断罪の使徒1
「――ゼノ、地上に戻らないのか?」
迷宮を出ようと引き返す……その途中の地下八十八階で、サンゲンが尋ねてきた。
すぐに地上へと戻れる、光のカーテンを使わないのかと言っているのだ。
だが、カーテンを抜けた先はギルド中央――間違いなく、待ち構えられているだろう。
「狙い撃ちにされるぞ。」
「そうですよ。カミュ様たちが待ち伏せしています。」
俺とフィリアはそう忠告するが、サンゲンは軽く返してくる。
「神具の壁を展開しておけば、襲われてもそうダメージは受けん。わしが先頭を行ってやる。」
ニヤケながら言う達人は頼もしいが、俺はそれに反論を述べた。
「神具の壁を過信するなよ。壁を破る方法はいくつもあるんだ。」
サンゲンは、俺の腰に目をやり聞いた。
「その、魔黒竜の牙がほかにもあると?」
「別にこの大きさのじゃなくてもいい。例えば……コイツでも、時間は掛かるが壁を破れる。」
カバンから、小さな魔黒竜の牙を取り出し、見せてやる。
魔除けとして知られる品だが、実は、成竜の牙と同じような効果を持っているのだ。
――それに、神具の壁は絶対では無い。
神術でダメージをある程度通せれば、使い手の意識を削いで、壁の維持を阻害できる。
それに……
「連続した攻撃を与えれば、限界を迎える。
それに強力な衝撃――そうだな……昔、神具持ちを谷底に落としたことがあるが、そいつは空中で壁を展開するも、落下の衝撃には耐えられず、結局は死んだ。
あとは……城の門を落としてぶつけた時もあったが、やはり、壁は砕けて潰されていた。」
物理にも影響する神具の壁だが、それは逆も然りで、破壊することは可能なのだ。
二人は黙って話を聞いていたが、話し終わると、反論を返してくる。
「あなたは、そんなに何人も、神具持ちを倒したというんですか!?」
「お主以外に、そんなこと誰も知らんぞ!」
神具は最強の武器……
その最強の武器を、貴族たちが一人一つ持つことで、戦力の拮抗が保たれ、領地争いなどは起こっていない。
東の地から離れた者たちにとって、今はある意味平和だという認識が広がっているそうだ。
ならばと、もう一つの可能性を述べる。
「偵察たちは、あんたの神具に気づいたはずだ。
神具持ちを呼んできている可能性もある。」
「それも難しいと思うがの……この迷宮に入って半日。馬を飛ばして他領に助けを求めたとして半日掛かる。助っ人がこちらまで駆けつけるまでには、さらに半日が掛かるだろう。」
サンゲンはあくまで、ここから地上に戻りたいらしい。
俺は説得を諦め、一度フィリアの顔を伺い、それからサンゲンに、願いごとをした。
「誰も殺さずに逃げてくれるか?」
二人は、その言葉に驚いたらしい……
驚いたのは同じだが、フィリアは不安な顔から、サンゲンは楽しげな顔から、その顔色を逆へと変える。
「お主、ここがスターリン領に攻め込むのを止めに来たわけではないのか?」
「それもあるが、一番の目的は神具だ。それに、攻略者……フィリアを仲間にするのに、フィリアの仲間は殺せない。」
――その発言に、二人は黙る。
しばらく沈黙していたが、二人は納得した感じに笑顔を見せて、それぞれに協力的な言葉をくれた。
「ははははははっ!
殺さず抜けろと言うか! お主らしい。」
――らしい?
「あなたがそういう考えなら、私も協力しょう。
仲間への多少の嘘くらいなら……やっぱり、あなたはそういう人だったんですね!」
――やっぱり?
二人の言葉には違和感を感じたが、とりあえず、意思統一はできたようだ……
光のカーテンを潜り、地上へと――
地上に戻った瞬間に、雷撃が飛んでくる。
――予想していた攻撃だ。
達人は神具の壁だけでなく、微弱な雷撃を外側に通しておくことで雷撃を誘導。
雷撃は導かれ、俺たちとは明後日の方向に逸れてゆく……達人は、さすがの技術だ。
――この達人は、最強なのかもしれない。
迷宮のゾロ目の階では、どの力を強化するか選択していくが、おそらく真の正確は、神術による回復を、最大限に強化することだ。
神術魔術ともに使える炎と雷は、体の周りに、空気に軽い熱を、微弱な電気の道を……それだけで、ある程度は防げてしまう。
魔術独自の氷結や風に対しては、神術の壁――それ以上に、神具の壁で防ぎ切れる。
回復を極め、その「技」で肉体を強化し、さらには今、神具を手にしたサンゲンは、まさに最強と言えるのではないだろうか……
――攻撃はすぐに止んだ。
予想していたよりも攻撃は少ないし、ギルド内の様子もおかしなことに、そこで気づく。
「待て待てみんな、あいつは仲間だ。
あの黒マントが、『神具狩り』だ!」
そう叫び俺を指差したのは、長くウェーブした黒髪を持つ男だった。
その荒れた肌と無精髭が、男の人柄と生活を表している。
「あんた、あんたが神具狩りだろ?
あんたを迎えに来たんだよ!」
その男にそう声をかけられるが、状況が飲み込めない。
俺は答えずに、ギルド内を見渡した。
見渡せば、フィリアと同じ白い制服を着た兵士たちがまばらに……無精髭と同じく、赤い布を腕に巻いたやつらと混ざっていた。
「――カミュ様!
あなたたち、どういうつもりですか!?」
あの金髪の貴族――ここの領主カミュは、何人かに取り押さえられている。
それを助けようとフィリアが走り出せば、それを、フィリアの仲間だろう、白い制服の兵士たちが立ち塞がって止めに来た。
「フィリア先生、止まってください!」
「私たち、この男のやり方にはうんざりなんです!」
「神具を手にしたみたいですね……フィリア先生、こちらについてください!」
「もう革命は成しました。あなたを敵にしたくない!」
クーデター……
どうやら、革命軍と兵士たちは結託し、領主のカミュに反旗を翻したらしい。
「やぁああ! やめろぉおおおお!!」
――俺が状況を飲み込み始めた時。
テーブルの上に、領主のカミュは仰向けに寝かされた。手足は押さえられ、頭の方には斧を持つ大男が……どうやら、処刑の時間らしい。
「――どうする?」
サンゲンの問いに、俺はギルドの受付に向かいながら――答える。
「まずは税金……契約のポーションだろ?
それに状況から見て、ギルドも、うちの女たちも、たぶんみんなグルだろう。」
緊迫した状況を背中に、受付へ……
この状況の中でも、刻印に縛られた俺は、淡々と、事務的に契約を果たすのだ。
それに、ギルドマスターには、ポーションを渡すついでに聞きたいことがあった。
「ずいぶんと賑やかだな?」
「……そうですね。この状況で冷めていますね。
ガムさんや、あの情報屋に聞いていた通りのお方のようだ。
――ポーションが十八個ですか? 中でだいぶ暴れたようで?」
ガム、情報屋、ティクト……
あの無精髭の男たちは、革命軍だろう……
グラッツ領と同じ形でのクーデターだと、なんとなく判断がついた。
契約のポーションを納めていると、男の叫び声が……言い争う声が聞こえてくる。
「やめろおおおお! なんで俺がああああ!?」
「そりゃあ、あんたの日頃の行いが悪いからさ!」
「ふぃ、フィリア! 神具を取り戻したのか!?
そ、う裏切り者を殺せ! 私を助けろ!」
「あなたたち、どきなさい!!」
「フィリア先生! あいつを助けるなら、私たちを殺してからにしてください!」
そんな、激しいやりとりを後ろに――俺とギルドマスターは、静かな会話をする。
「……ポーション半分を納めろとは、酷いとは思いませんか?」
ギルドマスターの質問に、俺は答えつつ、相手の真意を探ってみた。
「あんたは税金が不満で、これに加担したのか? ――あんたたちは国の犬じゃあないのか?」
「ええ、私たちは犬……給金で生きています。それでも、私たちだって税金はあるんですよ。」
――会話の間に、声が割り込む。
「フィリア先生! あいつの味方をしないでください! あいつのしたこと、先生も知っているでしょう!」
「やめろお! はっ、離せぇええええ!!」
振り向けば、大男が斧で、カミュの首に狙いを定めていた。
「なああ! 何が!? 何が不満なんだ?」
処刑寸前の男は、必死に叫ぶ。
その問いには、ギルドマスターが答えを返した。
「税金が、高過ぎるんですよ!」
あまりに即物的な答えだ。
なのに、周りからは同意の雰囲気が……
――カミュは必死に言い返す。
「税金は、お前たちのためにあるんだ!
お前たちの給金は、そこから出てるだろ!?」
「庶民には関係無い話だなぁ。」
カミュの弁論に、割って答えるのは無精髭――おそらくは、革命軍のリーダーだろう。
「しょ、庶民にだって、税金は使われている!」
仰向けに寝かされ、今にも首を斬られそうな男は必死に反論……それに対して無精髭は、にやけたような声で返してゆく。
「道の整備だって税金なんだぞ!」
「馬車が通れるように綺麗にすることかい?」
「そ、そうだ!」
「馬車なんて、俺たち貧乏人には使えねーよ!」
「……っ、い、医者にも金を払っている!」
「年寄りの相手に忙しい医者か? 働き盛りの俺たちには縁がねえなぁ……」
「お、お前だって……親がいるだろ?」
「貧乏人は働き詰めさ。休日は、医者も休みだしなぁ〜」
「こ……子供にだって税金は……」
「あんたみたいなイケメン貴族様と違ってよ、俺みたいな貧乏人は、女にゃ相手してもらえねえんだなぁ〜」
――それは、無精髭。
お前に、清潔感が無いからだろう……
「……ぅ。お、お前たち!
お前たちの給金は税金だ! 治安を守るために税金を払っている! 何をしているんだ!」
無精髭に言い負かされたカミュは、今度は狙いを変えて、裏切った部下たちを叱咤する。
「治安じゃない! あんたのためだろう!?
コネのあるやつばかり出世して、俺たちは安月給だ。しかも今度は戦争だ? 大概にしろ!」
だが、そう言い返す、元部下たち。
カミュは最後の希望にと、その元部下たちに足止めされている、フィリアに向かい訴えた。
「フィリアぁああ! 助けろ! 契約の刻印があるはずだ! お前、俺の神具を持っているじゃないか? その代わりに忠誠を誓ったはず!
――契約を果たせぇええええ!」
それを聞いた俺は、ふと疑問に思った。
「わ、わかってらいます、カミュ様!
あ、あなたたち、ど……どきなさい……」
「どきません! フィリア先生、行くなら私たちを斬ってください!!」
「斬れぇえ! フィリアぁああ! そんな裏切り者たちなど斬り捨てて、私への忠誠を示すのだ! 契約を果たせぇええええ!」
その喧騒に対し、俺は体ごと振り向いた。
そして、処刑寸前の男を見る……
テーブルの上……カミュの顔は、こちらを向いていて、その時、ちょうど目が合った。
「――なあ、聞いていいか?」
自分が部外者とはわかっていたが、つい声をかけてしまった……だけど、俺の声にギルド内が静かになる。
――だから俺は、言葉を続ける。
「なあ、あんた……税金は他人から取ったものだし、神具は親から受け継いだものだろう?」
「そうだ、お前の金じゃない!
なのに、なんでお前が偉そうなんだ!」
「あなたは契約をわかっていない!
自分のものでも無いものの対価に、忠誠などと……交換できるわけの無いものを!」
俺の発言をきっかけに、周りから責めたてる声が……カミュは涙目になり、黙っている。
だけど、責めたかったわけじゃない。
俺は、責めたかったわけじゃないんだ……
ただ、俺自身のために――
「俺自身を正当化」する言葉を聞きたかった。
「――なあ? 他人から盗ったものを、他人にただ流すだけで……それは、契約を果たしたと言えるのかな?」
――俺は、問いかけた。
命を奪われる寸前の男に……
神や、正義を知る者なんかじゃない。
この男ならば、例え偽りでも、俺自身を認めてくれる言葉が聞けると、期待した……
「他人から奪ったものを、他人に渡すだけで……それは、何かを為したと言えるのだろうか?」
――俺の問いに、カミュは答えない。
「弁明は終わりかぁ?
お前は何もしていねえ! お前のやったことは、ただ建前だけの、自分勝手な欲望を満たすだけの行いなんだよ!!
――お前は『悪』だ! 死ねぇえ!!!!」
無精髭の声と共に、断罪の斧は振り下ろされて――赤い鮮血と、金髪の男の顔は飛んだ。
「か……、カミュ様ぁああ!!」
「あっさり死ねただけ、マシだったなあ!!」
「自業自得よ! さよならエロ貴族!」
「ヒャッハー! 正義は勝つだぜ!!」
――それこそが、問いへの答えだった。




