迷宮の覇者3
地下七十七階からは、フィリアは観念したようで、もう大人しくついて来る。
三人まとまって歩けば、完全に魔獣たちには襲われず、ただ歩くだけで、迷宮の奥へと進むことができた。
「ここが、噂の魔徒の部屋……」
黙っていた彼女が口を開いたのは、最後の試練の手前――地下九十八階の部屋だ。
小さな部屋だが独特で、壁や床に「人の形」をした凹凸がある。
フィリアはその凹凸の、一人の――苦しみもがく人の顔を撫でながら、悲しい顔。
そして、俺へと問いかけた。
「この魔徒たちは、元は人だったのですよね?」
「そうだよ。
魔徒は、人が魔黒竜に噛まれて転じる。その魔徒がさらに、人を魔徒に変えていくんだ。」
――世界は段々と、侵されている。
東の地には、もう人は、ほとんどいない。
迷宮は侵され、魔獣の巣窟になってしまった……
そのまま、地下九十九階の大空間へと、俺たち進む。
最後の試練が待つ大部屋には、白い蛇の姿をした神獣が待っていた。
蛇といっても丸太のような太さ。体長もそれに合わせて、かなり長い――大蛇だ。
「俺が、あいつを魔獣に変えてやる。
神術も効きやすくなるから、そうなったら――お前がトドメを刺せ!」
フィリアにそう命じてから、俺は魔黒竜の牙を片手に、大蛇へと挑む。
魔黒竜の牙を刺せば、この大蛇も魔獣に変えられる……
そこからフィリアに倒させ、彼女を攻略者にする――そういう作戦だ。
そう考えて、俺は一息で大蛇へと走った!
だが、大蛇はまるで鞭のように素早く動き、攻撃が当たらない!
その白い体は、空中を自由に移動する。
通常の蛇なら、地をうねうねと這うものだが、この蛇は常に攻撃時のように、素早い動きを見せ、その起点となっている半身は、常に俺から離れた場所に持ってきている。
――前後に囲んで狩るか?
そう思い、サンゲンを呼ぼうかとした瞬間に、大蛇が一瞬動きを緩めた。
俺はチャンスだと、魔黒竜の牙を突き刺しに突進する!
――その時だ。
大蛇の白い体に無数にある、小さな黒い点が、輝いてみえた……
「――ゼノ!!」
フィリアの声が聞こえた瞬間には、俺はもう光の中に……サンゲンが俺を抱えて、神具の壁を展開している。
その中で、ほんの刹那に目に入った大蛇の姿は、全身から剣のような無数の棘が飛び出した、恐ろしい姿だった。
「ぬぅう……」
俺を腕に抱く大男が、悲痛な呻きを上げている。
大蛇から距離を取った所で着地した男の手は、力を失って俺を離した……
そのまま地面に倒れ込む、サンゲン。
「だ、大丈夫ですか!?」
フィリアも駆け寄ってきて、二人で倒れたサンゲンを見れば、横腹の辺りから流血し、力無く倒れ込んでいる!
「ゼノ、さっきのエリクサーを!」
「ああ、早く飲ませないと!」
「あ、あの棘には毒があるようだ……くっ、喰らえば全身の力を、う、奪う猛毒だ。
か、体のいうことがきかぬ……。む、娘さん……え、エリクサーを、口移しに……」
「蛇が来ます! 私が相手を――その隙に!」
「わかった! フィリア頼んだ!」
「……あっ、娘さん……え?」
俺はエリクサーを口に含み、動けないサンゲンの口へと流し込む。
エリクサーは万能の秘薬――神獣の猛毒からすら、回復させてくれる!
俺が口移しでエリクサーを飲ませれば、サンゲンの体から神術エネルギーが溢れて、その効果が発揮されたのが見て取れた。
そして、サンゲンは体を起こしたが、まだ少し青い顔をして、呟いた。
「お主、色々と突っ走り過ぎなんだよ……
ここは、あの娘に任せる場面だろうが……」
「そうです、ゼノ! ここは私一人で十分!
あなたの力など要りません!!」
強気なフィリアはそう言って、大蛇と一対一で対峙しているわ、
鞭のごとく走る、白い閃光のような大蛇の動きだが、互角の速度で彼女は動き、相手が緩んだ瞬間に斬りかかる!
しかし、その大蛇が動きを緩める瞬間は、大蛇の体から毒の棘が飛び出す瞬間だ。
白い制服を着たフィリアは、その三つ編みを靡かせながら、蛇から離れる横っ飛び!
ギリギリで、その攻撃をかわしてみせる!
――そんな攻防が続く。
サンゲンの回復を見て、やはり最初の作戦を取ろうと、俺はフィリアに呼びかけた。
「フィリア、一人じゃ無理だ!
俺たち二人で、先ずはなんとか――!」
「いぃぃえ! 私一人で十分です!
あなたはそこで見ていなさい!」
だが、フィリアは強気に返した。
そう返して、フィリアは刀を鞘に収めた。
そして先と同じように、大蛇と対決――飛び込んでは、棘を避けて飛ぶを繰り返す……
「ど、どうする気だ?」
「ゼノ、とりあえず見ておけ。
あの娘、お主が思うよりきっと強いぞ。」
サンゲンと二人傍観すれば、大蛇の動きが緩んだ瞬間に、また、刀を持たないままでフィリアは突っ込む。
大蛇は無数の棘を出し、そして、瞬時に仕舞い込む。
――が!
今度は大蛇から、フィリアは大きく離れてはいなかった。
棘の届かないギリギリの位置で立ち止まり、しゃがみこんで、まだ抜かれていない刀を握っていた。
――いや?
刀を抜いて……、いつ、抜いた?
俺は不思議な感覚で彼女を見ていたら、大蛇は緑の血を吹いて……斬られて、その頭を落としている。
フィリアはゆっくりと歩き、地面に落ちたその頭に刀を刺す――トドメを刺した。
「――見えたか、サンゲンさん?」
「いいや、わしにも見えんかった……」
「目、開けてたか?」
「殺すぞ。」
そうして、地下九十九階の神獣は、その姿を消し去った。倒したフィリアは、こちらに颯爽と歩いてくる。
その後ろで……
空間の中央が光った。
迷宮は一人の剣士により攻略され、その宝物庫への階段を出現させたのだ。
螺旋階段を降り、迷宮の最奥へと――
地下百階の部屋も、白く輝いてはいるものの、小さくて、あまり特別感は感じない。
昔は金製の武器たちが並んでいて、それは煌びやかな光景だったらしい……が、今はたった一振りの、刀が飾られているのみだった。
フィリアがこちらに目配せをした。
俺が頷きだけで答えれば、感慨深そうに、その刀を手にとった。
――嬉しそうに、神具を手にする彼女。
彼女のその姿に、俺はかつて迷宮を攻略し、神具を手にした者たちを重ねる。
努力して、苦労して……ここにたどり着き、報われた瞬間に違いない。
目の前の彼女を見て、魔神と戦って欲しいとは思わない……かつての冒険者たちだって、何の違いも無いだろう。
――そんな彼らを、俺は殺してきた。
俺は彼らから、この努力して、苦労して、掴んできた宝を横取りしてきたのだ。
神がいたならば、きっと裁きは下される。
正義に仇なす、悪として……




