黒い翼を持つ天使1
魔獣と人間が歩幅を合わせて行進してくる……それは、初めて目にする光景だった。
――雨の中に異常な数の黒い群れ。
騎兵の数はその半分程度だが、百近い数はいるだろう。
「なるほど、なるほど。
魔獣の数が増えているなら、一気に攻めるために戦力を溜めておったのか。
ちょろちょろっとやって来ては、わしに返り討ちにされるだけだからなぁ。」
スキンヘッドに雨を垂らしながら、糸目の男サンゲンは嬉しそうに言う。
「サンゲンさん、あんな風に人と魔獣が一緒に来たのは初めてかい?」
「おう、そうだ。
今まではテキトーに闊歩して、わしや人間を見つけては襲ってくるだけだった。」
サンゲンは質問にそう答える。
――なら、それほど難しくはない。
「サンゲンさん、『人間』は俺が殺すよ。
魔獣から、ここを守ってくれるかい?」
「そりゃあ構わんが、一人であの数をどうにかできるのか?」
――どうにかできるのか?
その台詞はこちらが言いたい。
軍隊とも呼べる魔獣と騎兵の数を見て、糸目の男は口角を上げている。
「構わん」と軽く返事する神経を、俺の方が疑っていた。
――だが、逆に信頼できる。
実際、俺の方には余裕など無いが、男の軽さに合わせて一言告げる。
「ああ。ついでに大元も断ってくるよ。」
――そう一言告げて、雨の中に飛び出した……
不敵に笑う達人に守りは任せ、黒い軍勢へと俺は駆け出す。
こちらが駆け寄って来ているのに、相手は気づいたはず……だけど、隊列から少数が出てきて迎撃するような素振りは見せない……
――だから、構わず飛び込む!
騎兵たちの真ん中。――そこにジャンプして飛び込んだのだ。
――眼下には、驚く若い男の顔が見えた。
その顔目がけて、俺は降りる!
「いでっ! ぅ、うぁああああ!!」
ぶつかって、俺と男は馬上から転落……若い男は混乱し叫んでいる。
――他の兵士たちも混乱し始めた。
「き、奇襲だぁああああ!」
「お、襲われるなんて聞いてないぞ!」
「こ、子供を殺すだけの仕事だって!」
「し、指示を出してくれ!」
兜で顔がわからない者もいるが、若い兵士ばかりのようだ。
彼らの視線は泳いで助けを求めるように、一人の男に注がれた。
「皆さん、大丈夫ですよ。慌てないで。
皆さんは頑張っていますから大丈夫です……魔神様がついています。」
兜をつけず、金の髪をなびかせる男……
男は糸目でにこやかに話し、その声で兵士たちを落ち着かせる。
「さあ皆さん、まず馬を落ち着かせて。
それから、その黒マントを囲むように場所を開けなさ……いいぃイイイイ!?」
俺はその男まで一気に距離を詰め、首を右手で掴んで馬上から引きずり下ろす。
男の命令通りに開かれた場所で、俺は男の首を絞めつつ、体を宙に持ち上げた。
――男の指示は的確だった。
密集した騎兵の中では、逆に攻撃されにくいと……そこを狙って飛び込んだが、場所を開ける対策をされた。
――だが、あとが続かない!
「こ、この兵士たちは、私の命令通りにしか動けない、かわいそうな若者たちだ。
お前、真っ先に私を狙ったのなら、私を殺したら、ど、どうなるか……わかって、い、いるのだろう?」
苦しそうに糸目を少しだけ開けて、男はそんな風に訴えかけてくる。
「ま、魔神様の元で、この者たちは静かに、平和に生きることを望んでいる。
お前は、そんな健気な者たちの、未来を奪おう、とィいいい、いうのか?」
――命乞いに近い、必死な質問。
その質問には正直に答えてみせた。
「俺は若い世代の健やかな未来を祈っているよ……未来なんて奪いたくない。」
「な、なら、私に、魔神様に従うと良い……お前にも、健やかな未来が、ガッ?」
「――俺はもう、自分の未来は諦めたよ。
だけど、この若者たちのために『お祈り』がしたい……魔神様に伝えてくれ。」
そう答え、絞める右手を緩めると、男は安心したように……にこやかに笑った。
――それから、男の目つきが鋭くなる。
その笑顔は凶悪な笑みへと変わり、その体を持ち上げられながらも、男はその両腕を広げ――振りかぶる!
男の両手が何かの、爪のような形状に変わったのが見てとれた。
俺を仕留めるつもりだったのだろう……
――だけど、俺の方が早かった。
最初から男を……この魔神の配下を殺すつもりだった俺は、叫びつつ雷撃を叩き込んだのだ!
「――さあ伝えてくれ、魔神に!
神のいないこの世界で、この若者たちの『今後のご健闘を祈る』となあ!!」
――雨の中、雷光が走る。
雷撃は一瞬で男を絶命させた。
焦げ死んだ男を地べたに落とす……男の姿はもう、「人間」ではなくなっていた。
『異形の魔徒』
人の死体である通常の魔徒と違い、呼び名の通り「異形」をした特殊な魔徒。
中には人に化け、人の世界に潜み、人を欺く――「悪魔」と呼ばれる者もいる。
魔神の配下と言われており、過去よりずっと以前から存在しているらしい。
特殊な「能力」を持っている――それに、「魔獣を統率」する力も有していた……
「うわ、やめろおおおお!!!!」
「ぎゃああああ!!!!」
「――か、母さん!!」
「何で!? 何でぇえああああ!!!!」
――魔獣たちの統制が失われる。
魔獣たちは近くにいた騎兵たちを、若い兵士たちを襲い始めた……
馬の悲鳴と人間の悲鳴。
そして、魔獣の咆哮……それらが雨音に混じり聞こえ出す。
――俺は、彼らを助けない。
彼らの悲鳴を背中に聞きながら、その場所から離れていったのだ…………
スラムの人たちを襲った兵士たち……
きっと、自分の命や自分の家族のために、異形の魔徒に従ったはずだ。
自分の未来のため、他の未来を奪う。
――それは、間違っていない。
俺は彼らを切り捨てた……十中八九死が待つ状況で、若者たちの未来を奪った。
俺に縁のある者たちを守るため、たまたま縁の無かった若者たちを切り捨てたのだ。
もっと良い方法だってあったかもしれないのに、安直な方法を選択した。
――だけど、間違っていない。
間違ったのは、君だよ……
――チェチェ、君は生きるべきだった。
それにね……
君は俺が「世界を救う」ためにと自分を犠牲にしたのかもしれない。
でも、それだって間違いなんだ……
俺に世界は救えない――救わない。
やっぱり君は間違っている――君が、間違っている……
「こんな世界など、ぶち壊してやる……!!」
――俺は、静かに叫んだ。
俺の戦線布告など聞こえるはずもないこの世界は、ただ雨を降らせ続けてくる……
――雨の中、俺は暗い空に問いかけた。
「ねえ、チェチェ……
――どうして君は、間違えた?」




