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氷河期ダンジョン  作者: 賽子ちい華
第一部 ――神具の強奪者――
3/51

契約の刻印2


 面接会場は元のギルドへと戻っていった。


 貴族のアジールは、俺を雇うことに決めたらしい……


 俺は注目を浴びたが少し耐えれば、それ以上に注目を集める奴らが、周りへ集まってくる。


 神術エネルギーを放つ六名の男と少女が一人……それに、面接官だった中年の貴族。


 ――俺は、彼らへと近づき合流した。



「お前が特級か?」



 話しかけてきたのは彼らの中で頭一つ背の高い、金髪を刈り上げた大男。


 強そうだ……戦士長といったところか?



「変わった武器を携えているな?」



 男は俺のカバン辺りを見て、そう尋ねる。


 左の腰……黒マントに隠れたカバンの下、そこに掛けている俺の武器が気になったらしい。


 挨拶がてらに、それには答えた。



「こいつは『魔黒竜の牙』ですよ。」


「魔黒竜? 巨大な化石か何かの牙か? 随分と原始的な武器だな……」


 黒い、大きな牙に持ち柄をくくり付けただけの俺の得物が気になるようだ。


 俺は構わず、話しを進める。



「ゼノです。よろしくお願いします。」


「ああ。俺はお前の雇い主であるアジール様の近衛隊長をしているギーだ。」


「多少は迷うかも知れませんが、短いルートを案内させてもらいます。」


「ああ、期待している。

 アジール様の四十四階までの護衛。それに、あの娘の二十二階、三十三階の攻略サポートが、お前への依頼だ。」



 ギーと名乗る男は、挨拶と依頼の確認をしながら背後へと目配せをする。



「わかりました」



 そう答えながらギーの後ろのメンバーを見れば、男たちの中にまだ十歳くらいだろう金髪の少女が一人……


 彼女は不安な表情で、こちらを見ていた。



 ――俺は、彼女に微笑んでみせた。


 しかし、彼女の緑色の瞳は、不安の色を消すことはない。



 次に一人だけ、神術エネルギーを放っていない中年の男を見る。


 依頼主のアジールは、多少鍛えているようだが、エネルギーも感じないし、剣技もどうなのだろう?


 ――ただ、その権力は侮れない。


 定められた人数制限を無視し、俺を含め九名のパーティーを組めるとは、その権力は大したもののようだ。


 そんなアジールが、話しかけてくる。



「お前、雇ってやるんだ、頼んだぞ! 一回で四十四階まで到達しろ! あの娘を強化したら、『刻印』で縛らねばならん。」



 アジールはシワを目立たせ、見下した顔で言ってきた。



「あの娘を強力な護衛に……かつ、俺の(めかけ)にするのだからな。」



 そして、シワを緩めて好色な笑顔。


 俺はそれに、作った笑顔で返すのだ。



「お任せください。無事に貴方を四十四階に……『契約の刻印』の秘術を手にする手助けをいたしましょう。」




『契約の刻印』


 それは、迷宮四十四階で手に入る、神術でも魔術でも無い、特殊な術だ。


 互いが認めた契約を、確実に遂行させる――そんな秘術。


 逆らえば死ぬと噂されるが、実際は刻印を打たれた者は、不思議と(こころ)がそれに逆らえない。


 ――逆らった者など皆無だった。




 貴族は、その秘術を欲するものが多い。


 契約の刻印で兵士や領民を縛り、支配を確かなものとする……そのために、このアジールのように、迷宮へと潜るのだ。




 受付を済ませ、ギルドの主人と契約を行う。――ここでも契約の刻印は活躍する。


 迷宮から持ち帰ったポーションの半分を、ギルドに納める……そんな契約を結ぶのだ。



 神が敗れた後、暗い雲に覆われたこの世界では作物がほとんど育たない。


 飢えと渇きを癒すポーションは、貴重で重要な品だった。


 無国籍の武力を持った冒険者。国に対抗できる力を持った貴族。それらから、しっかりとポーションを徴収する……


 そのための国の対策としても、契約の刻印は使われている。


 奥から出てきた眼鏡の男が、契約の刻印をそれぞれに打っていく。



「ではポーションの半分、奇数ならば多くはこのギルドに。構いませんね?」


「ああ、承知した。」



 俺の番。答えれば、眼鏡の男は俺の肩に手を置いて、目を真っ直ぐに見て刻印を施す。


 ――少しだけ、肩に熱い感触があった。



 最後は中年の貴族、アジールの番。



「ではポーションの半分、奇数ならば多くはこのギルドに。構いませんね?」


「昔は冒険者が全て持ち帰れたのに、今は半分も納めよとは、随分と多いな!」


「国も必死なのですよ。ギルドも安値で雇われる被害者です。」


「はっ! ならば国だけが一人儲けか! なんとも、うらやましいものだな!」



 ――それは違うな……重税は、お前ら貴族のためにあるんだよ。


 国に生産性は無い。消費をするだけだ。


 一律の重税に庶民は財を築けず、資産のあるお前たちに、結局その富は回るんだ……



 アジールの苦情には、心の中で反論する。



「ふん。まあ、良かろう。冒険者ギルド風情が俺に刻印などと……」



 冷やかに見ていると、アジールは嫌々そうにも刻印を受け入れていた。


 そんな男の姿を見て、面倒だなと思う……だが、仕方がない。


 今度は俺が、アジールと交渉をする。



「アジールさん、俺とも契約をお願いしたいのですが……」


「契約ぅ?」


「俺の報酬の件です。アジールさんが刻印を会得した時点での成功報酬として、金製の武器を一つ賜りたい。」


「構わんよ。なら、この小刀をくれてやろう。」



 ――交渉は、あっさりと了承された。


 金自体も貴重だが、神術エネルギー以外で魔獣の弱点となる貴重な金製の武器……それを気前良く頂けるのは、ありがたい。


 俺は、もう一つお願いをする。



「では、私の契約の刻印を受けてください。」


「何!?」


「契約の刻印です。」


「お前、冒険者のくせに契約の刻印の会得を選択したのか!」



 アジールは驚いた様子。


 俺は気にせず、もう一度伝える。



「契約をお願いします。」


「くそ。雇われが! さっさとやれ!」



 こうして、アジールはこちらにも了承。


 交渉は成立し、俺はアジールの肩に触れ、刻印を施したのだ。






 準備が終わり、ギルド中央にある階段を降り、迷宮へと潜ってゆく。


 先頭を案内するように歩いていたら、近衛隊長のギーが話しかけてきた。



「よく、道がわかるな。俺は何度か潜ったから覚えているが、お前は初めてだろう?」


「経験ですよ。それに、人よりエネルギーを感じ取る力が強いんです。だから、魔獣の位置が把握できますしね。」


「さすが、特級というところか……」



 迷宮内は魔獣が闊歩している。


 だから、魔獣を避けつつ、下に続く階段を目指す。


 俺が居ればこちらから近づかない限り、魔獣たちは襲ってこない。


 だが、イキった兵士たちが魔獣を狩って騒ぐので、進むのが遅くなる。


 苛立たしいが、仕方が無い……


 強力な魔獣だけは出会さないように、注意して歩くのだ。




 ゾロ目の階は魔獣の侵入が無く、安全が確保できる場所だ。


 地下十一階ではポーションだけを回収し、素通りをした。


 ――地下二十二階と三十三階。


 そこでは少女が一人、試練へと挑む。



 杖を持った老人。巨大な白い狼。――そんな神獣と一人対する可憐な少女。


 これらの階の試練には一人で挑まねば、新たな力を得られない。


 だから俺は、少女が窮地に陥らないか、それだけを気にかけ見守るだけだ。


 だが、少女は中々に戦闘センスが良い。


 少女は神術エネルギーを雷に変え、対する神獣を痺れさせる――動きを止めては、ナイフで一突き――深追いはせず離れては、ヒットアンドアウェイで確実にダメージを与えていく。


 成長期に入りかけた身体……そんな幼い少女だが、実力は相当のもの。


 これならば数年で、地下九十九階の試練にも挑めるだろう……



 試練を乗り越えた彼女に、神獣は語る。



「強き者よ。どんな力を強化したい?」



 そう神獣に聞かれ不安そうな顔でこちらを伺ってくる、金の髪の少女。



「お嬢さん、今の戦い方はとても良いよ。

 そうだな……今のまま強くなれるように、雷か、回復術を強化するといい。」



 そう、アドバイスをすれば、少女は緑の瞳を輝かせて微笑んだ。


 初めて見る彼女の笑顔を可愛いなと思いつつ、俺もまた微笑み返す……


 ――子供はいつも、可愛いものだ。




 地下四十四階。――この階には、試練を与える神獣も居ない。


 代わりに、一匹のオウムが話しかけてくる。



「ケイヤクノコクインガホシイのはダレ?」



 その問いに、中年の男アジールは待ってましたとばかりに答える。



「俺がその秘術を頂こう!」



 オウムは答え、そして問うた。



「ケイヤクノコクイン――このヒジュツをエレバ、シングヲてにデキテモ、ソレをツカウコトハデキナイ。

 ソレもまたケイヤク……カマワヌか?」


「構わないさ! 世界の五十の迷宮は掘り尽くされ、神具など残っていないこの時代だ!

 ノーを選択するのはもしもを期待する、夢見る愚かな冒険者くらいなものだろう!」



 アジールは、そう答える。



「ワカッタ……ケイヤクセイリツ……ダ」



 オウムはそう言って、アジールの肩に乗り、そして、光って消えるのだ。


 これが契約の刻印……その秘術を会得する儀式だった。



 秘術を獲得したアジールは、金の髪の少女の前に立ち、いやらしい顔で話し出す。



「さあリリスよ、契約を結ぼう。俺は、お前の生活を保障しよう。お前は俺の護衛となり、妾となって、昼も夜も俺のために尽くすのだ!」



 それに少女は、弱々しい声で答える。



「はい、ご主人様。承知いたしました。」



 そしてアジールはリリスの肩に触れ、契約の刻印を施す。


 少女は、男の奴隷となったのだ……




 今度は俺が、アジールに話しかける。



「これで依頼は果たしました。約束の報酬を頂きたい。」


「待て待て。このまま五十五階まで潜ろうではないか? 近衛隊長のギーは、ここまでしか潜ったことが無い。お前がいれば、十分体力を残して次の試練に挑めるだろう?」



 そう言われるが、俺は断りを入れる。



「申し訳ないが、新たな依頼にはお応えできない。」



 断りを入れると、アジールは眉間にシワを寄せて怒鳴ってきた。



「雇われの分際で口ごたえを!」



 だが、アジールはそうは言いつつも、依頼の代金にあたる金の小刀を渡してくる。


 不思議と(こころ)が逆らえない……それが、契約の刻印の力なのだ。



「ギーよ。強くなったリリスと兵士どもがいれば、なんとかなるだろう。

 特級か何か知らんが、この男は、ここにくるまで大して仕事をしておらぬ。

 魔獣にも、ほとんど会わなかった。大丈夫だろう……違うか?」



 そうアジールに言われ、金髪を刈り上げた大男は不安そうに答える。



「は、はいアジール様。この下への……挑戦ですね……」



 そんな大男の側に寄って、俺は忠告する。



「ギーさん。主人を諌めるのも立派な仕事でしょう?」


「しかし……」


「あんたはここまで潜ったことがある。なら、危険を知っているはずだ。

 ――今回は、やめておきましょう。」


「うるさい! 口出しするな!

 ギー、行くぞ! 俺に逆らうのか!」



 会話に、アジールの怒号が割り込む。


 ギーは不安そうに俺を見たが、アジールに向き直して答えた。



「とんでもないアジール様。お任せください。五十五階に行き、試練を乗り越えてご覧にいれましょう。」



 俺は、アジールに言った。



「やはり、俺も連れて行ってください。

 ――この先の報酬は要りません。」


「うるさいわ! お前など要らんわ!

 とっとと迷宮から立ち去るがいい!」



 そうアジールに怒鳴られる俺を、ギーとリリスは不安な顔をで見つめている。


 ――残りの兵士たちは笑っていた。



 俺はもう何も言わず光のカーテンのある部屋へと向かう。


 言われた通りに、迷宮から立ち去ることにしたのだ。



 ――あの娘は、どうするか?


 そう悩みつつ、歩きながらただ一言、振り返らずに挨拶をする。



「――ご武運を」



 そう言って彼らと別れ……光のカーテンを通り、地上へと戻ったのだ。





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