生きるための強さ1
――それは、一瞬だった。
俺に向かい突進をみせたマルスは、次の瞬間には俺の左側に屈んでいた。
俺は右側に体を回して避けた形……
それをマルスは読んでいて――マルスに読まれていることは、俺も想定していた。
この青年は、信頼するに値する。
だから俺は、フィリアを見捨てた。
左側にいた彼女は、刀を抜こうとする姿のままで、その動きを固めていた。
彼女が握った神具の刀――その持ち柄の頭を、マルスは片手で押さえている。
目に見えないほど速いフィリアの抜刀。
その抜刀より速い動きで、マルスは彼女の動きを止めてみせた。
「――お姉さんは、敵じゃないでしょ?
武器は持たずに、動かないで欲しいなぁ。」
そう呟き、マルスはその拳をフィリアの腹に入れる。
そ軽装な装備を突き破り、かつ命を奪わない絶妙な力加減……
相手の意識を瞬時に刈り取ったマルスは、そのまま彼女を支えて寝かせる動作とともに、押さえていた持ち柄を今度は握り……
――その刀を抜き取った。
抜き取ると同時に、神具の壁を発動!
体を回転させながら、マルスはその刀で、俺に向かい横薙ぎを放つ!
――!!
それらの動作が一瞬だ。
認識できた頃にはもう、俺は空中へと吹き飛ばされていた。
――浮いた体、背中にはサンゲン。
サンゲンが俺を神具の壁で守ってはくれたが、マルスの一振りに、俺たちは吹き飛ぶ。
「本当に、神具の壁が破れたわ!
――ゼノ、お主が『そいつ』で防いでくれとらんかったら、相殺じゃあ済まんかったろう。」
――両腕に痺れ。
言われて気づけば、俺は魔黒竜の牙を右手に持ち、左腕で支える形で防御をしていた。
二重に防いでもこの威力……
飛ばされている空中でマルスの方を見れば、彼は丁寧に、刀を鞘に戻している。
フィリアを慈しむように、柔らかな動作で刀を彼女の腰に返すと、白く神術エネルギーを輝かせ、彼はそっと彼女に触れた。
神術による回復術を使用しているようだ。
同じように、クーデターに加担した街中の人間たちの意識を沈め、その後はああして、怪我を治していたのだろう。
フィリアがまだ神具の壁を発動できない……そこを読み、その刀を奪う判断力。
そして、それを返す余裕……
――あいつは称えるべき強者だ。
着地した俺とサンゲンは、その強者に対抗するために、その優しさに甘えて動く!
街の中、地面に突き立てられている金色の盾へと全力で走る!
神具をマルスの手に戻さぬように、まずはその盾へとサンゲンが突きを入れた!
――が、その攻撃いなされる。
巨大な盾は光の壁を発動させ、矛の攻撃を上空に逸らすように回転――サンゲンは勢いのまま、同じ方向へと流されてゆく……
そして……
まるで最初からそこにいたかのように、青い瞳の青年が、盾の下から姿を見せた。
――それはもう、瞬間移動だ!
サンゲンの編み出した筋力のリミットを外す技術だと――原理はわかっていても規格外。
だがそれは、知っている!
マルスの動きは予想通りだ!
読んでいた俺はすでに魔黒竜の牙を握り、走るそのままにマルスへと突進!――マルスに向かい、突きを放つ!
――マルスは目を見開いていた。
それは攻撃への驚きと、神具の壁を破られる驚きから……だけど、その表情は力んだ顔に変わり、そこから――
凄まじい速度で、剣撃が打ち下ろされる!
「――っつ!!」
俺は歯を食いしばり、突進を攻撃の届くギリギリ手前で止めてみせた。
あの髭面の男と同じ剣閃……一度喰らった経験が、反射的に体を動かしたのだ。
剣を振り切り、態勢を戻そうとするマルス。
そのマルスに、俺は全力の雷撃を放つ!
だが、その雷撃は軌道を変える……
マルスはすでに微弱な雷撃を張っていて、それに導かれ、俺の雷撃は逸れたのだ。
無駄行動の俺を、マルスは青い瞳で睨んで、突きを放ってくるが、そこまでは読み通り。
俺は右に――マルスの左側、巨大な盾体を預けるように、体をかわす!
突きを避け切っても、魔黒竜の牙を縦に構えて、俺は防御の姿勢をとる。
突きを放ち切った態勢から次の攻撃への繋ぎはほぼ無いが、マルスならそこから、横薙ぎを撃つと予想した。
――その横薙ぎを耐えられるか?
だがそれでも、勝ちは確定している。
俺への攻撃の隙にマルスの左後方から……空中で回り込んだサンゲンがマルスを狙う!
その攻撃が決まれば、勝利だった……
……攻撃が来ない?
予測した攻撃が来ずに、意識を腕からマルスに戻せば、マルスは外側に回転をしていた。
裏拳のごとく剣をサンゲンの矛へと当てて、その突きを押し返して、弾いてみせた!
サンゲンを弾き飛ばし、視線を戻す青い瞳に、恐怖を感じた俺は距離をとった。
「ゼノぉおおおお! そこで見ておれ!!」
逃げた俺にサンゲンは叫んで、一人マルスに戦いを挑む。
黄金の矛と盾、白く輝く二つの巨大なエネルギー……最強と最強がぶつかり合う。
その戦いを、俺は必死に観察した。
突きを打ち終わり右足のみに体重が乗っている状態からは、動くこと自体が困難……
にも関わらず、体を外に回転させたマルスは、サンゲンを弾き飛ばすほどの攻撃を見せた。
今も同じで、巨大な盾の逆に回り、リーチ差を生かした矛の攻撃を、マルスはコマのように体を回転させて、振り回した剣で弾いている。
――人間の動きじゃない。
物理の法則は無視していなくとも、人体の動きを完全に無視している。
それでも、観察していれば見えてくる。
マルスは自身の足を軸にして……地に触れる度その地面をえぐる、バカみたいな重さの盾を振り、その反動で剣を振っているのだ。
その動きを生み出すのは、全身の力。
マルスの神術エネルギーは常にその配分を変えて、身体の各所で輝いている。
マルスはサンゲン以上に、技を極めている。
人の体の自然な動きを無視したトリッキーな動き、そこに至る発想、ありえない重さの盾を扱う力強さ、盾を持たぬ時の瞬間移動!
そんな最強の男を見て、俺は思った……
――これはきっと傲りだろう。
だが、この男にとって、俺は越えるべき壁のような気がする。
神が残した最後の希望の、最初に倒すべき『悪』として、俺の存在はあるのではないか?
そんなことを傲慢にも考えた。
だから、俺は決めたのだ。
「――神具を奪うぞ! サンゲン!! 」
そう叫び、魔黒竜の牙を持ち、マルスへと向かって構える!
目の前の青年には、恵まれた才能と、若き日からの鍛錬、積み重ねられた強さがある。
ただ生きてきた俺には、それを覆せるものはほとんど無かった……
ただ生きてきた、その時間以外には――




