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氷河期ダンジョン  作者: 賽子ちい華
第一部 ――神具の強奪者――
28/51

黒い翼を持つ天使1


 魔獣と人間が歩幅を合わせて行進してくる……それは、初めて目にする光景だった。


 ――雨の中に異常な数の黒い群れ。


 騎兵の数はその半分程度だが、百近い数はいるだろう。



「なるほど、なるほど。

 魔獣の数が増えているなら、一気に攻めるために戦力を溜めておったのか。

 ちょろちょろっとやって来ては、わしに返り討ちにされるだけだからなぁ。」



 スキンヘッドに雨を垂らしながら、糸目の男サンゲンは嬉しそうに言う。



「サンゲンさん、あんな風に人と魔獣が一緒に来たのは初めてかい?」


「おう、そうだ。

 今まではテキトーに闊歩して、わしや人間を見つけては襲ってくるだけだった。」



 サンゲンは質問にそう答える。


 ――なら、それほど難しくはない。



「サンゲンさん、『人間』は俺が殺すよ。

 魔獣から、ここを守ってくれるかい?」


「そりゃあ構わんが、一人であの数をどうにかできるのか?」



 ――どうにかできるのか?


 その台詞はこちらが言いたい。


 軍隊とも呼べる魔獣と騎兵の数を見て、糸目の男は口角を上げている。


「構わん」と軽く返事する神経を、俺の方が疑っていた。


 ――だが、逆に信頼できる。


 実際、俺の方には余裕など無いが、男の軽さに合わせて一言告げる。



「ああ。ついでに大元(おおもと)も断ってくるよ。」



 ――そう一言告げて、雨の中に飛び出した……





 不敵に笑う達人に守りは任せ、黒い軍勢へと俺は駆け出す。


 こちらが駆け寄って来ているのに、相手は気づいたはず……だけど、隊列から少数が出てきて迎撃するような素振りは見せない……


 ――だから、構わず飛び込む!


 騎兵たちの真ん中。――そこにジャンプして飛び込んだのだ。



 ――眼下には、驚く若い男の顔が見えた。


 その顔目がけて、俺は降りる!



「いでっ! ぅ、うぁああああ!!」



 ぶつかって、俺と男は馬上から転落……若い男は混乱し叫んでいる。


 ――他の兵士たちも混乱し始めた。



「き、奇襲だぁああああ!」


「お、襲われるなんて聞いてないぞ!」


「こ、子供を殺すだけの仕事だって!」


「し、指示を出してくれ!」



 兜で顔がわからない者もいるが、若い兵士ばかりのようだ。


 彼らの視線は泳いで助けを求めるように、一人の男に注がれた。



「皆さん、大丈夫ですよ。慌てないで。

 皆さんは頑張っていますから大丈夫です……魔神様がついています。」



 兜をつけず、金の髪をなびかせる男……


 男は糸目でにこやかに話し、その声で兵士たちを落ち着かせる。



「さあ皆さん、まず馬を落ち着かせて。

 それから、その黒マントを囲むように場所を開けなさ……いいぃイイイイ!?」



 俺はその男まで一気に距離を詰め、首を右手で掴んで馬上から引きずり下ろす。


 男の命令通りに開かれた場所で、俺は男の首を絞めつつ、体を宙に持ち上げた。



 ――男の指示は的確だった。


 密集した騎兵の中では、逆に攻撃されにくいと……そこを狙って飛び込んだが、場所を開ける対策をされた。


 ――だが、あとが続かない!



「こ、この兵士たちは、私の命令通りにしか動けない、かわいそうな若者たちだ。

 お前、真っ先に私を狙ったのなら、私を殺したら、ど、どうなるか……わかって、い、いるのだろう?」



 苦しそうに糸目を少しだけ開けて、男はそんな風に訴えかけてくる。



「ま、魔神様の元で、この者たちは静かに、平和に生きることを望んでいる。

 お前は、そんな健気な者たちの、未来を奪おう、とィいいい、いうのか?」



 ――命乞いに近い、必死な質問。


 その質問には正直に答えてみせた。



「俺は若い世代の健やかな未来を祈っているよ……未来なんて奪いたくない。」


「な、なら、私に、魔神様に従うと良い……お前にも、健やかな未来が、ガッ?」


「――俺はもう、自分の未来は諦めたよ。

 だけど、この若者たちのために『お祈り』がしたい……魔神様に伝えてくれ。」



 そう答え、絞める右手を緩めると、男は安心したように……にこやかに笑った。


 ――それから、男の目つきが鋭くなる。


 その笑顔は凶悪な笑みへと変わり、その体を持ち上げられながらも、男はその両腕を広げ――振りかぶる!


 男の両手が何かの、爪のような形状に変わったのが見てとれた。



 俺を仕留めるつもりだったのだろう……


 ――だけど、俺の方が早かった。


 最初から男を……この魔神の配下を殺すつもりだった俺は、叫びつつ雷撃を叩き込んだのだ!



「――さあ伝えてくれ、魔神に!

 神のいないこの世界で、この若者たちの『今後のご健闘を祈る』となあ!!」



 ――雨の中、雷光が走る。


 雷撃は一瞬で男を絶命させた。


 焦げ死んだ男を地べたに落とす……男の姿はもう、「人間」ではなくなっていた。




『異形の魔徒』


 人の死体である通常の魔徒と違い、呼び名の通り「異形」をした特殊な魔徒。


 中には人に化け、人の世界に潜み、人を欺く――「悪魔」と呼ばれる者もいる。


 魔神の配下と言われており、過去よりずっと以前から存在しているらしい。


 特殊な「能力」を持っている――それに、「魔獣を統率」する力も有していた……




「うわ、やめろおおおお!!!!」


「ぎゃああああ!!!!」


「――か、母さん!!」


「何で!? 何でぇえああああ!!!!」



 ――魔獣たちの統制が失われる。


 魔獣たちは近くにいた騎兵たちを、若い兵士たちを襲い始めた……



 馬の悲鳴と人間の悲鳴。


 そして、魔獣の咆哮……それらが雨音に混じり聞こえ出す。


 ――俺は、彼らを助けない。


 彼らの悲鳴を背中に聞きながら、その場所から離れていったのだ…………





 スラムの人たちを襲った兵士たち……


 きっと、自分の命や自分の家族のために、異形の魔徒に従ったはずだ。


 自分の未来のため、他の未来を奪う。


 ――それは、間違っていない。



 俺は彼らを切り捨てた……十中八九死が待つ状況で、若者たちの未来を奪った。


 俺に縁のある者たちを守るため、たまたま縁の無かった若者たちを切り捨てたのだ。


 もっと良い方法だってあったかもしれないのに、安直な方法を選択した。


 ――だけど、間違っていない。





 間違ったのは、君だよ……


 ――チェチェ、君は生きるべきだった。



 それにね……


 君は俺が「世界を救う」ためにと自分を犠牲にしたのかもしれない。


 でも、それだって間違いなんだ……


 俺に世界は救えない――救わない。


 やっぱり君は間違っている――君が、間違っている……



「こんな世界など、ぶち壊してやる……!!」



 ――俺は、静かに叫んだ。


 俺の戦線布告など聞こえるはずもないこの世界は、ただ雨を降らせ続けてくる……



 ――雨の中、俺は暗い空に問いかけた。



「ねえ、チェチェ……

 ――どうして君は、間違えた?」







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