叶わぬ時代1
騎士の制服を纏ってはいるが、それは男ではなく美しい少女だった。
寝そべる俺の顔に金色のポニーテールを垂らして、緑の瞳で見つめながら、優しい微笑みを浮かべている。
「ゼノ殿、目覚められて安心したよ。酷い怪我だったから……」
以前カストロ領からの帰り道に、襲われた馬車に乗っていた貴族の娘……
その彼女との意外な再会に驚き、俺は目が覚めた。
「ローゼン? なぜ、ここに!?」
その質問には、別の人物が答える。
遠くから少年のような明るく、耳障りな声が聞こえてくる。
「それは、私のおかげだよ!
――感謝してよね、ゼノ様!」
起き上がって声の主を見れば、銀色パーマの少女が笑っている。
「ゼノ、ラナちゃんたちは無事だった?
あの子たちなら逃げ隠れるだろうし、私よりも強いし……私じゃ何も出来ないから、援軍を呼びに行ったんだよ。」
真剣な顔に戻して、そう心配する少女。
守銭奴のティクトが俺の家族を気にしてくれるとは……
「お前がローゼンに……セントールに、援軍を頼んでくれたのか?」
「そうだよ。ラナちゃんたちは無事だよね!?」
どうやら、ティクトはバティスタ領の異常を知って、セントールに助けを求めに行ってくれたらしい。
――だから、素直に礼を告げる。
「ラナやうちの子たちはみんな無事だよ。
ありがとうティクト、助かったよ。」
「やめてよ、ゼノ、気持ち悪い!」
俺の礼に体がかゆくなったようで、ティクトは体をかいている。
ほっといてローゼンの方を見れば、座ったまま、裸の男の子の相手をしていた。
「オッパイ! オッパイ!」
「すまない……私はあまり大きくないし、ミルクもまだ出ないんだよ。」
ローゼンに抱きつき、両手で胸を触る黒髪の男の子――名前はなんだったか?
そんなカラスを、俺は叱りつける。
「マト! 女の胸は軽々しく触るものじゃない!」
「ちぇ! ゼノのケチ!」
ローゼンはふてくされるトリの頭を優しく撫でながら、彼について尋ねてきた。
「異形の魔徒だから『マト』なのかい?」
「ヤダ! もっとかわいい名前がいい!」
「お前、異形の魔徒とわかっていて、その対応か? ――林の中で、俺が襲撃犯を見逃した時も黙っていたし……」
「ゼノ殿、私は貴方を信じている。
貴方の『おこない』には意味があると、私は信じているんだよ。」
「アホか! だいたいあの時は初対面だろ?
なんで、そんな簡単に信じられる!?」
俺の疑問に、少女は微笑みだけで答える。
マトは相変わらず、そんな少女にひっついている。
「トリ、そのお姉さんが腰にさしているのが、お前の弱点の神具だぞ!」
この脅しにカラスはビビったらしい……俺の背中に隠れようと走ってくる。
「お姉さん、神具持ってるの?
――ぼくを殺すの?」
ローゼンは微笑んだままで、腰にさす美しい宝剣に手をかけた。
そして立ち上がりゆっくりと、こちらに近づいてくる。
「マト殿、貴方はゼノ殿の家族だ。ゼノ殿の家族は私の家族も同じ。
――私は家族を、殺したりしないよ。」
「お姉さんも、家族?」
優しく頭を撫でる少女に、トリは安心したようだ。
「お姉さんも家族! ぼくの家族!
ぼく、もっとかわいい名前がいいな! ローゼンお姉さん、名前つけて!」
ローゼンは手をアゴに当て考える。
――そして、言った。
「マトマトというのは、どうだろう?」
「ちぇ! お前もセンス無しかよ!」
カラスは怒って駆け出して、今度はティクトに飛びついた。
銀髪パーマの少女はマトを抱きかかえて困った様子……胸を触られている。
「お兄さん、ぼくにかわいい名前をつけて。」
「お兄さんじゃなくて、お姉さんね。」
「え? お姉さんなの?」
「この可愛いティクトさんの顔を見なよ!」
「お姉さ……ちぇ! オッパイないな!」
「ゼノ、このガキ、殺していい?」
ティクトの「殺す」という言葉に反応して、トリは殺気を発した!
魔術エネルギーを解放しだしたカラスを止めるため、俺は魔法の言葉を言ってみる。
「マト、ティクトも家族だ!」
「え? このお姉さんも家族なの?」
「ぎゃははは! 私もゼノの家族だって!
ゼノ様ぁ♪ 私は家族だよ♪ ご飯にする? お風呂にする? それとも……♡」
「このお姉さん、ほんとにお姉さんなの?
――やっぱり、オッパイないよ?」
「ティクトは胸なんて無くても、とても可愛い女の子だよ。」
「ゼノ、マジキモいからやめてよね!」
俺たちが言い争っていたら、部屋に二人の男が入ってきた。
「あ! ゼノさん、目覚めたんすね!」
「なにやら賑やかじゃのう?」
金の短髪をした青年騎士と、ボロをまとった白髪の老人。
「イース、久しぶりだな。
――ウルゴさん、なんでまた、そんなボロボロの格好のままなんだ?」
ローゼンの部下イースと、彼女の祖父であり、英雄として名高いウルゴ•セントール。
イースは笑顔で答えてくれる。
ウルゴさんは、質問の答えを返してきた。
「ゼノ殿、ボロはのぉ……昔の英雄は、今は静かにスローライフを送りたいんじゃ。」
――その答えには苦笑する。
笑いながら、ウルゴさんの頭を見て、俺は一つ発見をした。
「だいぶ体が回復してますね――髪も!」
「皆が気を使って、いいものを食べさせてくれるものでなぁ……髪は嬉しいのぉ。」
以前よりフサフサになった白髪を触り、濃い緑の瞳で、笑っているウルゴさん。
「ねえ、ゼノ〜。あの二人も家族なの?」
カラスの質問には俺より先に、二人が答えた。
「俺はゼノさんの弟っす! 弟子っす!」
「おお! わしはおじいちゃんだぞ〜。」
――いつからだ?
ノリのいい二人に、戸惑う俺……それをよそに、トリは二人に近づいた。
ジャンプしてイースに抱かれ、隣のウルゴさんにおねだりをする。
「おじいちゃん、かわいい名前つけて!」
「わしに? クロゾウとかどうじゃ?」
――一瞬、空気が凍った。
応えてくれたウルゴさんを無視して、カラスはイースにおねだりをする。
「お兄さん、かわいい名前つけて!」
「俺っすか? クロウとか?」
「ちぇ! 厨二病かよ!」
――わがままなマトの態度。
それに怒ったのはティクトだ。
「ゼノ、このガキ生意気だよ!
ちぇっちぇちぇっちぇ、舌打ちばかっりだし、名前なんて『チェッチェ』でいいよ!」
ティクトのテキトーな言葉。
それにマトは意外な反応を示す。
「チェッチェ、かわいい! ぼくの名前!」
――いいのか、それで?
でもチェッチェはその名前が気にいったらしい……とても嬉しそうに、笑ったのだ。
――バティスタ領の中心街。
ローゼンたちはすでにそこを制圧していて、魔獣はおらず、領民は集められている。
「ま、魔神がもうすぐ復活するんだ!」
「し、仕方なかったんだ!」
「生き残るには、魔徒に組するしかなかったんだよお!」
言い訳、命乞い、混乱の声……
叫ぶ領民たちの前に、騎士である少女――ローゼンは立った。
神具の長剣を天に掲げ、集められた人々に呼びかける。
「セントール家は復活する魔神と戦う! 世界を魔神の手にさせはしない!
――信じてくれ! 我々を! 未来を!」
――その気丈な声に、誰もが注目。
注目の中でも堂々と、少女は人々に呼びかけ続け、彼らの導き手となるのだ。
「――誰も罪には問わない!
魔徒たちの手からは、我々が守ろう! セントールに来るなら拒みはしない!
だから安心して、もう魔徒たちに惑わされないでくれ!」
少女は声を張り上げ、自分は味方だとはっきり伝えて、人々を受け入れる。
――その姿は、次世代のリーダーだ。
少女だからと侮る者などいない……彼女こそ英雄の地セントールを継ぐ者だと、誰もが認めたことだろう。
ローゼンの姿に見惚れていた俺に、ティクトが話しかけてくる。
「ねぇ、ゼノ。ローゼン様はきっと、魔神と戦ってくれると思うんだ。貴族だけど味方だよ。」
「あいつは味方だ……わかっているよ。
――だけど、あの子は戦わせたくない。あの子には、次の時代を生きてほしい。」
――それは正直な俺の気持ちだ。
「ゼノ、ローゼン様好き過ぎない!?
さっきは口移しでポーション飲ませてもらっていたし、どんだけの仲なの!?」
ティクトは驚いた顔で言ってくる。
俺は一々答えない……からかわれる前にその場所からは立ち去った……
――なぜ?
なぜ神具は――「力」は……、持って欲しくないやつばかりが持っているのだろうか?
俺は「交換」する。
神具を奪い、別の持ち主へと……命を懸けられ、捨てられる人間へと。
魔獣たちに守られた屋敷……
そこに立て籠もる領主バティスタに会いに、俺は向かう――神具を奪うそのために!




