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氷河期ダンジョン  作者: 賽子ちい華
第二部 ――覆った世界――
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新たな出会い2


 刀の形の神具を奪い、協力者と待ち合わせしている大通りへと走る。


 追っ手はあったが、達人から教わった技を使った、俺の走り――ついてこれる者は無く、あっさりと、その通りまで到着できた。


 大通りには人や馬車が行き交っていて、戦争前の慌ただしさを感じられる。


「ゼノ、上手くいったようだな!」


 そんな通りの向こうから、協力者の達人、サンゲンが呼びかけてきた。


 この通りを渡り切り、彼に神具を託せば、あとは二手に分かれ、さっさと逃げるだけ。


 それで、俺は慌てずに、行き交う人の間をゆっくりと歩き、大通りを渡ろうとした。



 ――だが、途中で立ち止まる。


 それは、変な光景を目にしたからだ。


 女が……白い女が、そこを歩く人々にぶつかりながら、よろよろと舞っていたのだ。


「あんた、何してる!?」


 修道女というには高級な、ドレスに近い、真っ白な衣装を纏ったその女は、人にぶつかっては、手や尻もちをついている。


「だ、大丈夫かよ?」


 白いベールと一体化するような、白銀の髪。


 女は俺の声に気づいて、その絹糸のような髪の間から、栗色の瞳をこちらに向けた。


 人混みの真ん中で立ち止まり、キョトンとこちらを見て立つ姿は、花嫁にも見える……


「そこにいちゃ危ないぞ!」


 そう声をかけると、女は微笑む。


 ――そして、何を思ったのか?

 その、白いスカートをめくり始めた。


 白い(あし)が見え、白い(ふともも)が見え、白い――



「何をやっているんだ、あんた!?」


「やっぱり見えるんですね!」


「見せているのは、お前だろう!!」



 そこに、馬の足音……!


 人々が居なくなっているのに気づけば、通りを一台の馬車が、走ってきていた。


 俺はダッシュし、轢かれそうになる女を抱き抱える! 


 そのまま通りを抜けようとしたが、持っていた神具が馬車に当たり、手放してしまった。



「ゼノ、何をしてるんだ!?」


「くっ、そ……」



 神具は地面に落ちると、そのまま地面に吸い込まれていく――迷宮へ戻っていく!



「ゼノ、お前一人で何をやっているんだ!」


「一人!? この女がいるだろう!!」



 白い女を抱えて、通りを走り抜けたら、サンゲンが寄ってきた。


 俺は、腕から白い女を降ろす。

 ――ニコリと微笑み、礼をする女。


 少しタレ目がちな瞳が、穏やかな微笑みに良く似合い……その微笑みは、若い見た目とは裏腹に、母性的だと感じられた。



「ゼノ、何を見てるんだ?」


「は?」



 サンゲンの言葉に驚き、彼を見たが、糸目は真っ直ぐ真剣……真顔で、言ってきている。


 俺は女を指差し、まさかと思いながらも聞いてみた。



「――見えないって言うのか?」


「お前の指差す先には、何も無いぞ……」


「目を閉じているからだろ!!」


「わしの目は元々、細いんじゃ!!」



 言い争いをして、また女の方を見れば、いつのまにか彼女は消えていた……


 ――俺はもう、言い返せない。



「……くっ、すまない。」


「幽霊でも見たんじゃないか?」



 幽霊……確かに、女の体は異常なほどに軽く、透き通った白い肌も、神秘的だった。


 女が幽霊にしろ、何にしろ、神具を失ったことには変わりは無い。――神具は、この土地の迷宮へと戻っているはずだ。


 ――こうなっては、仕方が無い。


 予定外ではあったが、このアルベート領の迷宮に、俺は潜ることになったのだ。

 







 迷宮の入口……ギルドへ向かうのに、サンゲンとは二手に分かれた。


 やはり、俺の黒マントを見つければ、追い立ててくる衛兵たちが湧いてくる――


 追っ手を撒きながら街を進んでいたら、小さな路地に……


 ――白い女!


 そしてまた、その家々に囲まれた路地の中、あの、白い女を見つけたのだ。


 そこには、小さな女の子を抱える母親と、横に立つ男の子が。――その傍らに屈みこみ、女の子の頭を撫でる、白い女を目にした。


 ……あれは?


 だが俺は、その白い女の幽霊以上に、母親の抱く、女の子の姿が気になった。


 母親も、男の子も、白い女も……


 ぐったりとして母に抱かれている、小さなその女の子に注目している。


 ――髪が石化している!?


 石になる子供が、こんなところにも……


 俺は、カバンからエリクサーを取り出しながら、すぐに、親子の元へと駆け寄った。


 近づけば、白い女はこちらを見て、すっと立ち上がり、浮かぶように去ってゆく……


 ――だが、構う暇は無い。


「診せてください!

 ――俺なら、その子治せます!」


 怖がられると思ったが、栗毛に白髪の混じるその母親は、瞳を潤せ、何も言わなかった。


 ――石化を……彼女の不安も消さないと。


 女の子は母親に抱えてもらったままで、俺は口移しにエリクサーを飲ませてみる。


 石になる子供へは、ゆっくりと、少しづつでしか、エリクサーも効果はない。


 時間を掛けて飲ませたら、女の子の意識は戻り、石化した部分は消えてくれたのだ。



「あ、ありがとうございます。」


「おにいちゃん、ありがとう!」



 母親と、その横に立つ男の子が、お礼を言ってくれる。――俺は、それに言葉を返す。


「いえ……たまたま症状を知っていたので。

 これで完全に治るわけじゃないですから、この薬をもらっておいてください。」


 そう伝え、母親に残ったエリクサーを渡す。


「偉いね、お礼を言えて。名前は?」


 男の子にはそう名を尋ね、頭を撫でた。





 ――そうしていたら、足音が聞こえた!


 追っ手に気づき、俺は壁の間に身を隠す。


 暗がりでマントを被り息を殺せば、衛兵たちは気づかない様子……


 衛兵たちは母親へと質問をしていたが、彼女は俺をかばって、嘘をついてくれたようだ。



 兵士たちが去った後で、彼女は言った。


「こちらへ……私たちの家に来てください。」





 ――巻き込む気は無かった。


 だが、言葉に従い、母子の家に上り込む。


 エリクサーを渡し、飲ませ方や、旧バティスタ領にある教会のことを伝えたかったからだ。



「ゼノさん、本当にありがとうございます。」


「いえ、俺も匿っていただいて……」



 母親は教会の噂を知っていて、近々向かおうと考えていたらしい。


 ここから教会に向かうのに、スターリン領を通り抜ける際の役に立てばと、自分の名前を伝えておいた。



「ゼノお兄ちゃん、遊ぼう!」


「いいよ、クリス。でも外は嫌なんだ。

 冒険のお話を聞かせてあげよう。それでいいかな?」


「うん、いいよー」



 クリスという、男の子。彼が懐いてくれたので、俺は彼と話をする。


 少し時間を潰して、やり過ごすのもアリかと考えていた。



 クリスに一つ、お話を話し終えた頃。

 扉が開く音がして、声が聞こえてきた。


「お母さん、ただいまー」


 ――若い、女の声だ。

 なんとなく、聞き覚えが……


 入ってきたのは、二十歳くらいの娘。


 動きやすそうな白地の制服に身を包み、刀を携えた三つ編みのポニーテール――


「な、なんであなたがここに居るんです!?」


 栗色の長い髪をなびかせ、ひとっ飛びで、俺の前まで――娘は、刀を抜いて臨戦態勢だ!


「フィリア、待って! この人は……」


 母親が慌ててやって来て、娘の前に立ち、なだめてきれる……フィリアという娘は、母親から事情を聞いて、刀を収めてくれた。


 だけど。俺の前に立って睨んでくる。

 力強い――その青い瞳が可愛らしい。



「あなた、神具はどうしたのです!!

 ――それに、そのエリクサーは、どこで手に入れたのです!!」


「さあな、答える義理は無い。」



 衛兵らしい質問には、意地悪に返した。

 すると彼女は、困った事を言ってくる。



「妹を助けてくれたことは感謝します。

 しかし、盗んだ物は受け取れません!」


「おい、その子は症状が進んでいる!

 エリクサーが無いと、バティスタ領の教会までの旅路さえ危ういぞ!」


「いりません!

 ――悪の施しは受けません!」



 コイツっ……めんどくさいタイプだ。


 そういう性分の女だと気づいて、俺は仕方なく、説得を試みる。



「俺は犯罪者だが、このエリクサーは正規のルートで手に入れたものだ。受けとれよ。」


「正規のルート?

 余程の金持ちが一生をかけて、やっと買えるくらいの品ですよ。あなたにそんな甲斐性があるわけないでしょう!」


「甲斐性は関係ないだろう!」



 俺たちが言い争うと、母親が間に立って、笑顔で制した。


 それで俺は冷静になって、彼女と「交渉」をすることに決めたのだ。



「なあ、俺の言葉を信じられるように、俺と契約を結ばないか?」


「契約!?」


「俺は、『契約の刻印』を使えるんだ。

 信じてもらえるように、俺はこの家を出るまで、お前の質問に、嘘なく答える――そういう契約をしようじゃないか。」



 持ちかければ彼女は目を丸め、しばし考えた末に乗ってきた。



「契約……あなたの要求はなんですか?」


「ん? そりゃあ、エリクサーを受けとってもらうって要求だな。」


「それは妹のためでしょう。ちゃんとあなた自身の要求で無ければ、契約――取引じゃない。」



 ――めんどくさい。


 だが、契約の刻印は、双方が納得しなければ発動しない。


 ならばと考えて、俺は要求を伝えた。



「俺は、魔神と戦うために、神具と、その使い手を集めている。要求はそう……お前が神具を手にしたならば、魔神と戦ってくれないか?」


「私はまだ、攻略者じゃない。」


「いつかでいいさ。じゃあ交渉成立な。」


「成立じゃない……神具を手にした者が、魔神と戦うのは当然です――それじゃあ、取引にならない。」


「ほんと、めんどくさいなお前!」


「めんどくさいとはなんですか!?」



 再び母親に制され、互いに頭を冷やす。


 俺は、彼女の欲求を見極めるように、交渉を進めた。


「あの刀の神具は落としてしまって、今はこの地の迷宮にあると思う。欲しいのだろ?」


 兵士の採用試験で見せた、彼女の神具を見つめる瞳――彼女はあの神具に、執着がある。



「あの神具を迷宮から取ってきて、君に渡すから、俺を見逃してくれないか?」


「あれは、あなたの物じゃないでしょう!」


「だが、誰の物でも無い。だから迷宮に戻った。先に手にした者が持ち主だ。」


「私が先に手にしたらどうするのです!」


「君は最奥……その手前の地下八十八階まで潜るのに、三日は掛かるんじゃないのか?

 俺は一日掛からないよ。迷宮に潜る速さなら、俺に敵う者はいないだろう。」



 魔黒竜の牙の効果がある。おそらく、迷宮を潜る速さなら、俺は世界一だろう……



「一日掛からないって……嘘です!」


「嘘かどうかは、契約して確認すればいい。

 まず、俺は信じてもらえないと、話が進まないんだ。」



 そこまで伝えると、娘は黙った。

 そこで俺は、契約内容を伝える。


「契約の内容は……俺は、この家を出るまで嘘をつかない。対して君は、俺を見逃す、エリクサーを受け取る、魔神と戦うだ。」


 彼女は、納得できないといった表情。


 しかしとりあえず、俺は彼女の肩に左手を置いて――契約の刻印を発動したのだ……





「――発動しない。

 やっぱりお前、納得していないな……」


 契約の刻印の発動に意識を込めたが、発動しない。それは、彼女が納得していない証だ。


 問えば、彼女は答える。


「あなたは、信じて欲しいという要求でしょう?

 ――それは、理解しました。」


 青い瞳で真っ直ぐに見て、彼女は続ける。



「エリクサーを正規のルートで手に入れたというのも、迷宮を一日掛からず潜れるというのも信じられませんが、神具を集める目的は、嘘では無いでしょう。」


「どれも嘘では無いが……なぜ、そこだけ信じる?」


「あなたがお金が欲しいのな、エリクサーを売ればいい。神具を盗む必要は無いはず……

 神具を集めているのは、魔神と戦うため。それは嘘の無い、あなたの目的でしょう。」


「なら、それで契約しよう。

 俺は君に魔神と戦ってもらう。代わりに、君には嘘の無い言葉で話そう。」



 そう交渉したが、彼女は返した。


 その青い瞳で、薄っぺらい俺自身を見透かすように見て……彼女は断るのだ。


「あなたには、私欲が無い……

 本当に正規のルートで手に入れたものならば、エリクサーは嬉しい。感謝します。神具を持ったなら、魔神と戦います。

 だけど、それだけだと、フェアじゃない!」



 ――コイツ、マジでめんどくさい!



「じゃ、じゃあどうしろって言うんだ!?」


「あなたの……あなた自身の要求を言いなさい。

 もう一つ、あなた自身の願い事を!

 私にできることなら、なんだって聞いてあげましょう。」



 ――本当に、面倒な女だ。


 だが、彼女に言われて考える。

 今、俺自身が叶えたい願いを……


 真っ直ぐに見つめてくる、彼女の顔を見ながら……俺は、考えていた。


 女らしい輪郭に……可愛らしい耳……


 耳の後ろの髪は、後ろに持ち上げられて、その生え際には、ふわりとした産毛が見える……


 俺は……


「な、なにを!?」


 無意識に、右手が彼女の耳に伸びていた。


 赤くなる彼女を見つめながら、俺は、俺自身の願い事を頼んでみる。



「なあ、君のお母さんにも、お願いしないといけないし、君の体を使わせてもらうお願いなんだけど……それでも大丈夫なのか?」


「きゃあ! きゃあ! やっぱりあなた、フィリアとそういう仲なのね!

 はい! お母さんは構いませんよ!」


「あ、あなた、なっ……なにをする気ですか!?

 ……い、いいでしょう! 言いなさい!」



 息を飲んで、フィリアという娘は宣言をする。


「何でも言いなさい! ――刀を使う剣士に、二言はありません!!」



 ――交渉成立、母親にも了承を得た。


 この娘は、きっと攻略者となり、神具を持つこととなるだろう……


 魔神と戦うための目的……その一つを手に入れるとともに、俺は、我欲に満ちた自らの願いも、叶えてもらったのだ――





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