叶わぬ時代3
「一人の青年が迷宮をゆく。」
――そんな一節から始まる夢物語。
いや、夢物語のような現実の話…………
父は毎晩その物語を俺へと聞かせ、最後に一言こう言うのだ。
「ゼノ。――お前ならきっとこの物語のように、迷宮を攻略できる。」
――薄ら寒い言葉。
残念だね父さん……俺は迷宮を攻略しないよ。
迷宮にはもう神具は無いんだ。
俺が神具を求めて向かうのは、殺伐とした現実の中だ。
誰もが生き残るために必死になり、互いに命を……未来を奪い合う――この世界。
ミリアンとは分かれた俺は、バティスタから神具を奪うために三階の部屋へ。
部屋の扉を開けばそこには……迷宮以上に混沌とした、血生臭い世界が待っていた。
部屋の中は薄暗く、中は人と魔獣でごった返している。
バティスタの親族だろう者たちがいて……彼らは数匹の、熊の魔獣に囲まれていた。
――様子がおかしい。
彼らと少し離れたところ……部屋の奥には白い衣装の男と赤い生き物が対峙している。
白い衣装の男は、領主バティスタだ。
そうわかるのは、溢れる魔術エネルギーと、攻略者、そして貴族の当主らしい威厳を感じたから……
そのバティスタと対峙しているのは、トカゲのような肌質をした異形の魔徒だ。
――俺が部屋に入ると全員が、それぞれこちらに目をやる。
しかし、それどころではないという感じですぐに目を離し、目の前の相手と向かい合っていた。
「異形の魔徒よ……わしの家族を解放せよ。
わしに協力してとりあえずその男を殺せ。
――さもなくば、わしがお前を殺す。」
バティスタから放たれるのは、異形の魔徒を脅す言葉……
「クソな人間と組んだものだ。組んだのなら最後まで戦えよ……」
赤い異形の魔徒は呟きを返し、その支持に従うことなく、意識をバティスタに集中させている。
――おそらく戦況が不利になり、バティスタは家族を連れて逃げようとしたのだ。
同じ立場なら、俺もそうする……
異形の魔徒はその行動に対し、熊の魔獣を操り、家族たちを人質にしているのだろう。
そう考えていた……刹那!
凄まじい速さでバティスタから、何かが放たれるのを目の端に捕らえた。
「――なあ!?」
――異形の魔徒の驚きの声。
それは、自分の配下の死への驚き。
バティスタの家族たちを囲んでいた熊の魔獣たちの頭が……爆ぜるように血を吹き消えた!!
見た目は老人だが、やはりバティスタは神具の使い手。
白い衣装の袖からは金色の鎖――神具の一部が見えていて、その先端の青く光る刃の部分からは赤い血が滴っている。
「バティスタ、きさまぁあ!!」
「お前の相手はわしじゃない。そこの黒マントの男じゃよ……」
互いが互いに命や家族を人質に取りながら、敵同士が殺し合っている状況……
――今、人質たちは解放された。
魔獣たちが倒れたのを見て、バティスタの家族たちは死体の横を通り、バタバタと部屋から逃げてゆく。
異形の魔徒はバティスタを睨み、俺へは殺気を向けてこない……
――ならば!
ここで俺は動く。魔黒竜の牙を右手で持って、バティスタに向かって突進する!
赤い魔徒の横を通るも、やはり邪魔はしてこない。
バティスタは神具の壁を展開しつつ、鎖の神具で応戦してきた。
「――神具の壁が破れた!
お前が噂に聞く、『神具狩り』か!?」
バティスタの鎖が飛んでくるが、それを魔黒竜の牙で弾いてゆく!
だが、鎖を捌くのに手一杯で、なかなか間合いを詰められない!
「お前、わしの領地に潜伏していただろう!?
お前のせいでわしが神具を集めているなどと、目をつけられて迷惑したんだぞ!」
喋りながら俺をいなす老人バティスタ。
――思った以上の使い手だ!
「――っ痛!」
俺の右手の甲に鎖の先端が当たる!
思わず、魔黒竜の牙を落としてしまう。――拾おうとすれば、牙は遠のく……
鎖を器用に操って、魔黒竜の牙をバティスタが自分の元へと引き寄せたのだ。
「――神具の壁を破っている仕掛けはコイツの効果だろう?」
――牙を拾ってニヤリとするバティスタ。
神具の力を持つ鎖……魔黒竜の牙は奪われた。
牙の力が無ければ一撃を当てられるだけで、俺の頭は吹き飛ぶだろう。
――短い時間の勝負……俺の敗北。
この状況打破に利用できるかと、異形の魔徒がいた場所を見たが、そこからその姿は消えていた……
――バティスタは勝利の宣言をする。
「終わりだな……動くなよ!
一瞬でわしが楽にしてやろう!!」
「お前もだ! 動くなよ、バティスタ!」
バティスタの宣言をかき消すように、後ろで男の声が聞こえた。
振り向けば、寝間着を着た十五くらいの娘を捕まえて、赤い異形の魔徒がその爪を娘の首に当てている。
「――おじいさま!」
「やめろ! 孫には手を出すな!」
俺とバティスタが戦っている隙に、異形の魔徒は家族の一人を捕まえたようだ。
有利を確信した様子の異形の魔徒は、その爬虫類の赤い顔に、いやらしい笑いを浮かべている。
――そして、今度は魔徒が勝利の言葉。
「バティスタ、お前にはまだ俺たちに協力してもらわないとならん。
よし、まずはその黒マントを殺し……
――え?」
――だが、言葉の途中で赤い顔は落ちた。
異形の魔徒の顔は笑ったまま……その笑顔のままで、首からごろりと落ちていく。
赤い顔と首、血の間から……青白い刃。
異形の魔徒は神具のサーベルに、首を後ろから斬られたのだ。
――その首が落ちた体の後ろには、美しい黒髪の女が見える。
「ミリアン……!」
下の階の魔獣を一掃し、ミリアンが助けに来てくれたのだ。
状況は好転……そう思ったが、ミリアンが意外な行動に出る。
「――や、やめろお!!」
「お、おじいさま……」
「その牙を離せ……ゼノに手を出すな!
神具を渡して降伏しろ! バティスタ!!」
今度はミリアンが娘を人質に取って、バティスタに降伏を要求する。
娘の首筋には当てられたサーベル……俺はバティスタの鎖の間合いの中だ。
それぞれがそれぞれの人質の命を一瞬で奪える状況……ミリアンは素早い判断で、その状況を作り出したのだ。
ミリアンには神具がある……バティスタの鎖は通らない。
だから、バティスタにとっては魔獣たちの脅しよりも絶望的な状況だ。
「や、やめろぉぉ……」
向き合う老人から覇気が消えていく。
家族を守るために魔徒と組み、家族を守るために魔徒と対峙した男は……家族を失うことが怖いのだ。
「ぅ……ぅ……ぉじぃさま……」
拮抗し緊張の空気の中で、ミリアンに人質にされた娘のすすり泣く声が聞こえ出す。
状況の打破のために、俺はまずミリアンに言葉をかけた。
「――なあ、ミリアン。
お前らしくもない……その子を離せ。」
「ゼノ、君の命の方が大切だ。
その男が神具を離すまで私はこの娘を離さない!」
「侵入者が何を吐かす!
わしが……わしが助けてやるからな、ミーア。――ミーアを離せ。お前が先に!」
バティスタの意識はだいぶ俺から離れている……なんとか逃げることは可能だろう。
「大丈夫だよミリアン。この男も家族は大切なんだ……嘘は無い。
俺なら大丈夫だ。離してやれよ。」
「違うぞ、ゼノ!
その男は魔神と戦わなかった……なのにそれを今さら孫娘が大切だと言うのか!?
未来を捨てたのはその男自身だ!
その男は悪だ! 自分以外など、なんとも思っていないんだ!」
――ミリアンは、そう主張する。
その言葉に、バティスタは返した。
「――ふざけるな、偽善者が!!
正義を語るならその子を離せ!
失われた時代に生まれ、家族を持てないお前たちに、どんなことをしてでも家族を守りたい……この気持ちはわからんだろう!!」
その言葉はミリアンの琴線に触れたよう……普段穏やかな切れ長の目は釣り上がり、殺気に満ちてくる。
「――や、やめろぉおおおお!!!!」
――バティスタは叫ぶ!
殺気を宿したミリアンはサーベルで、孫娘の首に赤い線を走らせたのだ。
危険な状況……
俺は鎖への構えを解き、完全にミリアンの方を向いてから、声を和らげて彼女に言葉をかける。
「ミリアン……やり過ぎだ。」
「ゼノ……。
――バティスタ、神具を離せ!! 私は悪と呼ばれようと、この娘を殺す覚悟はあるぞ!」
「やめろぉお!
そんな子供を殺すなどと……お前のような悪人よりよっぽどわしの方がまともだ!
神が与えし正義の剣をなんということに使おうと言うのだ!!」
「うるさい!
神が与えし鎖を正義のために使わなかったお前に、私を否定する権利は無い!」
――興奮するミリアン。
よく見れば、孫娘もバティスタも……ミリアンも皆、その身体が震えている。
バティスタは家族を失う恐怖で……
ミリアンは自分の行動に……
だから、俺はまずミリアンを救うために、彼女に言葉をかけるのだ。
「なあ、ミリアン……、許してやれよ。
この爺さんたちが魔神と戦うことは無理だったんだ。それは、その子の責任でも無いし、この男の責任でも無いんだよ。」
「なにを言うんだ……ゼノ!
なぜ、君がその男を庇う!?」
――ミリアン、そうじゃない。
俺が救いたいのはお前だよ……自らの心に逆らう行動に、涙を浮かべているお前なんだ。
黒髪の美人は泣いていた。――寝巻きの娘も泣いていた。
それを見るとなんとなく……自分の命よりも二人の泣き顔を消す方が、俺には優先するべきことに思えた。
「――無理なんだよ、ミリアン。
この爺さんが……過去に冒険者だった彼らが、魔神と戦うのは無理だったんだ。」
「どういう意味だ。ゼノ……」
――バティスタは大人しかった。
無防備に後ろ姿を見せる俺に対して、殺気は完全に消えていた。
だから俺はミリアンとの会話に、段々と集中していったのだ……
「――ミリアン、その子を離せ。
その子にも、この男にも、罪は無い。」
「それは違うぞ! ゼノ!
この状況を作ったのはその男の責任だ!
世界のために戦わず、傾いた世界で悪魔と組みした! 悪いのはその男だ!!」
「や、やめてくれえぇええ!」
ミリアンのサーベルが娘の首に、さらに押し当てられる。
娘は恐怖からか意識を失い、バティスタの叫びは必死になっている。
――俺なとにかく、ミリアンをなだめた。
「――そうじゃないよ、ミリアン。
この男の時代にはさ……迷宮は神獣で溢れていたんだ。だから魔術を選ばなければ、迷宮を攻略することはできなかった。
――魔術で魔神と戦うのは無理だろ?」
「それは言い訳だよ、ゼノ。
ウルゴ•セントールのように、魔術を選んだとしても戦った者もいた。
あのスキンヘッドの男のように、神術を選んで迷宮を攻略した者もいただろう!」
――確かにそうだ。
だけどそれは例外だし、それに……
俺は誰よりもミリアンを信じた……この俺の「同類」を信じて説得した。
――お前ならわかるはずだ!
誰かの責任なんかにしないで、自己責任なんて言わないで、命を捨て……未来のために戦ってくれる――お前なら!
「ごめんミリアン……神獣か魔獣か、神術か魔術かなんてのは小さな問題だった。
だけど、やっぱり無理なんだよ……」
「なにが、無理なんだ!?
魔神と戦わなかった者たちの肩を、どうして君が持つというのだ!!」
――ミリアン、お前ならわかるだろう?
俺たち、この時代に生まれた者にしかわからない……
「神具を持った人間が命を賭ける戦いに集まるわけがないだろう、ミリアン!!」
――そう、できるわけがない!
物語の主人公は世界を救わない!
迷宮を攻略し神具を手にした者が、魔神との戦いに挑むなんて、普通じゃない……
「ミリアン、彼らは知らなかったんだ!
彼らは知らない……魔神に敗れた今の時代を知らないんだ。
どんなに苦しい時代が来るのかを!!」
――俺たちだから知っている。
過去に生きた彼らにはわからない……
「ミリアン、昔は希望に溢れていたんだよ。
力を手にして家族を持てて……そんな希望に溢れた時代に生まれた人間に、命を捨てて戦うような……志を持てるわけがないだろう!!」
「――生まれた時代が悪かったというのかぁああああ!!!!」
俺が強くミリアンに呼びかけた時……後ろから叫ぶ声がした。
ミリアンに告げた俺の言葉に後ろから、怒りに満ちた老人の叫びがした。
その声に振り返ればバティスタが、俺を睨んで怒鳴るのだ。
「昔は、迷宮に神獣が溢れていたから?
昔は、希望に溢れていたから?
お前はわしの……俺たちの、生まれた時代が悪かったと、そう言いたいのか!!」
俺は何も答えず老人と見つめ合った。
バティスタは、その薄茶色の瞳に涙を浮かべて、睨んで、怒りの言葉をぶつけ続ける。
「お前はわしの、志を偽りと言うのか!?
迷宮を攻略し、世界を救わんとした若き日の、――わしの志が偽りだと!!」
涙ながらのバティスタの……その俺への問いに、今度は後ろからミリアンが叫ぶ!!
「――なにが間違いなんだ、バティスタぁあ!!」
――本気の殺気!
振り返ればミリアンは冷静さを失った表情で、今にも娘を手にかける勢いだ!
「やめろ、ミリアン!
その子は関係ない、やめるんだ!」
「やめてくれ、頼む!」
バティスタも俺も必死に止める!
ミリアンはその美しい顔を崩して、涙と怒りを浮かべて叫ぶのだ!
「バティスタ! お前の志は偽りだ!
異形の魔徒と組んで、この娘を生かしたとして……その先に、この子の幸せがあるとでも思ったのか!?
――お前は、未来を捨てたんだ!
この子の未来を捨てた――違わない!!」
――ミリアンの叫び。
その後で、背中から甲高い声が聞こえた。
「こおぉおおおおおおお!!」
――聞いたことも無い人間の叫び声。
叫び声が聞こえれば、ミリアンは殺気を消して驚いた顔をしている……
叫んだ者へと振り返った俺も、全く同じ顔になっただろう……
「み、とめる……認める……」
バティスタが魔黒竜の牙を、自分の腹に刺して呟いていた。
なおも牙で腹をえぐりながら、ミリアンの方を見て必死に訴える。
「認める! わしの志は偽りだ!!
だが、偽りじゃ……ないんだ……」
涙を浮かべて悲しい顔で、老人は孫娘の方に優しい視線をやり……訴え続ける。
「その子を……その子の幸せを……その子の生きる、これからの時代を……
――世界の幸せを願っている!!
今のこの気持ちは断じて偽りなんかじゃない……断じて……断じてぇええ……」
――叫ぶ声は段々と小さくなった。
口から血反吐を溢れさせ、もう……命の光が消えゆくその瞳で、老人は今度俺を見た。
「つ、かえ……使ってくれ……神具を集める者よ……新しい時代のために……」
――もう、その息は途絶えかけている。
彼はうずくまり俺を見上げ、その薄茶色の瞳で、俺を真っ直ぐに見つめる。
――意志を宿した真っ直ぐな瞳――
「お前の志は……本物だ……わ、かる……
お前が世界を救うなら、わしの…………」
――そうして彼は死んだのだ。
その目で真っ直ぐに俺を見て、目を見開いた、そのままで……




