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氷河期ダンジョン  作者: 賽子ちい華
第一部 ――神具の強奪者――
29/51

黒い翼を持つ天使2


 雨の中を歩く――


 魔獣を生み出しているであろう強大な魔術エネルギー……それを目指し街並を進めば、家々の背丈は段々と高くなってゆく。


 ――そう言えば、領主バティスタの屋敷もこの方向だった。


 富裕層の住むこの区画には、背の高い屋敷が立ち並んでいる。


 だけど、人の気配は感じられない……大犬の魔獣の姿だけは、ちらほらと見えている。



 ――街の人間はどうしているのだろう?


 領主のバティスタが異形の魔徒と組んでいるというのは判明している。


 ならば、どれくらいの人間が「あちら」についているのだろうか?



 今感じている魔術エネルギーが膨大過ぎて、ここでは俺の感覚も余り通じない。


 雨の中、背の高い屋敷に囲まれた道を歩くのは、見知らぬ森にでも迷い込んだ気分だった……





 高い屋敷に囲まれた通路の真ん中……


 ――そいつは静かに立っていた。


 通路の中心に長い黒髪を垂らした若い男が一人……じっと、雨空を見上げていたのだ。



 男とわかったのは上半身が裸だったから……だけど、それは人間では無い。


 ――そいつは、異形の魔徒だった。


 肩から下と下半身にはカラスのような黒い羽根を纏っている。


 垂らした腕――その肩から伸びる翼は地面に垂れて、水たまりに着いてしまっている。


 だけど、それは水たまりなのか……?


 その水は黒く、強力な魔術エネルギーに溢れていた。



 黒く長い髪を雨に濡らし、美丈夫の顔をこちらに向ける異形の魔徒。


 ――こいつは危険だ。


 発している魔術エネルギーも桁違い。


 それに、そこらの黒い水たまりからは、黒い魔獣が湧いてくる!


 魔獣を生み出している正体は、その青年の姿をした……異形の魔徒であったのだ。



「あ、人間だよね? お兄さん?

 だ〜れも来ないから、暇だったんだ!」



 俺に気づけば、少年のような声で、そいつはあっけらかんと話しかけてきた。


 ――俺はナイフを抜いて身構える。



「無駄だよ、お兄さん。

 ぼくはね、『神具』って武器じゃないと、倒せないんだよ!」



 そう言って笑ったそいつは、黒い翼の片腕を水から出して横に振り切った。

 

 ――黒い羽根!


 二十歩分ほどの長さはある、黒い翼。


 俺はジャンプでそれをかわす――かわさなければ死んでいた!


 その翼が通った空間……そこが全て切り裂かれる!――屋敷の壁はえぐれている!


 翼の通った場所にいた大犬の魔獣は真っ二つにされて……倒れて、水たまりにその血を滲ませていた。


 今度は縦に……


 ――振り切られたのは、反対の腕だ!


 一直線に黒羽根の塊が通路を通過し、その地面をえぐってキズを入れる!


 ――桁違いの威力!


 当たれば即死の攻撃に、俺は冷や汗をかいてしまう……



「ぼくの攻撃すごいでしょ!

 ねえ、当たって死んじゃいなよ!」



 横薙ぎ、縦薙ぎ――そいつは嬉々として、翼を振る。


 黒い翼によるその攻撃を、俺は地面や屋敷の壁を利用して跳び……


 ――かわしながら距離を詰める。



「お兄さん、避けるの上手だね。

 でも、逃げてばっかじゃつまんないよ。」



 それでも腕を「ただ」振り続ける、黒いカラスのような異形の魔徒。


 段々と俺が間合いに入ってきているのに、御構い無しの攻撃だ。――十分に狩れる!



 縦薙ぎの攻撃の隙……


 攻撃側とは反対の腕側へ跳び、人肌が見える肩へとナイフの斬撃を喰らわせる。



「ムダだよ、ムダ、ムダ!

 こんなキズ、すぐ治っちゃうもんね!」



 そいつの言う通り、赤い血を吹いた肩の傷はすぐに閉じた。


 ――徐々に治っていくのが見てとれる。



「ぼくはね、不死身なんだよ。神具じゃないと、死なないんだよ!

 ――ぼくってとってもすごいでしょ!」



 嬉しそうに、自分の欠点を自慢する異形の魔徒。――俺は戦いつつ、感じていた……



 ――こいつは「子供」だ。


 戦い方も、戦う意味も、生き方も、生きる意味さえ知らない、小さな子供……



「ああ! めんどくさいな、お兄さん!」



 翼の斬撃を避けつつ、小傷を入れてくる俺に業を煮やし、そいつは叫んだ。


 両腕を一振り――空に飛んだのだ。


 下半身はやはりカラスのようだ……黒い羽毛と鳥の足を持っている。



「さあ、死になよ! お兄さん!」



 ――そいつは、空中から急降下。


 俺目がけて降りてくる……俺もまた、そいつに向かって跳んでみた。


 黒い翼はまだ……背中の空の側。


 こちらから来るとは思っていなかったらしい……青年の顔に、驚きの色を見せていた。


 俺は左で持ったナイフを、右で支えながら相手の肩にぶつけてやる。



「――ぎ、やぁああああ!!!!」



 互いの勢いを利用して相手の肩にナイフを叩き入れる!


 深く、しっかりとナイフは入ってくれた。

 ――そのまま背中まで傷を入れる。



「――っ痛!」



 だけど、刃を支えていた俺の右手の指もかなりのダメージ……何本か骨折したようだ。


 勢いそのまま、俺より先に落下したそいつは、バランスを崩して体を打ちつけている。


 俺の方は空中でバランスを立て直し、着地後すぐに攻撃に転じた。



「ぎゃああああああ!!!!」



 倒れているそいつの左肩――傷が入っていない方の肩に、ナイフを刺す。


 ――そこから今度は雷撃を!



「ぎゃああああああ!!

 ム、ムダだよ! ムダムダー!!」



 ナイフと雷撃により、俺はそいつの片腕を切り落とすのに成功……すぐに、もう片方の腕を切り取りにかかる。



「ムダムダムダ! また、生えてくるから!

 ムダなんだよ、ぼくは不死身なんだ!」



 切り落とされた両腕からは、徐々に別の翼が生えようとしている。


 不死身というのは本当らしい……その再生能力は、異常なレベルだ。



 ――だけど、関係ない!



 長い黒髪を振るいながら逃げるそいつに、俺はさらなる追撃を入れ続ける!



「ムダムダムダムダ! ぼくはいくら斬っても、死なないの! 神具じゃなきゃ、倒せないんだよ!

 ムダムダ、ムダムダ、ムダムダ、ムダムダムダムダ! ムダムダ、ムダムダー…………」










 ――雨の中。


 俺は領主バティスタの屋敷を目指し、背の高い街並を歩いていた。


 エネルギーを感知できるようになり、街の状況は何となくだけど把握できるように……


 魔獣たちと戦っている統制された人間たちがいるのを感じる。


 ――敵の敵。きっと味方となるだろう。


 バティスタと異形の魔徒が、街を完全に支配をしているわけではなさそうだ……



「――ねえ、どうしてぼくは死なないの?」



 俺の右手で、その黒髪を掴んで持っている青年の生首が尋ねてくる。


 首だけにしても死なない……かわいそうな子供。



「――お前が不死身だからだよ。」


「あ、神具があれば、ぼくは殺せるよ!」


「俺は、神具を持っていないんだ。」



 ――話しながら歩く。


 時折立ち止まっては、回復する首に斬撃を加えていく。



「痛いよ、お兄さん!

 どうして、そんなひどいことするの?」


「お前が回復したら、また攻撃してくるからだよ。」


「ぼく、ぼく、もう攻撃しないよ!」


「――そうか、ならやめておこう。」


「ありがとう、お兄さん!」



 お礼の言える可愛い子……


 ――だけど、力はとても強い。


 この状態にするまで、俺もだいぶ傷を負ってしまった……



「ねえ、体が痛いよ。どうして?」


「俺もだよ。生きているから痛いんだ。」


「ぼく、生きてるの?」


「そうだよ、不死身なんだろう?」


「ぼく、痛いのイヤだ! 死にたい……」



 魔神がこの世界を支配するために、異形の魔徒は生きている。


 不思議なやつらだが、その目的には疑いようの無い……純粋なやつらだ。


 ――だけど、この子は違う。



「そう言うな……生きてればいいこともたくさんある。」



 ――生きる意味を知らない、小さな子供。


 俺はその小さな子供と話をした。



「いいこと? どんなこと?」


「そうだな……クッキーとか美味しいぞ。」


「美味しい? あ、食べもの!

 ぼく、それ食べたいな!」



 俺は青年の顔を両手で抱くように持ち替え、――目線を合わせた。


 ――そして、尋ねてみたのだ。



「なあ、お前、俺の家族にならないか?」



 黒髪の美青年は不思議そうな顔。


 ポタポタと、雨水と血を垂らしながらも、痛みを忘れた顔をしていた。



「家族? 家族ってな〜に?」


「一緒に生きる者のことだよ。」


「生きるって、な〜に?」


「――生きていれば、わかるよ。

 お前がむやみに暴れず、むやみにその力を使わないなら……一緒に生きよう。」



 ――青年は微笑んだ。


 屈託の無い笑顔で、答えを返す。



「ぼく、家族になるよ!」


「じゃあ、『契約』だ。

 お前は今から俺の家族だ。家族は一緒に生きる。――さっきみたいな殺し合いはしないぞ!」


「うん、わかった!」



 ――俺は契約の刻印を施したのだ。



 施した瞬間、不思議なことが起こる……



「――!? お前、姿を変えられるのか?」



 首だけだった青年は、黒髪黒目の小さな男の子の姿に変わっていた。


 ――男の子は嬉しそうに笑っている。


 玉の肌を雨に濡らす裸の男の子を見て、俺は彼に質問をする。



「お前、その姿なら傷は無いみたいだけど、もうどこも痛くは無いのか!?」


「うん、痛くないよ!」



 ――反則だな。


 うらやましい限りだ……

 俺の方は、全身が重く……痛い。



 俺は男の子を地面に降ろす。



「じゃあ、ついておいで。

 ――ええと、名前は……?」


「――名前?」


「俺はゼノって呼ばれているんだ。

 君のことはなんと呼んだらいいかな?」


「名前! 名前!

 ゼノ、かわいい名前を付けて!」



 ――そう言われて俺は考えた。


 カラスみたいな異形の魔徒だから……



「カラス!」


「やだ!」


「マト。」


「やだ! やだ!」



 ――どうやらお気に召さないらしい。



「ちぇ! ゼノはセンス無いな!」



 言ってくれる……


 嫌味を言われてめんどくさくなった俺は、もうテキトーに呼ぶことに決めた。



「俺は忙しいんだ。先を急ぐぞ、『トリ』!」


「え〜!? やだ〜!

 もっとかわいい名前がいいよ〜!」



 駄々をこねるカラスを無視。


 状況の確認……それとついでに、バティスタの神具でも盗もうか?


 ぼんやりした頭でそう考えつつ、俺は先へと進むのだった…………









「――ゼノぉ、死ぬのかぁ?」



 道端で俺は突っ伏して倒れてしまう。


 思ったより、血を流し過ぎた……


 素直にゲバラからエリクサーを受け取っておけば……



「ゼノ〜、死んじゃうのかぁ?」


「死なない……よ……

 今から……一緒に……生き……る……」



 ――まだ、死ねない。


 神具持ちを集めて、魔神の前に……

 石になる子供たちを、一人でも……

 せめて、この子をラナのところへ……





 ――意識を失い再び目覚めたとき、俺は唇に柔らかな感触を覚えていた。


 ――口移しに、何かが注がれる。


 この体に染み渡る感覚は……ポーション?



 目を開けると、天井と、少女の顔が……

 金の髪と緑の瞳をした、美しい少女……



「――リ、リス?」


「――ゼノ殿、それは貴方と私の妹の名だよ。」



 微笑みとともに返ってきたのは、聞き覚えのある声だった…………






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