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氷河期ダンジョン  作者: 賽子ちい華
第二部 ――覆った世界――
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生きるための強さ3


 生まれた時代により、生まれた環境により、得られる情報は同じじゃない。


 早くにサンゲンの技を身につけ、それを最大限に発揮する回復術を極めたマルス。


 その力、その速度と、俺が同じものを得ることは、すでにもう――不可能だ。




 ――速度は、互いにとって平等だ。


 マ目に見えぬ突進に対し逆方向に進めば、マルスにとっても同じ速度で、俺は動いているのと同じ……その視界から消える。


 そして、視界から消えた敵を生き物は、本能で再び視界に収めようとする。


 魔黒竜の牙をただ投げるように、後方へと置いただけだったが、予想通りに振り返ったマルスに当たり、その二の腕を傷つけた。




 衝撃で血を流し倒れたマルスは、ゆっくりと近づき歩く俺を睨むと、傷も治さずに次の行動を開始する。


 一度ふわりと……ゆっくりとジャンプしたマルスは、着地と同時にその姿を消した!



 俺が見えているとでも、思っているのか?


 そもそも見えない速さのマルスが、緩急をつけて動けば、もう消えたとしか表現できない。


 上か左右のどちらかに飛んだはず……


 だけどそれは関係無くて、進むべき方向の選択肢は、マルスのいなくなった前方だけだ。



 人が野生の狼と対峙した時、初動は見えるために、最初の攻撃はかわせることが多い。


 マルスは、その初動を緩急で消した。


 俺が逃げる方向とは斜めに動いたであろうマルスには、俺はきっと見えている。



 マルスがどこから来るかわからなくても、俺は迷いなく走り続ける。


 狼を避けた人は先のマルスと同じように、消えた狼を視界に収めようと振り返ってしまうが、そうしてしまえば、より速く切り返した狼に、その首を噛まれ――殺される。


 だから俺は、振り返らない。


 前へと走った俺はさらにそのまま誰もいない方向へと、とにかく逃げたのだ。




 ――俺は何よりも「目」を極めた。


 逃げれば、後ろに力強い神術エネルギーと凄まじい剣撃が空を斬るのを感じられる。


 視界になくともエネルギーの感知で相手の場所を掴むために、ずっと「目」を鍛えてきた。


 この能力だけはマルスにさえも、俺が勝てる――唯一の取り得なのだ。




 安全な場所まで離れ振り返れば、マルスは今度、突きを放つ構えで照準を俺に合わせる。


 青い瞳が輝き、白い神術エネルギーが、マルスから溢れ出るのが見てとれた。


 マルスは最高速度の一撃で、俺を串刺しにする気なのは明白だ――



 同じ場所、同じ時間に在ろうとも、得られる情報は同じじゃない。


 本来ならば全力で逃げるべき一撃に対し、俺はほんの一瞬だけだが動かず、待ち構えた。



「あれだ! あの黒い方を援護しろ!」


 さっきの革命軍の無精髭が、屋根の上で叫んでいる。


 俺は既に感じとっていた……家屋に隠れた革命軍の者たちを――そして彼らが、俺に接触しようとしているのも知っていた。


 攻撃の準備に掛かっているのも感じていて、彼らは無精髭の一声に、弓矢や槍でマルスに対し攻撃を仕掛けた。


 マルスは一瞬驚いた表情を見せたが、予定通りに突撃を開始――目からは消え去る。


 矢や槍が届く頃にはとっくにマルスはそこにいないから意味は無いが、マルスが驚いた、その変化だけで十分に助かった。



 ――俺はマルスに向かい突撃する。


 互いに、その姿は視界に映らない。


 俺はなんとなくマルスが来ると考えた方向の、僅かに外側に突撃した。


 そしてナイフを両手で押さえて、マルスの腕か肩に当たるだろう場所に構えた。




 ――与えられる才能は、不平等だ。


 俺は十割の精度で動くためには、八割くらいまでの力しか出すことはできない。


 だけどマルスはおそらく、決まった形ならば、ほぼ最高の力と最高の精度で技を撃てる。


 この突撃は、そういった形だったはず……


 だけど、革命軍の襲撃に散らされた気で、照準が外れ、俺への攻撃はズレたようだ。



 俺のナイフもマルスの衣服を軽く裂いた程度になったが、それだけの成果でも、俺にとっては幸運だった。


 ナイフに比べ三倍は長い剣の間合いに入るのは、かなり難しい。


 だけど、距離は互いにとり平等で、リーチの長い武器は確かに有利だが、必ずその内側に不利な領域が生まれる。


 武器の禁じられた村で育った俺は常に、その領域に踏み込むことを続けてきた。


 間合いに入られ、攻撃を受けたものは危険を大きく感じる。


 さすがのマルスも同様で、振り返るとその動きは停止し、俺を探す青い瞳に、揺らぎを見てとることができたのだ。



「今だ! 撃て! 撃てー!!」


 叫ぶ無精髭と、飛んでくる数本の矢。


 マルスにとってはどうでもいい攻撃のはずだが、彼は苛立った表情で、その場の石を拾ってジャンプし、革命軍たちに向かい投げ放つ。


 俺はその隙に、革命軍たちの反対側――逃げるとも近づくとも言えない、ただマルスの視界から外れる場所に走る!



 ――!?


 意外だったのは、マルスの投石から革命軍を光の壁が防いだことだ。


 神具の壁のような光の壁……それを使ったのは、いつのまにか姿を見せた「白い女」だった。


 誰もが壁の出現に驚くだけで、女の方を向いていない。

 

 ――やはりあれは幽霊なのか?


 しかし、その幽霊が見せた驚きは、俺にとって最高のチャンスを生む!



 初めて俺から、マルスに向かって突撃!


 普段は抑える神術エネルギーを全開にし、精度を無視して全速力で走る!


 そんな俺にマルスは振り返る。


 そして、俺の視界にある内に、マルスは迎撃する動きを見せたのだ!



 マルスは訓練をしっかりと受けている。


 頭や関節……命や、その後の動きに影響される部位を、反射的に守る戦闘技術を教えられている。


 俺が狙うのは、常にそれ以外……ほかはおそらく、当たらない。


 ナイフを左手に持ち替えて、次に狙ったのは右の脇腹。


 剣を持つ右外に旋回しながら剣を振り抜くマルスをかわし、適当に狙って当たる可能性があるのはそこしか無い!


 マルスの剣を受けることは死を意味する。


 そして、脇腹を刺せたところで、回復術を極めたマルスには、かすり傷にしかならない……


 それでも俺はそんな賭けに、命を投じた!




 ――命の価値は、平等じゃない。


 あの日、魔黒竜を倒すために、村の皆は命を捨てて、ただ一撃を入れるために飛び込んだ。


 次々と命を捧げ、魔徒へと転じてゆく故郷の者たち――父、母、友人たち――それを俺はずっと、ただ見ていた。


 弱者は強者と対する時、その不平等を受け入れるしかないのだ!




 幸運にも、力は互いに対し平等だ!


 マルスの攻撃は凄まじい威力……だが、俺が逆方向にナイフを立てれば、その威力はそのまま、マルスへと返ってゆく。


 脇腹に一瞬にして、ナイフが刺さる。


 俺のナイフを持つ左の小指と肩の骨は、その衝撃で折れた……


 だが、左手にはナイフが内臓に達した感覚と、溢れ出る――血の温もりを感じられる。


 俺は、ここまでの「賭け」に勝ったのだ……


 


 ナイフを刺した瞬間に、腰にある小さなナイフを右手で抜いて、マルスの顔を狙う。


 その攻撃をマルスは左手で防いだが、素手である左手を、俺のナイフは突き抜けた。


「がっ、あ、あ、ああ、あ――!!」


 俺は叫びながら、右手を必死に押し込んだ。


 左手はもう……ほとんど力は入らない。


 右手はギシギシとマルスの握力に握り潰されているが、突き出たナイフの先端は、マルスの青い瞳を刺さんと向かってゆく。


「ぐっ! あっ、あ、あ、あ!!」


 俺はマルスを睨みながら、その目にナイフを刺さんと力を込める。


 マルスは襲いくるナイフを睨み、必死に抵抗を見せていたが、気づいたらしく、観念したように戦意を消して、穏やかになって俺を見た。




 向けられた青い瞳に気づいて、少しだけ力が緩む――何かのきっかけに、右手から左手へ、全力の雷撃を放つ準備は整っていた。


「やっぱりすごいな、あんたは……

 なあ、誰に戦い方を教わったんだい?」


 マルスは、そんなことを聞いてきた……



「誰に? 誰にも教わっちゃいないよ。

 ――ただ、俺が生きてきた『経験』が、俺に戦い方を教えてくれたのさ。」


「そっか、経験か……

 さすがだね。やっぱり、なんでも知っているあんたには敵わないか……ゼノ……」




 ――意志を宿した真っ直ぐな瞳――



 マルスは最期にそう言って、真っ直ぐに俺を見つめて、優しい表情で微笑む……


 ――笑ったのだ……











 ――腹に衝撃が走る!!


 俺が青い瞳に吸い込まれていたら、その瞳は怒りの感情を宿して、睨む瞳に変わった!


 マルスは俺を蹴り上げると、空中に浮いた俺をさらに回し蹴りを喰らわせる!



「――ぶっ、はっ。」


 口の中に体内から流れ込んだ血を、俺は息苦しさとともに吐き出した。


 背中にも腕にも強い痛み……!


 黒い雲が見える――どうやら俺は、屋根の上まで吹き飛ばされたらしい……



 マルスの声が遠くから――それでもはっきりと聞こえる声で、俺に叫んだ。



「――なんで、殺さなかった!!

 雷撃の道は通しただろう!?――あんたが雷撃を体内に放てば、俺は確実に死んでいた!」



 今の時点で俺にトドメを刺さない自分の甘さを棚に上げて、マルスは俺に対して、怒りの声を上げてくる。



「命のやり取りを、本当の戦いを俺よりも知っている……強者であるあんたが、経験の浅い……弱いこの俺に、情けをかけたのか!!」


「おい! 神具狩り!

 おまえの牙は回収したぜ、ついて来い!」



 反対からは、無精髭の男の声……


 俺は雲を見ながらカバンの中から取り出したポーションを飲み……痛む体で立って、遠くで睨む青い瞳の方を見た。



 ――マルスは、俺を睨みつけている。


 俺が情けをかけたなどと……くだらないプライドを持って、俺に弁明を求めている。


 俺はそんなマルスに大声で、弁明ではなく、世界の(ことわり)を教えるために叫んだのだ。



「マルス! おまえは、わかっていない!

 本当の命の奪い合いを、おまえはわかっていないんだ!

 弱い者は、死んでいく者は、自己責任と切り捨てられるこの世界の理を知らない!

 命を奪い合うこの世界で、何が勝負を決めるのかを、おまえはわかっていないんだ!!」



 金の髪が輝く青年は、その青い瞳で真っ直ぐに睨みつけ――言葉の続きを待っている。


 その青年にはっきりと、俺は答えを告げる!



「マルス! 俺に攻撃を止めさせたのは、おまえの『強さ』だ!!

 おまえがこれまで積み上げ見せてきた、おまえの人間としての『魅力』が――俺に命を奪わせることを止めさせたんだ!!」



 叫び終わった俺を、マルスは見ていた。


 ただ突っ立って、見上げていた……





「馬がある。――行くぞ、神具狩り!」


 裏から聞こえる無精髭の言葉に従い、俺は屋根を降りて革命軍たちと合流した。


 怪我をしている上に馬乗りが苦手な俺を、大男が引っ張り上げてくれる。



「俺はジョセフ。そいつはヤーコフ。

 なあ、神具狩り……ゼノって呼んでいいか?」


 馬上でその黒髪を靡かせる無精髭――ジョセフはそんなことを言ってきた。


 大男ヤーコフの腕に抱かれ、俺はポーションを飲みながら答える。


「別に構わないよ、ジョセフ。牙を返してくれ――助かったよ。だけどこんな速度じゃ、マルスに追いつかれてしまうよ……」


 答えれば、ジョセフは魔黒竜の牙を手渡しながら、笑顔で返す。


「あのバケモノなら追って来ないよ。

 なあ、ゼノ――おまえ、バカだろ?」


 気安く悪口を言われイラッとしたが、助けて貰ったのと、体の痛み……


 それに、本当に気安く向けられる笑顔に、俺は牙を受け取るだけで答えるのはやめた。


 ――馬はただ、駆けてゆく。




 俺はそのまま革命軍とともに、カミュ領を後にした。


 無精髭ジョセフの言うように、マルスは追っては来なかった……





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