希望の幻影1
夜が明ける頃には小雨が降り始めた。
俺の住処――子供たちが待つバティスタ領に帰り着いた……だがそこには、見慣れぬ光景が広がっていた。
バティスタ領の中心街。その周りには、簡素な家々が並ぶスラム街が……あったはず。
たけど、街が無くなっていて、家々は壊されて瓦礫と魔獣の死体ばかりに……
――そして、人の死体がいくつか見える。
俺は自分の家のあった場所へと急ぐ。
途中に転がる死体は服装から、知り合いだったスラムの人たちだとわかった。
――直視はできなかった……
兵士らしい死体も消えかけている黒犬の魔獣の死体もあって、それらには近づいて、しっかりと確認した。
その破壊のされ方から見て、神具により倒された形跡だと考えられた。
――誰と誰が戦い、誰が死んだのか?
領主のバティスタが異形の魔徒と組んだと、アムスの領主は言っていた。
アムス領を攻めた大量の魔獣はおそらく、ここを通ったはず。――ここに帰りつくまでの道には、魔獣の足跡が多く残っていた。
なら皆は、魔獣に全滅させられたのか?
――そんな予想はしない!!
死体の数は、スラム全員の数からいえば少な過ぎる……だから、きっと生きている。
希望を考えながら走り、たどり着いた自分の家は――跡形も無く壊されていた……
瓦礫の中に、埋もれた「扉」を探す。
掘って――鉄板を見つけ、中に「小さな光たち」がいるのを感じることができた!
――良かった!
屈んでその鉄板をノック。
五回、それから二回とノックをすれば、一度だけ小さな音が返ってくる。
今度は二回、五回とノック。
そうすれば、小さな光たちがこちらに向かってやって来るのだ!
俺は鉄板を持ち上げて、そこを開いた。
「ジェノー!」
「ゼノさん!」
「ゼノ〜!!」
――笑顔で飛び出して来る子供たち。
次から次に出てくる子供たちを抱きしめて、無事を喜んでいたら赤い髪が見えた。
井戸と一緒に掘った地下室から、ひょこりと青い瞳をのぞかせる……ラナ。
「おかえり、ゼノ。」
「ただいま、ラナ――みんな無事か?」
ラナは一呼吸置いて、答えを返す。
「ごめん、リリスちゃんが飛び出していってしまって……」
「リリスが!? どこに?」
「教会の子たちを守らなきゃって……
ごめんなさい……ちゃんと隠れて逃げるって、私が教えきれていなかった。」
「謝るなよ、俺の責任でもある。
それにリリスは強い。大丈夫だ!」
自分に聞かせるようにラナを励まして、……そうしながら考える。
教会へ行くという選択――それ自体は間違いじゃない。
教会は中心街の中にある。
異形の魔徒と組んでいるとしても、街の人たちまで巻き込むとは考えにくいだろう。
「ゼノさん、荷物まとめたよ!
――エリクサーもここに!」
一番年上の男の子。セシルが移動の準備を整えて、元気に呼びかけてきた。
だけど、顔にかなりの傷が見える!
「セシル!? どうした、その傷!?」
俺の問いにはすぐにラナが、セシルを庇うように答えた。
「セシルは近所の人を助けて、中に運んで連れてきてくれたの!
それで、ちょっと怪我したみたいで……」
近所の大人たちと子供たちが、セシルの後ろから這い出してくる……一緒に避難していたらしい。
セシルと同じく魔獣にやられたのか?――彼らも、傷を負っていた。
「エリクサーを使え!」
「これくらい大丈夫だよ、ゼノさん!」
俺の命令をセシルは拒む。近所の人たちも、大丈夫と笑顔を見せてくる。
遠慮せずに治せばいい……
俺はもう一度言おうとしたが、彼らの向けてくる目に――声が出なかった。
――意志を宿した真っ直ぐな瞳――
彼らの俺を見る目は真っ直ぐで、その瞳に見つめられ、俺は言葉が出なかったのだ……
準備を整えて、皆で教会へ行くことに……
リリスや教会にいる人たちも心配だったし、避難所としても悪くない。
近所の人たちの話によれば、ゲバラに連れられて、スラムのほかの人たちも教会に向かって行ったそうだ。
教会へと歩きながら、状況を確認する。
まず最初に、爆発する猿と石になる鳥に襲われて家を壊された。
次に魔獣が通り過ぎ、その次は「人」である兵士たちが襲ってきたらしい。
後はずっと隠れていたらしく、黒犬の魔獣と兵士を倒した者はわからなかった……
――魔獣の動きには合点がいく。
兵士たちが街の人たちを襲った理由はわからないが、魔徒の方に組みしたのだろう。
異形の魔徒は領主や兵士たちに魔神の復活を伝えたはずだ。
復活後の自分や家族の命を保証されて、そちらに加担したと考えられる。
そんな生き残るための選択は、決して間違いではないのだから……
中心街を囲む防壁の中は、外と大して変わらなかった。
――瓦礫と、魔獣の死体が転がっている……人の死体もいくつか見えた。
その中を不安そうな子供たちを安心させながら、ゆっくりと歩き、進んでゆく。
子供にマントを掴まれて、リリスとここを歩いたことを思い出す。
振り向いて、掴んできた子の顔を見たら、一瞬だけどリリスの緑色の瞳見えた……
霧雨の中に金色の髪をした少女の――俺はその、幻影を見たのだ。
あの子はおとなしそうに見えて、行動力と正義感の強い子だった。
髭面の男に人質にされても、あの子は雷撃を放って反撃した。
――あれが無ければ、俺は死んでいた。
女騎士のお嬢様……ローゼンの馬車が襲われた時、「助けてあげて」と叫んだのは、あの子だった。
林に隠れていろと言ったのに、俺がピンチの時に飛び出してきてくれた。
リリスは強くて、優しい子だ。――他人なんて助けなくていいのに……
「神具を手に入れて、世界を救うんだ!」
かつての冒険者たち――父さんも……
彼らはそんな志を抱いて、迷宮に潜っていたらしい。
――冒険者たちだけじゃない。
世界のためだとか、誰かのためだとか……そんな志を皆が抱いていたのだろう。
「何かを成せ! 何者かになれ!」
彼らはそう、俺たちに言ってきた。
――だけど、それは偽りだ。
それは、子供のような空想――
ただ生きる……その難しさを知らない人間の戯言と、今の俺たちは知っている。
――事実、世界は救われなかった!!
俺の父や母の時代……
まだ、神が魔神に敗れるまでは、誰でも何かになることができた。――少なくとも、父親や母親に……
――世界が希望に溢れていたからだ。
だけど、今は違う。
他人に迷惑をかけ他人の未来を奪って、それでもただ生きる――生きている俺たち。
父も母も、守れなかった……
――何かを成したい!
何も叶えられない俺たちは、そう思う。
――何者かになりたい!
無価値な俺たちは、そう思う。
子供のような空想、偽りの戯言。
彼らの「志」という幻影に引っ張られて、俺たちは生き方を間違えた。
――いや、最初から間違えていた。
生まれた時代を、間違えていたのだ……




