新たな出会い1
――カタナという名前だったか?
その美しい片刃の剣で、女は鋭い剣撃を放ち、立てられた木の棒を斬り落とした。
「実演は以上です。
採用試験としてこんな風に、木の棒を斬ってもらいます」
――言い終えて、その女が隣に来た。
栗毛の髪をした青い瞳の女は、少女と呼ぶには大人――二十歳くらいだろうか?
「何を見ているんですか?」
彼女の髪が気になって、体ごと向けて見入ってしまったのが不味かった。
彼女は怒った感じでこちらを向いて、その青い瞳で睨んでくる。
「――悪い。
どうやればいいのかと気になって……」
俺は素直に謝ったが、彼女は苛立ちを隠さず、少し声を高くして言い放つ。
「あなた、学園の者じゃないでしょ。
確かに一般からも受け付けていますが、実質は、学園の卒業生以外は採用されませんよ。この採用試験は、そういうもの……
刀を扱えないのなら、即戦力と認められない。だから、受かりはしませんよ。」
ああ、やっぱり……
カタナという名前の武器だったと、彼女の意図とは別のことに、俺は納得をした。
だって、彼女の言うことだって、俺の意図とは違うものだったからだ。
「違うんだ。その髪型――編み込んだポニーテールが気になってしまって……」
「『三つ編み』のことですか!?
これが、どうしたって言うんです!」
「可愛いかったから……すまない。」
「な!?」
自分の勘違いに、気づいたらしい。
顔を赤くした彼女は目を逸らして、向く方向を変えた。
それで終われば良かったのだけれど、俺はつい、質問を続けてしまう。
「なあ、その三つ編みってさ……
一人でできるのか? 難しい?」
だって、可愛い髪型だ。
ラナや女の子たちにやってあげれば可愛いし、きっとみんな喜んでくれるだろう。
「なんなんですか!?
私に取り入っても、木の棒を刀で斬れない限り、採用はされませんよ!」
ああ、そうか……
今は採用試験の最中で、この女は採用側。
気軽に答えてもらえる状況じゃない。
「悪い、あんたも試験員みたいなもんなんだな。
今度、別の『機会』に教えてくれ……」
未練がましく言ってから、俺もまた体の向きを変える。
彼女が見ているのと同じ方向を向けば、兵士を募る採用試験が、始まっていた――
試験会場には、木の棒が立てられている。
それを刀という剣で斬って、その出来で採用が決まる……らしかった。
金の髪、その髪と同じ色の口髭を生やした男がそれを見ている。
その男がこの採用試験の主催者で、俺の狙う相手――神具の持ち主の、貴族だ。
だが、神具はその男の腰ではなく、すぐ隣のテーブルに飾られている。
金の台に載せられた、神具にしては宝石が控えめな美しい曲刀――というより「刀」か……
「あの貴族様は、攻略者じゃないのか?」
「カミュ様は攻略者ではありません。代わりに我々の中から攻略者が出れば、あの神具を使わせてくださります。
忠誠の代わりに、そう私たちと『契約』を結んでいるんです。」
俺の独り言のような質問に、三つ編みの彼女は、そう答えてくれる。
神具を真っ直ぐに見つめている彼女――その青い瞳は、印象的だった。
「あの神具は持ち主がいないのに、迷宮には帰らないんだな。」
「詳しいですね……ああ、あなたは神具に憧れて冒険者になった『冒険者くずれ』ですか?
さっきも言いましたが、刀は使えませんから、あなたは採用されませんよ。もう若くはないんでしょう? ――就職の機を逃しているあなたに、もう『機会』は巡って来ませんよ。」
――少し、小馬鹿にした言い方だ。
彼女からは自信が……刀を扱う技術への自信が溢れている。
だけど……それと共に、他者との競争に勝ってきたことへの、「悲しみ」が感じられた……
一人の若い娘が、木の棒を斬るのに挑む。
俺はその動作を、じっくりと観察した。
華奢な腕から放たれた剣撃は、僅かに引く動作を入れることで、木の棒を斬ってゆく――
だが、その刃は、途中でその軌道を止めてしまった……
「不合格だ。」
「ま、待ってくださいカミュ様! ――斬る技術は、十分にあります!」
「斬れていないから不合格だ。」
「昨日とおっしゃったことが違うではありませんか!」
「昨日に学園でも私は、木の棒を斬れたら合格だと、伝えておいたはずだが?」
「昨晩ですよ!
私の細い身体では丸太は斬れないだろうから、技術さえ見せれば合格にするよと……
そう、おっしゃっていたではないですか!」
女の言葉に、会場はどよめいた。
だが、貴族の男は冷静に返す。
「採用試験は『公平』だよ。
――君の勝手な思い込みじゃないかな?」
「採用を匂わせて、『誘った』くせに!」
男の冷静な発言に、女はキレた。
試験用の刀で、男に斬りかかる!
だけど、瞬時に、俺の隣にいた女が動く!
男と女の間に入り、その凶行を、娘の腹を殴って止めたのだ――いい動き!
三つ編みの女は娘を抱き抱え、目だけを貴族の男の方に向けて、許しを乞う。
「すいません、カミュ様。
この子は私の生徒の一人、どうか寛大なご処置をお願いします。」
「ああ、構わないよ。
私は傷一つ負っていないし、どこかに放り投げるくらいで十分だろう。」
「ありがとうございます……」
三つ編みの女は娘を担ぎ、俺の横を通って歩き去る。――通り過ぎる時、女は俺にだけ、聞こえるように、呟いた。
「この子だって、頑張ったんだ。
だけど、ダメだった……掴む『機会』を逃した者に、もう『機会』は訪れない……」
そんな、悲しい言葉を吐いて、歩き去っていったのだ……
――「公平」とは、なんだったか?
若者のうち数名は、木の棒を完全に斬れずとも、合格した。
おそらく、学園と彼女が言っていた養成所の卒業生の中でも、家柄があるものだろう。
俺と同じ、一般参加の者は悲惨だった。
木の棒を叩き斬る強者もいたが、斬る技術が無いと言われて、不合格。
彼女の言葉は、正しかったようだ。
「おい! 次はお前だ!」
――そしてついに俺の番。
衛兵が高圧的に、質問をしてくる。
「黒髪黒目に黒マントとは、辛気臭い奴だ!
――名をなんという?」
「はい、ゼノといいます。」
「お前、刀を使ったことはあるのか?」
「いやぁ、長い得物は苦手でして……でも、さっきまで見てたから、多少はやれると思いますよ。」
「ハハハッ!
見ただけでやれるなら、やってみろ!」
衛兵や貴族様、それに、合格した若者たちは、一緒になって笑っている。
その前で俺は真剣に、初めて扱う「刀」を握り締めた。
「――ほぉ」
そう……感嘆の声が聞こえた。
俺の構えは、なかなか様になっているらしい。
引いて斬る……そのための握り。――重要なのは、おそらく小指側だ。
俺は小指と足に力を込めて、一飛びして刀を振り下ろす!
――金の口髭の男の驚いた顔。
それが一瞬だけ見えた。だけど俺は、「斬るという動作」に……意識の全てを持ってゆく。
引く動作に集中すれば、肩の肉は抵抗なく斬れて、鎖骨も、気持ち良く斬り裂けた。
――だがやはり、この刀という武器の扱いは、見ただけでは難しいようだ。
肋骨の一本目は、へし折るような形になり、そこからは上手く進まない。
今度は肉も、その繊維が絡んでしまって、上手く斬れなくなってしまった。
絡みつく肉の繊維を、もう、力押しで斬り裂いてゆく――二本目の肋骨と、その下の肉までは無理矢理に斬り裂けた……だけど、三本目の肋骨への刀の侵入角度が悪かった。
斬りきれずに、骨の上を滑って、刀が、飛び出してしまったのだ――
「ぎぃいいぃやぁあああああ!!!!」
中途半端に斬られ、男が悲鳴を上げる。
混乱する会場で、衛兵も、合格した若者たちも、誰一人動かない。
技術があっても、使わなければ、何の役に立つのだろうか?
誰も動かないので、俺はあっさりと、神具である金色の刀を手に取れた。
そして会場を飛び出そうと、動かぬ人間たちを抜けて、走り出したのだ――
――!?
しかし、雷撃が俺の動きを制す。
この人が密集する中で、正確に、一人を捕らえるとは、かなりの使い手だ。
痺れる体で横を向けば、栗毛の三つ編みをした女が、走ってくるのが見えた。
「あなた!? 神具は渡しませんよ!」
刀を構えて、走ってくる彼女。
なんとか痺れる体を動かして、彼女の方を向く――そして、掴んでいた金色の宝刀を、彼女に向かって投げ渡したのだ。
「え?」
――とっさに、彼女は「刀」を受け止めた。
しかし、そこで宝刀から、白い光があふれ出す!
『神具』
神が魔神と戦うために、迷宮の攻略者に与えた最強の武器。
「神具の壁」と呼ばれる、物理にも影響する、神術エネルギーによる防御壁を作り出す。
また、攻略者以外が手にしようとすれば、自動的に神具の壁が発動し、その者を弾くのだ。
「きゃあ!」
三つ編みの彼女は、神具の壁に弾かれて、吹き飛んで倒れ込んでいる。
ほかの者も、呆然として動かない……俺はゆっくりと、落ちた神具を拾って――去る。
立ち去ろうとする俺を、三つ編みの彼女は、睨んでいた……去り際に、俺は一言だけ彼女に告げる――
「一度くらい逃しても、負けたとしても……
――また、『機会』は巡って来るさ。」
――かつて、世界は魔神に敗れた。
俺は、魔神を倒すために作られたという、この、神具たちを集めている。
「もう一度、魔神に挑む」――そのために!




