叶わぬ時代2
領主バティスタの屋敷を囲む塀に登って、俺はその中を見渡した。
――もう雨は止んでいて、視界は良好。
俺のエネルギー感知も良好で、屋敷の内部までもがはっきりと感じられる。
戦況は拮抗状態、バティスタは中か……
屋敷はセントールの兵士たちに包囲されている。だけど、屋敷の庭には味方側の死体が転がっているし、魔獣の姿も見えていた。
セントールの兵士たちは、その辺の魔獣ならば軽く倒せるほどには強いだろう。
だが、通常より強力な魔獣たちと、異形の魔徒たちの能力に、攻めあぐねている様子だった。
「――もう半日もこの状態っす。
反対側からも魔獣がいっぱいやって来るもんだから、戦力が割れていたんすよ。
でもなぜか、ゼノさん来てから、魔獣の発生が止まったらしいっす。
――今からが攻め時っすよー!」
チェッチェを抱いたイースも塀へと登ってきて、隣で状況を説明してくれる。
男の子を抱える若い騎士は、喋り方も相まって、なんとも頼りない感じだった。
「ゼノ、ぼくの服、かわいい?」
「ああ、かわいいよ、チェッチェ。
イースと一緒におとなしくしておけよ。」
「うん!」
服を着せてもらったチェッチェ。
その黒髪を撫ぜれば、チェッチェは嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔を見てから、俺はヒョイと塀から飛んで、屋敷の庭に降りたのだ。
「ゼノさん!? ど、どうするんすか!?」
塀の上で、イースが慌てふためく。
「おい、お前! 堂々と入って、命が惜しくないのか!?」
気づいた異形の魔徒が一匹、俺の前へとやって来た。
全身を棘で覆われた、ヤマアラシのようなその魔徒は、人間味の残る顔でニヤリと笑う。
「ハハッ! お前、何を余裕ぶっている?
屋敷を包囲しているからと、勝っているとでも思ったのか?」
――嬉しそうに笑う異形の魔徒。
そいつは何か俺の「勘違い」を指摘するように、ニコニコと話し続けた。
「お前たちは、もう終わりなんだよ!
気配は隠しているが、俺にはわかる!」
「な、なにがわかるんすかぁあ!?」
後ろの塀の上でチェッチェを抱えたイースが、異形の魔徒の……その言葉に反応した。
すると反応のいい聞き手に気を良くしたらしく、ヤマアラシの魔徒はイースにも聞かせるように話し出すのだ。
「特別な、我らの仲間が来ているのさ!
そいつはな、強大な力を持っている!」
「ど、どんな力っすか!?」
「無限に魔獣を生み出す力!
その黒羽根で、全てを切り裂く力!」
「スゲー、ヤバイじゃないっすか!」
「ああ、そうだ!
我らでも扱えずに数人がやられた……
だが、とうとう魔神様の配下たる役割に気づいたようだ!
――もう、すぐ近くに来ているぞ!」
「ぎゃああああ!!!!」
――その言葉にイースは悲鳴を上げる。
チェッチェを抱いて塀の上であたふたしながら、青ざめた顔で叫んでいる。
「ゼノさん、やばいんじゃないすか!?
なんか、メチャメチャやばいのが来てるらしいじゃないっすか!
みんな! みんな、逃げるっすー!!」
俺は慌てるイースに指示を出した。
「イース、大丈夫だ!
その子を抱いて下がっていろ!」
「大丈夫って、何で大丈夫なんすか!?」
――説明するのが面倒くさい。
「俺を信じろ、イース!」
「は、ハイっす!」
俺の一喝に、イースは敬礼。――塀の外に飛んで、去っていった……
――異形の魔徒は、苛立った様子だ。
俺に、嫌味を言ってくる。
「お前はエネルギーを感知する能力が低いらしいなあ! 隠してはいるが、強大な魔術エネルギーが、お前の後ろに来ているぞ!」
――その嫌味にはカチンときた。
唯一のとりえを否定され、俺はつい、言い返してしまったのだ。
「――見えていないのは、お前だよ!
お前の天敵たちが、近づいてきているのを、お前が感じ取れていないんだ!」
――俺がそう言ったタイミング。
一人の女騎士が飛び込んでくる。
「ゼノ殿! 大丈夫か!?」
気丈な女の声がして、ローゼンが塀の中に飛び込んできたのだ。
――続いて、ウルゴさんも入ってくる。
「天敵ぃ? 女とヨボヨボの爺さんかぁ?」
「こちらが複数とは考えないのかねぇ……馬鹿が! アタイが思い知らせてやるよ。」
――敵側も声が二つに増えた。
異形の魔徒がもう一匹……魔獣たちを引き連れやってくる。
――たしか「タコ」だったか?
更なる侵入者に気づき集まったのは、空に浮く「海の生物」らしき魔獣たちだ。
そして、その親玉のような異形の魔徒……
「神具持ちが一人だけ……お前たち、死ぬよ。」
女の声で話すその異形の魔徒は、タコと呼ばれる海の生物に似ている気がする……
そいつは全身に丸い部分があって、そこから黒い霧を噴射しだしたのだ。
――視界が闇に奪われる!
「おい! 全く見えんぞお!?」
「アタイに任せておきな!」
――敵側も、同じ状況らしい。
ヤマアラシの魔徒は慌てた声……この状況を作り出したタコの魔徒が、任せろと答えている。
闇の中でも音とエネルギー感知で、俺には相手の動きがある程度わかった。
どうやら、空中のタコの魔獣たちも、この闇の中を動いているようだ。
――相手は複数で、視界も効かない。
この闇に、俺もまた動きに迷っていた……
――そこに、老人の声。
「皆、ここはわしに任せて、動くな!
――ローゼン、剣を借りるぞ!」
ウルゴさんの声。
それに従い、俺は動かない。
空から魔獣たちが近づいてきたが、到達する前に、神具の剣が討ち落とすのを感じる。
闇の中でも正確に、敵だけを攻撃する。――俺にはできない芸当だった。
黒い霧が、段々と晴れてゆく……
視界には、斬られて落ちている魔獣たちと、斬り刻まれたタコの魔徒。
――ウルゴさんはそのまま、ヤマアラシの魔徒と戦っている。
「なぜ? アタイしか、見えない世界では動けないはずなのに……」
――倒れて瀕死の、タコの魔徒が呟いた。
俺はナイフを抜いて、死に際のそいつの前にしゃがみ……そして、答えてやる。
「見えない世界で生きてきたのは、お前だけじゃないんだよ……」
そう答えて、その異形の魔徒にとどめを刺したのだ……
「クソジジイが! さっさと死ねぇえ!!」
ヤマアラシの魔徒は全身の棘を立てて、ウルゴさんと戦っている。
棘の一本一本に、鋼の硬さがあるらしい。
その間に数匹の更なる異形の魔徒と、魔獣たちが集まってくる。
「――神具持ちは爺さん一人か?」
「この女、人間のリーダーだ!」
「ここで、八つ裂きにしてくれる!」
一匹が、武器を持たないローゼンに襲いかかる!――だけど俺は助けない。
だってその攻撃は届かない……
到達する前に、その一匹は吹き飛んだ。
「――こ、この力は神具!?」
――驚く、異形の魔徒の声。
攻撃した主は塀の上……後ろから俺に声をかけてきた。
「ゼノ、無事かい?」
背は低いが、カラフルな山のような髪型が目立つ女――ガムが声をかけてきたのだ。
続いて若い娘が、叫び声と共に塀から飛び降りてくる!
「どぉおりゃああああ!!!!」
紺色のツインテールをした娘が、ハンマーの形の神具を振りかぶる!
そしてウルゴさんと戦う異形の魔徒を、その棘の上から粉砕した。
「ウギャアああああ!!!!」
「どうだい、オレに惚れ直したか!?」
――断末魔を上げる異形の魔徒。
してやったりと親指を立てる、肌を露出した娘……マリーが俺に言ってくる。
――話す間に今度は別の魔獣たちが……だがそれらを、黒髪の女が討ち倒す。
「――ミリアン、随分早いな。
アムス領の魔獣たちはどうした?」
「君、マルスという青年に、私たちのことを伝えただろう?
彼がね『ここは俺に任せて先に行け』と言って、私たちをこっちに向かわせたのさ。」
――なんだか死にそうなセリフだ。
まあ、あのバケモノなら大丈夫か……
「し、神具持ちが、四人も……!?」
――異形の魔徒の一匹がひきつった声。
そこにさらに、男の声がした。
「――悪魔よ、五人の間違いだぞ。」
スキンヘッドの大男が塀の上で、その糸目でニヤリと笑っている。
それを見てセントール家の二人は、意外な反応を見せた。
「サンゲン殿! どうしてこちらに!?」
「さ、サンゲン!? 久しいのお!!」
――知り合いなのか?
呼ばれたサンゲンも驚いた様子だ。
「ローゼン様!?
そ、その声は――ウルゴ様か!?」
戦場で和気あいあいと、強者たちは再会を喜び合っている。
――勝負がどちらに転んだのか?
それは、誰の目にも明らかだった……
外は皆に任せて――バティスタの神具を奪うために、俺は屋敷の中に入っていった。
黒髪のミリアンだけが援護にと、一緒についてくる。
「異形の魔徒は上、バティスタと一緒だ。」
「君の感知能力は相変わらずだな。
――ほかに、人はいないのかい?」
神術も魔術も習得していない……そんな人間を感知することは、俺にも難しい。
だが、魔獣や衛兵の位置から、おおよその予想はできる。
「二階に一組いて、衛兵や魔獣たちに守られていると思う……三階には異形の魔徒と、たぶんバティスタが……魔獣も何匹かいて……
――バティスタの家族たちも、そこに一緒にいるかもな。」
――俺はわかる限りのことを答えた。
答えればミリアンは少し考えて、頼むように提案を言ってくる。
「異形の魔徒を倒す前に、魔獣たちを殲滅したい。」
「――言うと思ったよ。」
異形の魔徒を倒せば、魔獣たちは人に襲いかかるだろう。
屋敷に籠るのは、異形の魔徒に組みした貴族たち……だけどミリアンは、そいつらに情けをかける気なのだ。
「俺は先に三階に行く……お前は二階に。
俺は魔獣や魔徒の相手は苦手だ。一応お前を待つが……余裕は無い。
危なくなれば、遠慮なく殺すからな。」
「わかった!」
少し意地悪な答えだったが、ミリアンは快く受け入れる。
――できる限り人を守る。
戦況の中でできる限りをやる……そういったミリアンの信念が、俺に信頼と甘さを持たせるのだ。
――ただ、余裕が無いのは本当だ。
チェッチェと戦った時のダメージは、まだ残っている。
右手の指はまだ折れているようで、 相手から武器を奪うような技は無理だろう。
――バティスタには、死んでもらう。
殺す以外に神具を奪う方法は、今のところ思い浮かびはしなかった…………




