最弱の世代2
――オレンジの炎は、幻に見えた。
だけど、逆流した胃の中身の刺激が、これが現実だとハッキリとわからせる。
吐いたのは、酒のせいじゃない……人の焼ける臭いのせいだ。――旨かった赤酒の香りが、血の匂いへと変わってゆく……
「ゼノ、全部を守れる時代じゃないんだ。
知っているだろう? ――人間は弱いんだ。」
俺をヒーローだと呼んだ子供たちは、あの火の中で助けを求めたことだろう。
なのに俺は、首謀者の男の顔を、ただ睨むことしかできない。――さっきまで楽しく呑んでいた相手の顔を……
悲しく微笑む、俺の「同類」の、その顔を……
王都に入るのは二度目……しかし、この場所を訪れたことは無い。
広大な領地を有する、王の直轄領――その中心には、真に都と呼べる大きな街があるらしい。
だがここは、元より小さな街の様子。
さらに今は外からの難民に溢れていて、スラム街と化していた。
その中で、バティスタどの知り合いを見つけては、互いにこれまでを労った。
革命軍が至るところに入り込んでいるのは確かなようで、仲間を見つけては、ジョセフは何かを話しているようだった……
「さあ、ゼノよ。夜も更けちまったし、ギルドで酒でも呑もうじゃないか!」
ジョセフにそう誘われて、近くのギルドへと向かう。――向かう途中に行列をみた。
食料の配給が行われているようで、それは今、暗くなるまで行われていたらしい。
「さあ、そろそろ今日は終わりだ! 並んでいる子供だけ前に来い! あとは解散しろ!」
――そう、兵士の号令が掛かる。
並んでいた人間たちは、不満を口にしつつ去ってゆき、最後尾辺りにいた小さな子供たちだけが、いそいそと前に進んでいた。
「身なりの良い子供たちだろう?」
子供たちの姿を見ていたら、ジョセフが尋ねてくる。
「……確かにな。」
「あいつらは逃げて来た貴族の子供たちなのさ。
――なあ!!」
ジョセフは周りにも聞こえるように、語尾を強めた。
その言葉に近くを歩いていた男が同意を返してくる。
「そうだよ……いつもそうさ。
日のある内は『子供を並ばせるのは何事か』と追い返し、終わりの時間はああやって、その日の食料をみんな子供らに渡している。
――ほら、見てみろ。
兵士たちが子供たちを送ってゆく……
ああやって貴族やらコネを持つ家々に、確実に食料を届けているんだよ。」
男は言い終わると、生気の無い顔で項垂れて、去った。
――その姿を見て、ジョセフは言うのだ。
「ありゃあ、クズだね。俺たちと変わらない歳の男だろう……家族も持たねーし、老人どものように仲間と組んで暴れる力も無い。一人で待つだけで何も得られず、ただ死んでゆく。
弱い、最弱の……俺たちの、同類だ。」
――少し、ため息が出た。
俺は何も返さずに、ギルドへと歩いた……
ギルドの周りには浮浪者たち。――そして、彼らにポーションを配る、二人の男が……
ともにかなりの実力と感じた俺は、警戒しながら彼らを見る。
俺の警戒心に気づいたように、男の一人がこちらを見て、意外な言葉を掛けてきた。
「夜中に黒い衣装、黒い瞳なのに鋭い光だを持っているね……君が噂の神具狩りかい?」
そう言ってきたのは、白い衣装の男。
漏れる光にその姿が入れば、それは、銀髪のパーマが特徴的な色の白い美少年だった。
「神具狩り? エド、探していたのはこの人かい?」
しゃがんで施しをしていた男も、立って美少年の横に並んだ。
その男は背がとても高く、羽織る茶色いマントだけで、美少年の全体より大きい。
黒髪を短く切ったその顔は、男らしくも優しい顔で、後は黙って微笑んでいた。
「神具狩りだからどうした? ちょっかい出そうってんなら、その神具狩りが黙ってねぇぞ!」
そう言って威嚇するジョセフは、まさにチンピラの子分といった感じだ。
親分にされた俺だったが、逆に声を和らげて、二人の男に素直に尋ねる。
「あんたたちは偵察か?」
「偵察? 神具狩りだってわかったからかい?
君に会ってみたかったのは確かだけど、僕が探しているのは、革命軍のリーダーの男さ。」
銀髪パーマのその言葉に、ジョセフは警戒を強めただろうが、俺の方は警戒を解いていた。
――言葉を信じたわけじゃない。
だけど、この男の姿と雰囲気が、あまりに「アイツ」と似ていて、俺は警戒心を失っていた。
「おまえ……ティクトの関係者か?」
「ティクト?」
「情報屋のティクトだ。」
「へぇ……、ティクトね。名前は偽名なんだろうけど、そう聞くって事は、僕に似ている女の話をしているのかな?」
――少し、殺気を感じた。
それに合わせて、体と言葉に警戒心を戻す。
「そう、女だ。俺を知っていたし似ていたから、そうだと思ったんだ。」
「その、ティクトは今どこに?」
「知らない。アイツは神出鬼没だからな。
エド……だったよな。どんな関係なんだ?」
「あぁ、兄妹だよ。たぶんそのティクトってのは、家出した僕の妹なんだ。」
胡散臭い笑顔からの答えだが、その胡散臭い顔ですらティクトに似ている。
俺はその言葉を信じ、エドへの警戒を解いたが、今度はジョセフがエドに突っかかる。
「情報屋の兄妹かなんか知らねーが、綺麗な格好しやがって! おまえ、貴族だろう!?」
「みすぼらしい格好をして、君は革命軍だね。」
「なんだぁ? 俺を捕まえようってんなら、この神具狩りが黙っちゃいねぇぜ!!」
ジョセフは用心棒かなにかと、俺を勘違いしているらしい。
この無精髭を守る気は無いが、それ以上に、この実力ある二人を相手にはしたくない……
おそらくは二人とも「攻略者」だと、俺は読んでいた。
「君のような小汚い下っ端を、わざわざ捕まえる気は無いよ。拷問は僕の趣味じゃないしね。」
「なんだと!!――っ痛てえ!」
「いくぞ、ジョセフ。呑むんだろ?」
せっかく勘違いして見逃してもらえるというのに、反論する必要も無いだろう……
俺はジョセフの耳をつねり、呑み屋でもあるギルドへと入ったのだ。
「なんでおまえらが、ここにいるんだ!!」
「君はバカかい? どこの店で食事をしても、法律上なんの問題もないはずだけど。」
――結局、ギルドでは隣の席に。
二人の男も食事をここで済ませるらしく、空いていた隣の席にやってきたのだ。
「ガキのクセに酒なんて飲むんじゃねーよ!」
「――――! 童顔はコンプレックスなんだ!
これでも君たちと歳は変わらないよ!」
茶色のマントの大男は、静かに二つ分のグラスに、蒸留酒を注いでいる。
それを見て麦酒を呑むジョセフは、白い男の方へと文句を垂れる。
エドとジョセフ、銀髪パーマの貴族と黒ウェーブの革命家は、妙に仲が良さそうだ。
「この二人、面白いな。」
「――そうだな。」
その光景を思い見ていたら、黒髪の大男が声を掛けてきた。
短く返せば男は微笑み、ちょうど麦酒を呑み干していた俺にグラスを差し出す。
「どうだ? 悪くない酒だと思うが。
――神具狩り……じゃ、あれだな……俺はクリフ、名前を聞いてもいいか?」
「ありがとう、いただくよ、クリフ。
ゼノだよ。――クリフ、その足は?」
「よく見てるねぇ! 隠していたのに……
まあ、どうだ? 俺の苦労話を聞いてもらうのに、一緒に呑まないか?」
「はぁあ!!」
「はぁあ!!」
元々四人掛けのテーブル――クリフは隣に座り、俺たちは杯を鳴らした。
立ち喧嘩している二人は仲良く文句を垂れたが、そのまま男四人で、呑むことになったのだ。




