして今度は言い訳のように、ある提案を言い出した。
「ははっ! やっぱ、まじぃな。
――これはわざとわざと、ゲーム用さ。
これを飲み干したやつは、全員に命令できる! なんでも言うこと聞かせられる! さあ、やろうぜ! 誰が挑む?」
ジョセフが言い終わった瞬間、俺は立ち上がった。
「お? ゼノ、おまえがいくのか?」
「黙れ。――だが、せっかくの酒だ。俺がやってやる。言っておくが、俺は『契約の刻印』でおまえらを縛るからな! 覚悟しろ!」
俺は伝えてグラスを持ち、まずはエドの肩に手を当てる。
「ゼノ、君は僕に何をして欲しいんだい?
金でも地位でも、国に僕が働きかけて……」
「――どうでもいい!
エド、今はおまえとの交渉だ!
俺がこの酒をイッキで飲んでやる!」
「……それで、そうしたら僕に何をしろと?」
「神具を持って、魔神と戦え!!」
俺の要求に、エドは一瞬その栗色の瞳を大きく開けたが、にこりと笑い受け入れた。
「そうだったね、神具狩り!
君は噂に聞いた通りの人物のようだ!」
――まず一人、契約の刻印を打つ。
次にクリフの肩に手を置いて、同じように交渉する。
「俺の足じゃ、役に立たないぜ。」
「関係無い。俺が神具を持ってきてやる。おまえは命を懸けて魔神と戦え。」
「ははっ。わかったよ、ゼノ。」
――二人目、契約の刻印は施された。
最後はジョセフの肩に手を置き、交渉だ。
「おい、俺は攻略者どころか、神術も魔術も使えねーんだぜ。俺とも魔神と戦えと?」
「当たり前だ。おまえだけ逃がすわけ無いだろう。迷宮を攻略しろ。神具を持て。そして戦え――未来のために!」
三人全員に契約の刻印を施して、俺はグラスに口をつけた。――不味い!!
不味い! 不味い! 不味い! 不味い!
「――ぐえぇ、不味い!!」
「の、飲みやがった……」
「ゼノ、大丈夫か!?」
「君はけっこうイカレているね。」
「うるさい、エド。もう一回やるぞ! 次は俺が作る……クリフに飲んでもらうからな。」
「お、俺かよ!?」
ジョセフのカクテルを飲み干した俺は、酒屋のカウンターに行き蒸留酒を頼む。
そして、その酒に緑の液体を混ぜて、クリフの前に差し出すのだ。
「――さあ、飲んでもらうぞ。」
「ゼノぉ、小さくないか?」
「何を混ぜてきた? 強い酒に強い酒混ぜたってんなら、俺なら飲んじまうぜ。」
クリフは自信ありげに言うので、俺はクリフを挑発する。
「じゃあ、さっさと飲めよ。おまえがそれを飲んだなら、おまえの願いを聞いてやる。」
クリフはそれを聞いて黙ると、一度笑みを見せて、一口で飲んでみせた。
「――? 不味くは無いぞ? 蒸留酒か?
――――――!? おまえ? これ!?」
――驚き、自分の右足を見るクリフ。
「クリフ、おまえの願いはそれでいいか?」
「ゼノ、どうやってエリクサーを?
――いや……、ありがとう。」
美味しい酒、クッキー、攻略者二人に、あとオマケ、エリクサー一つで十分な対価。
楽しい酒に、俺はいつになく浮かれていた……




