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氷河期ダンジョン  作者: 賽子ちい華
第二部 ――覆った世界――
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迷宮の覇者2


 追ってくる追撃者に、俺は気を配りながら、迷宮を走っていた。


 魔黒竜の牙を持つ俺たちに、魔獣たちは襲わってこないが、後ろを追ってくる彼女には、彼らは容赦なく牙を剥くからだ。



「あの娘、やるのお……良い腕じゃ。」


 ――だが、心配は不要みたい。


 同行者の達人が認める通り、彼女は相当な実力の持ち主で、彼女はその刀を一振りするだけで、一撃で魔獣たちを屠っている。



「待ちなさい、ゼノ!!」


 あまり近づき過ぎると、俺まで屠られそうな気合いを感じるほど、剣客としての彼女は一流だった――



 初めてパーティーを組んだが、俺の隣を走る達人は、かなり危険な思考の持ち主だ。


 普段は穏やかなフリをしているくせに、ここでは段々と、ボロが出てきている。


 フィリアのためにある程度、前にいる魔獣を減らしておきたい。


 だから、先にいる魔獣の中でも、特に強力なやつだけは、サンゲンに倒してもらっていた。


 ――だけど、男は呟く。


「神具を使って、しかも不意打ち。なんの歯応えもないのぉ、つまらん……」


 そんな、戦闘狂の呟き……



 ――この男は、バケモノだ。


 かつて、迷宮を闊歩していた神獣たちを、弱点となる魔術も使わずに、一人で、拳だけで倒していたという話を聞いた。


 その戦闘狂ぶりを、より確信させられたのは、地下七十七階でのことだった……



 神竜の居る空間へ入ろうとする手前、神具を壁に立てかけながら、サンゲンは微笑んでいた。



「サンゲンさん、盗られる心配は無いだろうが、神具を放置するのはどうかと……」


「なんだ、知らんのか?

 神竜様の部屋へは神具は持ち込めんぞ。」


「へぇ、知らなかった……というか、何回か入ったことがある口振りだね。――それに、あんたが神具を持つのは、その矛が初めてだと思っていたけれど……?」


「入ったことは何回もあるぞ。特にウルゴ様のご子息、ハルケン様と一緒にな!

 神具はハルケン様が持っていたから……それでな。二人で神竜様の攻撃に耐えながら、エリクサーを持ち帰るのは、楽しい遊びだった!」



 何回もって……遊びって……


 二人とはいえ、あのマルスさえも残念したというエリクサーを、何度も持ち帰るとは……


 この男と、ウルゴさんの息子か……


 この世界には、こんなバケモノが、いったい何匹いるんだろうか……。



「はぁ、はぁ……あなた、わざと私がついて来れるように走っていたでしょ。魔獣の数も少なかったし……」


 そんなところで、フィリアが追いついてきた。――さすがにここまで、四半日も迷宮を走ったのだから、彼女も息を切らしている。


 彼女は俺へと刀は向けてこずに、一つ疑問を投げかけてきた。


「はぁ……な、なぜ、ここで止まったのです?」


 それには、当たり前の一言を返しながら、光のカーテンに向かって歩く。



「そりゃあ、エリクサーを貰うためだよ。」


「ば、バカですか!? 死にますよ!!」



 そう叫ぶフィリアには構わずに、白い空間へと踏み入った。



「ゼノか……まだ死んでなかったのか?」


 ――入れば、いつもの声が降り注ぐ。


 広大な白い空間の上空を、輝く四本の翼を広げ、神竜は優雅に飛んでいた。



「ほう、本当に神竜様が話をされとる。

 しかも確かに襲ってこん……つまらんの。」


「ゼノ、お前、そのハゲは!?」



 空を見上げ、隣で呟く同行者を見て、珍しく、神竜は少し焦った声を出した。


 ――俺はそれに問いかけた。



「……この人を憶えているのか?」


「ヒゲとハゲのコンビ。お前の次にウザいヤツらだ!」


「エリクサーを取りに来る人間なんて、ほかにもいるだろう?」


「我に攻撃を当ててくる不届者は、滅多におらんからな!」



 やはり、サンゲンとウルゴさんの息子は、相当な実力者なのだろう。――上空の神竜に、攻撃を当てるなんて……上空……


 ちょっとだけ、マルスに殺されかけたあの日を思い出し、体が震える――



 俺は自身の震えを神竜に重ねて、労いの言葉を伝えてみた。



「攻撃されるなんて、仕事ながら災難だな。」


「我を魔獣に変えようとした、お前が言うな!」



 そんなやりとりを交わしていたら、後から入ってきたフィリアが、ビクビクとしながら近づいてくる。



「神竜……襲ってこないの……ですか?」


「――まぁた女か! 何人目だ!」



 不安そうな声を上げ、俺に寄ってくるフィリアを見ると、神竜は今度、怒鳴り声を上げる。


 ――女かどうかは関係ないと思うのだが?


 フィリアを迎えに行きながら、俺は、その怒鳴り声に対して、事情を説明した。



「そっちのサンゲンさんに、神具は渡した。

 この子には、この迷宮で攻略者になってもらって、神具も手にしてもらうよ。

 この前、俺も知ったのだけど、うまく、ほかの神具持ちたちに協力を得られたのなら、今は半分の神具が集まっているらしい……」



 そう説明しながら、俺はフィリアの手をとった。――可愛いらしく震える彼女……


 神竜に怯えているのもあるが、内心は俺のことを敵視していないのはわかっている。


 俺が手を握って歩き出せば、彼女は素直についてきてくれた。



 そうして、エリクサーの置いてある台まで歩いていたら、いつもの嫌味が始まった。



「協力ぅ? 独りよがりのお前がか……?

 ハハハハハハッ!! 何を夢見ているんだ、ゼノよ! 神具は半分中途半端! お前の持つ絆も中途半端!

 お前はその中途半端な志で、その娘も、そこのハゲも、世界すら犠牲にするんだよ!!」



 相変わらずの嫌ごとは無視し、俺はエリクサーの元まで歩いてゆく。


 そんな俺の反応が気に入らないだろう神竜は、ゆっくりと近寄ってきた。

 


「――あのぉ、神竜様。」


 また、嫌味を言われると思ったが、神竜は呼ばれて、俺から視線を変える。


 入口の所で、ずっと神竜を見上げたままだったサンゲンが、神竜に話しかけたのだ。



「わし……私は魔神を討ち倒すために、これまで鍛錬を重ねてきました。技を極め、魔神に支配された今の世界でも、魔神と戦う神具の持ち主たちに、その技を伝えております。

 おこがましいかと思いますが、迷宮を守っておられる貴方様と同じ志を持っております。」


 ――丁寧なサンゲンの言葉。


 それには神竜も、柔らかな対応を見せる。



「ふむ……お前がここに来るのもそのためだと、我も気づいていた。

 ――だが仕事なのだ、許せよ。」


「いえ、もったいないお言葉です!

 私はこの世界で、暗い雲を払い、光を取り戻すために、諦めずに生きて参りました!!」


「良い心がけじゃ。神もいらっしゃったのならば、きっと、お喜びになられるだろう――」



 なんだか、わざとらしいやり取りだ。


 そんな言葉遊びには、巻き込まれないように、俺は黙って歩く。


 だけど、視線を感じてしまう、

 サンゲンが、俺の方を見ていた。


 そしてまた、神竜に……

 いや、俺に聞かせるように話しだす。



「そんな日々の中で、あるとき黒い虫に出会ったのでございます!

 私が光を取り戻すために必死に生きている中で、なんとその虫は光を諦め、闇の中でカサコソと生きているのでございます!!」



 俺には、何を言っているのか理解できた。


 神竜にもわかったようで、笑っているような表情で、続きを待っている。



「この虫はゴミを漁って生きておりましてな。闇から闇に、這いずりまわっております。

 光は怖がって、その下に出てこない――」


「ハハハハハハッ!! いいぞ、続けろ!!」



 自分の代わりに嫌味を言うサンゲンに、神竜は上機嫌だ。


 サンゲンは、そのまま喋り続ける。



「そいつは下ばかりを見て生きているのです。

 ガラクタやら、食べカスやら、僅かな光の中にそれを見つけては、必死に拾って生きております――上を向く志など持っておりません。」



 その言葉でついに、神竜は大声で笑って、俺に嫌味を言ってくる。



「ハハハハハハッ! (ジー)か!? (ジー)のことか!

 お前は、忌み嫌われる「あの虫」だとよ!

 ピッタリだ! お前にピッタリだなぁあ!」



 神竜の笑い声に、もう一つ笑いが混ざる。

 サンゲンも一緒になって、笑い始めた。



「はっはっ! 笑えるでしょう!

 その地面に這いつくばって生き、下しか見ないその虫を見つけた時、私も笑いが止まらなくなりました! ああ、笑える――」



 ――手を強く……

 握り返されたのに、気づいた。


「ゼノ……」


 ――フィリアが、小さく呟く。


 笑われるのには、慣れていたつもりだったが……俺はつい、フィリアの手を握る、自らの手に、力を入れてしまったようだ。

 

 謝るつもりで彼女の方を振り向けば、憂いを帯びた彼女の青い瞳が……もう一つ、遠くから見つめる、青い瞳があった。


 サンゲンもまた、珍しくその目を大きく開いて、俺の方を見つめていた。



 ――意志を宿した真っ直ぐな瞳――



 ――そして、彼は大声で言った、


「――ああ、笑える。

 神竜様も笑えるでしょう。まさか、私たちが探していた、神が残した希望の光が、こんな、黒い光だったなんて!」



 その言葉の後は、沈黙が流れた。


 機嫌の良い笑いを止めた神竜は、今度は不機嫌な声を放つ。



「――意味がわからん!!!!」



 俺の心と一致する、神竜の怒鳴り声。


 その声に負けない大声で、サンゲンはさらに叫びを上げた。



「いや! 貴方にはわかるはずだ!

 ――貴方はとっくに気づいているはずだ!

『神が与えし試練の迷宮』を、誰が攻略するのかを! 迷宮の主人であり、神の一番の(しもべ)であり、私と同じ志を持つ貴方が、気づいていないはずは――無い!!」



 ――意味のわからないサンゲンの言葉。


 だが、神竜は言葉を失ったように、黙り空に停止した。


 そして、感情が弾けたように、今まで聞いたことも無い大声を上げるのだ!!



「――出て行けぇええええ!!!!」



 ――空間が震える!


「気分が悪い! 出て行けぇええ!!!!」


 雷撃が、声とともに放たれる――空間全てを満たすような、雷の嵐!


 俺はその中を、なんとかエリクサーを回収し、フィリアを抱え、出口へと突っ走る!



「ハハハッ! やはりこうでなくてはなあ!」


「バカか! 神竜怒らせて何がしたいんだよ!」



 ――サンゲンはこの状況に大笑いだ。


 逃げ出しわ空間を出れば、雷撃は襲ってこないが、怒る神竜の声は聞こえてくる。


「ハゲぇええええ!!

 次来たら、殺してやるわぁああ!!!!」


 その声には、声だけで恐怖を感じた。


 とにかく俺たちは、下の階に逃れる!


 声が聞こえなくなる場所まで走り逃げ、そこで立ち止まって、やっと息をついた。



「はぁ……はぁ……。

 やめてくれよ。神竜に嫌われてしまっては、エリクサーを貰えなくなってしまうだろ。」


「嫌われる? 無いだろう?

 神竜様は逆らえない。この神の迷宮を攻略する……お前にはな。」


「――意味がわからない。

 神竜が俺を襲わないのは、『契約』があるからだ。それに、この迷宮を攻略するのはフィリアだよ、俺じゃない……」



 ――そんな会話を交わした後。


 言葉通り、フィリアを攻略者にさせるため、俺たちは三人で、迷宮の最奥を目指したのだ。





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