無敵の人3
女子供を安全な防壁まで連れて行く。
それからまた、何人かで街を回り、生き残った人々を救出……それを繰り返す。
魔術や神術で建屋の中をくり抜き、魔獣たちの裏をかいて安全な経路を通る――
そんな、逃げ切り人生を歩む大将の采配は、俺にはできぬ大したものだった。
「あとは、中央広場辺りか……
あっちにはかなりの魔獣たちが集まっている。たぶん、何人か残っているはずだ。」
「あっちはキツイぞ! 異形の魔徒の能力もあるんじゃ!
――気づかれたら、やられてしまう。」
俺の助言に、弱気な事を言う領主。
そんな老人に、俺は作戦を尋ねた。
「どうする?」
「直線になるように、建物に兵士を隠しながら向かう。逃げる時は真っ直ぐに、攻める時は挟み打ちにできるはずじゃ!」
――なるほど、いい作戦だ。
その作戦に従い、俺は前線を担った。
中央広場に近づけば、上空にいる異形の魔徒と、夜に飛ぶ、鳥たちの姿が見えた。
やつらはこちらに気づかない……というより、別の相手から目を離せない様子だ。
――鳥が落下し、建屋が破壊される。
鳥を石のように重くして落とす――それが、異形の魔徒の能力らしい。
だけど、その鳥が石になる前に、空から落ちて死んでゆく……下から石を投げつけられ、落とされているのだ。
やっている人物は、魔獣たちの中にいた。
大犬たちの大群を相手にして、なお上空にまで攻撃できる余裕のある、圧倒的な強者。
莫大な神術エネルギーを放つ「人間」。
――おそらくは、マルス•カストロだ。
そこは幸いと、救助を進めていく。
大方の避難が済んだ頃、魔獣の群れが走って突進した先に、一組の親子の姿が見えた。
――親子を襲う魔獣たち。
父親は武装しているが、腰を抜かして動けないでいる様子。
俺は彼らを助けようと屋根を走った……が、魔獣が親子に迫る――間に合わない!
俺がそう思ったところ、何人かの男たちが親子と魔獣の間に飛び出してきた……
「か、可愛い奥さん連れてんな!」
「こ、子だくさんだね!
ま、毎晩やってんのかぁいい?」
「ギャ、ギャハハハ……
や、やめろよ、ひっ、人妻は今から俺に惚れて、今晩よろしくするんだからよ!」
「あ、じゃ、じゃあ俺は娘だな!」
「お、お前、ロリコ〜ン、ハイ決定!」
「おい犬っコロ!
ここは通してやらねえぜ!」
「俺たちは、仕事もねえ、家族もねえ。
カツアゲで生きるだけのチンピラさ。――未来なんて無い、『無敵の人』だぜ!」
――飛び出してきたのはゴロツキたち。
彼らは声を震わせながら、啖呵をきる。
俺は戦わないスタイルだ……だけど、雑魚どもの声が気に障り、彼らの前に飛び出した。
大犬一匹の喉を、魔黒竜の牙で突いて殺し、さらに、近くの二匹を打撃で吹き飛ばす。
それから両手を広げ、雷撃を放った。
――左右片方ずつ、黒犬の頭に! その雷撃をさらに隣の犬の頭へと……
雷撃は通常、最後は地面に落ちる……
だが、俺は雷撃を放ち続け、次々に魔獣たちを雷撃に巻き込んでいく。
――落ちるな、落ちるな、落ちるな!
両手から離れた雷撃は、大犬の群れ全てを通過しながら、複雑な経路を描いていく。
――繋がれ、繋がれ、繋がれ!
見える黒犬の群れ全てを巻き込んで雷撃が輝き、二つの雷撃が繋がる感触が伝わった!
――流れ続ける狂った雷撃――
そこで両手を力いっぱい合わせれば、雷撃は消えること無く、魔獣たちを襲い続ける!
地上に雷が舞うような雷光に、黒犬たちは黒炭になっていった……
「す、すげぇ……」
「バ、バケモンだ……」
雷撃を最大にまで高めた俺の神術に、ゴロツキどもは驚いている。
実力の違いを見せつけて、雑魚どもには言ってやるのだ!
「とっとと親子を連れて失せろ、雑魚が!」
「ひ、ひぃいいいい!!」
情け無い声を上げて、その場から逃げ去るゴロツキたち。
久しぶりに全力を出したからか……俺はイイ気分を味わっていた。
――だけど、そこで殺気を感じる!
上空の、異形の魔徒に気づかれたのだ!
「――さて、アイツを倒すしか無さそうだね……」
小さく呟き、俺は中央広場に走った。
子供たちの元へ急がねばならない……そんな大目的を忘れて、ゴロツキどもの挑発に軽率にも乗ってしまった……
浅はかな俺はその代償を払いに、空を飛ぶ、異形の魔徒へと挑むのだ。
中央広場には、黒犬の死体が山のように積まれている。
青白い光――人を完全に覆い尽くすほど大きな盾のその縁に、神具独特の刃が輝いているのが見えた……
そんな巨大な盾の形の神具を持ち、死体の山の頂上にいたのは、やはりマルスだった。
マルスは大犬に鳥にと相手をしながらも、俺に気づいて声を上げた。
「――あ! あんたあの時の! あん時はよくも、罪をなすりつけてくれたな!」
――そういえば、そうだった。
「――許せ、マルス。
それに今はそんな場合じゃない。あの上にいるやつをなんとかしたい。」
そう返せばマルスは俺に近づき、背中を合わせて話してくる。
「いやいや、許せるわけは無いだろう?
だいたいあんた、何で俺の名前を知っているんだよ!?」
「……お前が有名人だからだよ。
あの高さのやつを、仕留める方法はあるかい?」
「あるならとっくにやってるよ……あ!
だけど、あんたが協力してくれるなら、方法はあるかな!」
マルスはこの危機的状況の中で、明るい声を放つ……そんな青年に俺は尋ねた。
「どんな方法だ?」
「俺が屋根に登って、ジャンプする。
あんたを担いで、ジャンプするんだ。」
――何を言っているんだ、コイツは?
「そんで、あんたを投げるんだ。
俺のジャンプだけじゃ届かなかったけれど、それなら、たぶんいけると思う。」
――は? 発想がおかしい!?
反論しようとした俺だったが、すぐに……凄まじい力で掴まれ、抱き抱えられた。
常識外の作戦を話したマルスは、さっそくと、それを実行に移してきたのだ!
「お、おい! 本気か、お前!」
「たぶんいけるって! さっきの雷撃はあんただろ? あれを当てりゃあ、あの魔獣だか魔徒だかわからんやつも一撃だろ!」
嬉々として話す青年は一瞬で、三階建ての建物の屋根へ跳ぶ。
そこから、すごい勢いで上空に飛んだ!
そして……
上空の異形の魔徒に向かい、俺を思いっきり投げ飛ばしたのだ!
「嘘だろ、あいつ!?
……ちゃ、着地はどうするんだ!?」
――吹っ飛ばされて慌てる、俺。
それを冷ややかに見る、異形の魔徒の冷たい瞳が見えた。
それに向かい雷撃を放とうとしたが、魔徒はあっさりと、さらに上空へと飛んでいく。
――失敗か?
自身の落下が始まりそうと思った俺は、何か、気配を感じて下を見た。
――そこには、金の巨大な盾。
神具を持ち、それを上空に向かい構えたマルスが、俺に向かって飛んで来る!
「――踏み台にして、飛べ!」
盾を投げつけてくるマルスの声。
俺は、その声にとっさながら反応する。
巨大な盾を足場に、全力でジャンプ!
逃げる異形の魔徒へと近づいた。――近づいたところで、全力の雷撃を放つ!
「ぐぁああああ!!!!」
雷撃を浴びた相手は、叫びを上げる。――黒焦げになり落ちる、異形の魔徒。
それを追って下を見れば、魔獣たちの魔術エネルギーが混乱して動き始める……指揮役が死に、統制が崩れたのだ。
――だけど、そこからは俺のピンチだ!
「高すぎじゃないか……」
俺は、自身の中から沸き起こる寒気と、落下の風圧を感じとる!
――死ぬ! マジで死ぬ!
カバンの中にエリクサーは一本ある……だけど、これは即死コースだ!
足からなんとか着地すれば……そう思うが、落下の速度は増していく!
「死ぬ! これは死ぬ! あいつのおかしな発想のせいで……発想!?」
――落下の中、俺は思いつく!
マントを両手で広げ、落下するその風を受け、落ちるスピードを殺そうとした!
――名付けて、「ムササビの術」!
「無理だ……死ぬ!」
――やはり落ちていく俺の身体。
俺のくだらない発想は何の意味も効果も無かった……
ラナや子供たちを思い出し、俺は最期の時を覚悟した。
――その時、流星が見えた。
暗い雲に覆われた世界で、稀に西の空に見える光の線――いや違う、マルスだ!
マルスが流星のようなスピードで走ってくる……その神術エネルギーが見えたのだ!
その光は輝きを増して、こちらに向かい飛んで来る!
――俺を空中で抱き抱えるマルス。
「がっ!」
抱えられた瞬間、両腕の骨が折れる!
――痛みに苦悶する、俺!
それを抱え、マルスは走りながら着地。
そのまま走って屋根を伝い、防壁に一度乗って、さらに街の外まで飛び出した!
そこでやっと……俺を地面へ降したのだ。
「――大丈夫かい?」
「大丈夫じゃねえよ!
……全身の骨が折れてるよ!」
俺が怒り叫ぶと申し訳なさそうに、その青い瞳に、マルスは憂いの光を浮かべる。
「か、カバンから、緑の液体の入った小瓶を出して飲ませてくれ……」
「あ、ああ、わかったよ……」
マルスは俺の頼みを聞いて、エリクサーを飲ませてくれる。
「こ、これエリクサーか!? よく、持っていたな!」
「お前は、神竜の部屋に入ったんだろ?
――持ち帰れなかったのか?」
「いや、さすがにあの竜は強くて、逃げる途中で飲んでしまった……
――って!? あんたは、何でも俺のことお見通しなんだな!?」
そんな会話の間に、全身に秘薬の効果が回り、なんとか命の危機を脱したのだ。
「す、すまない……」
元気さを失い、しおらしくなる青年……俺は言うべきことを言ってやる。
「――マルス、もう謝らなくていい。
異形の魔徒は倒せた――俺は生きている。
それで済んだ……いけると思ったら実行に移した。それを、間違いなんて思うんじゃない。」
言えば、マルスはにこやかな顔に。
そして、明るい声で言ってくる。
「あんた、師匠と同じことを言うんだな!」
「その、神術の渦を教えたやつか?」
「いや、これは隣の領主に教わったんだ。
――『シバ』って言ってな。あんたより少し年上の、剣の師匠さ!」
――明るく、嬉しそうに話すマルス。
爽やかな青年には、あふれる才能と、豊かな発想が備わっている。
英雄の器とは、こういう男なのだろう。
コイツの師匠は楽しいだろうな……
そんなことを思って立ち上がり、その英雄の卵に頼みごとをする。
「街の中で領民たちが逃げ回っている。助けてやってくれないか?
明日には三人の神具持ちがやって来る……全員女だから、すぐわかると思う。そいつらと、この街を救って欲しい。」
それにマルスは了承と質問を返す。
「いいけど……あんたは、どうするんだ?」
――どうするか?
決まってはいるが、心は不安に溢れていた。――もう間に合わないかもしれない……
だけど、ラナと子供たちの元へ……教会の子供たちの所へだって駆けつけたい。
家族を……クッキーを半分くれた、優しいスラムの子供たちを救ってあげたい。
「――俺の街も危険なんだ。
悪いが、そっちに行かせてくれ!」
頼めば爽やかな青年は、爽やかな笑顔で言ってくれる。
「バティスタ領か……わかったよ!
こっちが片付いたら、俺も助けに行ってやるよ!」
マルスは笑顔で答えて、善は急げと跳んで、防壁の中へと戻っていった……
――感謝を持って、その背中を見送る。
そして、俺もまたバティスタ領へと……家族と仲間の住む場所へと走り出したのだ。




