勝者たる男2
「――女を『交換』しませんか?」
ニヤける俺のそんな言葉に目を丸くするのは、立派な黒髭を生やした貴族の男。
「どういう意味だ?」
スターリンはそう返し、提案に食いついてきた。
人の肉片の転がる血の海の中。その中で、冷静に、丁寧に、俺は交渉を進めてゆく。
倒れこむ黒髪の美人を指差し、俺はスターリンに話すのだ。
「ちょっと前に見かけて、目をつけていたんですよ……その女。殺される前に欲しいと思いまして。」
「革命軍の仲間……というわけではなさそうだな。」
「ただの冒険者ですよ。でも、どうやら相棒は違うようで、貴方に何かあるようだ。
この娘の力、なかなかのものでしょう?」
そう言って、壁際に倒れているマリーに目線をやれば、スターリンもそれに従う。
自分の娘とも知らず、その露わな肌に好色な笑みを浮かべるのだ。
「――俺が恐れているとでも思うのか?」
表情と合っていない、スターリンの言葉。
恐れてはいないだろう。この男は女の強さ――内面になどに興味が無いのだから……
サーベルを肩に担ぎ、殺気を解いてニヤリと笑うスターリン。
俺も人質に取っていた女からナイフを離し、話を先へと進めてゆく。
「いえいえ、そういう意味では。――ただ、お連れの女たちよりは強いかと……」
「確かにな。」
「九十九階の攻略に連れていきませんか?」
「――言わんとしていることはわかるが、この女が素直に、俺につくとは思えんが?」
ペースを握った俺は契約を結ぶための、交渉の締めに入ってゆく……
「その娘は、俺の奴隷です。
俺は『契約の刻印』が使えるんですよ。」
「――なるほどな。」
「その娘は貴方に従うように、更なる刻印で縛りましょう。」
「それで……。お前は俺にも刻印を打ちたいのだろう? どんな契約を結びたいんだ?」
契約の刻印は、相手が納得する内容でなければ発動できない。
目の前の男スターリン。その情報や印象から最大限の条件を、俺は考え……提案する。
「――俺の方は、女二人を刻印で縛りましょう。その娘には、貴方の奴隷となるよう刻印を打ちます。黒髪の女には、もう貴方に攻撃をしないように……
貴方には、その娘と黒髪の女、この二人に、迷宮内で『手を出さない』ようお願いしたいのですが、いかがです?」
そう聞けば、スターリンは俺に見せるように、宝石で飾られた美しい鞘を取り出した。
そして、青白く光るサーベルの刃を、ゆっくりとその鞘へと仕舞ってゆく。
――交渉は成立したのだ。
サーベルを鞘へと収めながら、スターリンは質問をしてくる。
「黒髪の女はわかるが、この娘に手を出さない条件をつけるのはなぜだ?」
俺は人質に取っていた女を寝かせ、スターリンに向かい歩きながら答える。
「貴方がこの女を『一応は』守ったように、俺もその娘には『一応の』愛着があるんですよ。」
そう答えながら近づけば、スターリンは動かない。
そのフルアーマーの肩へと手を置いても、殺気を見せることはなく、俺は彼に契約の刻印を施すことができたのだ……
――そのタイミング、衝撃が走る!
「ところで、手を出さないのは『女』二人。
『男』のお前は、含まれんのだよな!」
スターリンはそう言って、俺の腹を殴りつけ……殴られた俺は吹き飛ばされる!
――天井、床、壁へとぶつかり飛ぶ!
死体の海を越えて壁にぶつかった俺は、着地もできずに血反吐を吐かされた。
「何しやがる! うおおおおおお!!!!」
「――ゼノか!?」
「アドルフ様、危ない! 止まれ小娘ぇ!」
「――あ、アドルフ様……」
その喧騒に、女たちの意識が戻った。
一番早く動いたのはマリー。スターリンのツレで動けたのは一人。
ミリアンは状況を呑み込むと、すぐさまスターリンへ攻撃するマリーへと加勢した!
二人の女に襲いかかられ、スターリンは防戦一方……唯一動けるスターリンの付き人は、氷の魔術で応戦する。
――だが、とにかくマリーが強い。
炎を纏った拳で氷結を砕き、スターリンのフルアーマーの、腕や肩を溶解していく。
刻印で縛られ手が出せないスターリンは、攻撃をその鎧でなんとか防ぐ。
そして、俺に目配せして言ってきた。
「はははっ! こいつは厄介だ、手が出せん! お前、契約通り、なんとかしろ!」
俺は立ち上がり、よろけながら歩いて、二人に命令する。
「二人ともやめろ。」
「絶好のチャンスだ! ここでこの男、倒してやる!」
「なんかわかんねーが、この女の言う通りだ! ――今ぶっ倒してやるぜ!」
状況的にチャンスなのは頭ではわかる。
――だけど、刻印で縛られているのは、俺も同じなのだ。
「マリー!!」
名を呼べばマリーは攻撃をやめて、ペタリと座りこんだ……娼館で打った刻印が効いている。
「――ゼノ、なにを!?」
ミリアンへは雷撃を打ちこみ、その動きを止めた。
――契約の刻印は絶対だ。
確かにスターリンを倒すチャンスだが、俺の心は契約に逆らえない。
すぐに、女の魔術がミリアンを狙う。
俺は雷撃で女を狙ったが、スターリンが魔術の壁で防御……だが、スターリンは女を制し、戦いは停戦状態に入ったのだ。
――うずくまるミリアンの肩を揺すり、声をかけた。
「ミリアン、もう諦めろ。」
「――私は、まだやれる。ここで引いては、死んだ仲間たちに顔向けできん……」
そう言って、立とうとするミリアン。
俺はそれを大声で止める。
「何人死んだと思っている! お前以外は全員死んだぞ! お前はもう、負けたんだ!」
怒声を上げる俺を見つめ、黒髪の美人は、その切れ長の目から涙から流す。
弱々しい表情になった彼女に、俺は静かに「交渉」をした。
「もう、スターリンへの攻撃はやめろ。
仲間の『弔い』は俺がやってやる。」
ミリアンは泣いていて、返事を返さない。
だけど契約の刻印の発動を意識すれば、すんなりと刻印を施すことができたのだ……
今度は座り込んでいるマリーの前へ。
俺自身もかがみこんで、目線の高さを合わせてから彼女の肩に手を置いた。
「マリー、悪いな。俺の目的のために、お前を利用させてもらうよ……」
それに対して、マリーは予想外の返事。
「いいぜ、ゼノ。オレはお前を信じてるぜ。
だってお前、オレのこと好きだからな!」
その栗色の瞳に悪意一つ浮かべず、マリーは俺の目を見てそう言ったのだ。
――意志を宿した真っ直ぐな瞳――
――俺は顔を逸らせたかった。
だけどそうさせない力が、その瞳には宿っている。
それから呼吸を整えて、俺はマリーに宣言をする。
「お前はこれからこのスターリン様についていけ。この方が『死ぬまで』奴隷として、その指示に従い、仕えるんだ。」
――これは契約で無く、命令だ。
一応の刻印は施したが、すでにマリーとは契約を結んである。――その契約を遂行するために……俺たちは今、ここにいるのだ。
「――ゼノ!!!!」
マリーへの指示が終わった瞬間……スターリンの蹴りが襲い、俺の体を吹き飛ばした!
「マリーといったな。お前は動くな!!」
マリーに命令を下し、サーベルを抜いて、スターリンは俺を殺しにかかる。
甲冑の固い感触と、髪の柔らかな感触。
四つん這いで逃げようとした俺は、そんな感触を覚え押し倒された。
ミリアンが俺を抱きしめて、スターリンの
攻撃から守ったのだ。
「クソが! クソが! クソがぁ!」
ミリアンの黒い髪やマントに隠れていない部分を――スターリンは、俺の、手や頭を蹴りつける。
だが、そうすることで俺の体はミリアンの下へと、さらに隠されていく。
――攻撃が止まった。
今度はスターリンの仲間の声。
「アドルフ様、私が……!」
「やめろぉ!」
スターリン側の女が攻撃しようとしたらしいが、スターリンはそれを止めた。
契約の刻印は術者が近くにいるほど、より強く作用する。
スターリン以外がマリーやミリアンに攻撃することは可能な選択だが……
俺が近くにいることで、今のスターリンの心は強く、契約に逆らえない。
ミリアンに地面に抑えつけられ、守られて、真っ暗で何も見えない……
――温かな暗闇の上からスターリンの、葛藤に満ちた怒声が聞こえてきた。
「――向かってこい!
女に守られて恥ずかしくないのか! 悪知恵で女を守ったつもりなのか!
――『牙』を持たない、負け犬がぁ!
お前などどんな男よりも最初から劣っている――『本物の負け組』だ!」
苛立ちを言葉に変えた、全力の罵声。
スターリンはそれを言い放ってから、ぜいぜいと呼吸を整える。
――それからカツカツと、落ち着いた足音が聞こえ始めた……スターリンの、女たちへ命令する声が聞こえてくる。
スターリンは俺を諦めて、先に進むことにしたらしい……
――最後に声が聞こえてきた。
「最初から勝つ気の無い負け犬が。
二度と俺の前に、顔を見せるなよ……」
スターリンはそう吐き捨てて……迷宮の奥へと、進み去っていったのだ。




