勝者たる男1
クーデターがあったという割には、ギルドは通常営業しているように見えた。
――しかし、異常な状況だと俺は見る。
ガムは何も教えてはくれない……ただ何も言わず、簪を一本貸してくれたのみ。
――だけど、それで十分だ。
その簪は、ギルドに便宜を図ってもらうための目印……
つまりはガムとギルドが繋がっていること、迷宮には普通に入れないということを教えてくれているのだ。
ギルドの受付にその簪を見せれば、おそらく異常事態にあるこの状況で、迷宮に潜ることが許可される――
「すげー! ゼノ、特級じゃねーか!」
「――お前がなんで二級なんだ?」
「え? わかんねー?
どうやったら特級になれるんだ?」
「もしかして……お前、ポーション納めたこと無いのか?」
「当たり前だろ? 持ち帰ったら半分取られんだ。中で全部飲んだ方が得じゃんか?」
「バカか、お前は!
税で取られたとしても少しずつ蓄えろ!
次に使ったり、金に変えたり、そうしないと永遠に迷宮に潜る羽目になるだろう!?」
そう叱ってみても、このふわふわツインテール娘はあっけらかんとした顔だ。
たぶんわかっていないのだろう……悪いが、マリーの頭はだいぶ軽い。
怪しまれないよう麦酒を飲みながら、スターリンを待ち伏せしていたら、一人、酔ってぶっ倒れるし……
マリーのポンコツぶりは凄まじく、俺は相棒選びを失敗したようだった。
寝ているマリーの横でギルド内を観察すれば、やはり異常な状況だとわかる。
――偵察の姿は見られない。
組織立って食料やらを運んでいる連中が、簡単に、迷宮へと出入りができている。
ガムが噛んでいるのなら、たぶん敵ではないのかもしれない……だけど、彼らの目的はわからない。
――不安要素が積み重なっていく。
今度の「狩り」は複雑で、簡単にはいかないと思われた……
――ギルドに、突然緊張が走る。
俺の標的……その男が現れたのだ。
黒髪に黒目。立派な口髭をした男。本人は五十代といったところか?
三十代くらいの女を二人傍らに引き連れて、ギルドに堂々と入ってきた。
女二人もかなり強い。マリーと同等の強さを感じる。だが一番はスターリン本人だ。
兜はつけていないが、銅のフルアーマーを着ても軽快に歩けるその肉体。
身体から溢れる強大な魔術エネルギーと、サーベル型の神具から放たれ神術エネルギー。
おそらく俺が今まで対峙した神具持ちの中で、頭一つ抜けた強さだろう……
冷や汗をかきながら見ていれば、スターリンたちは真っ直ぐにギルドの受付に向かう。
そして、受付の女性に話しかけた。
「パーティーは三人。構わんだろ? ――断れば全員殺す。」
そう一言で、受付を済ませるスターリン。
ギルドマスターも謎の組織の者たちも、それなりに実力者……だが男には、それでもその言葉を実行するだけの力が確かにある。
彼の発言に、誰も逆らう者はいない。
そうしてスターリン一行は、迷宮への階段を、降りていくのだった……
「おい、マリー! 行くぞ!」
「ふへ? オレのこと好き?」
「あれくらいの酒で、何を寝ぼけてる!」
「ぎゃああああああ!」
マリーを雷撃で、強制的に目覚めさせる。
「にゃ、なにすんだよぉ!?」
「お前の復讐相手はとっくに迷宮に入ったぞ。」
「ミャジか!?」
俺たちもまた、階段を降りていく。
静かな尾行――狩りの時間の始まりだ!
「頼むから、スターリンを見つけたからって、いきなり出て行かないでくれよ。」
元気娘マリーにそう忠告すれば、意外な反応が返ってきた。
「わかってるよ……」
真剣な顔で、静かに答えるマリー。
らしくはないが、その静かさは尾行するのにちょうど良い。
俺が感知できるギリギリの距離を保ちつつ、スターリンたちの後をつける。
そうしながら、静かにマリーの身の上話を聞いてやった。
マリーの話によれば、スターリン領は男女差別の激しい統治がなされているらしい。
女は自由に迷宮に潜れる……男は殺しても罪に問われない。
そんな有り得ない法律が、アドルフ•スターリンという男のやり方らしかった。
もちろん反発が、男女問わず出たらしい。
数年前、兵士や、マリーの仲間であった冒険者たちが力を合わせ、街中でスターリンを襲ったそうだ。
――そして、返り討ちに殺された。
それが、マリーの恨みの源泉らしい。
明るいマリーの瞳に悲しみと恐怖を植え付けたのを見れば、それがどんな惨劇だったかは想像できる。
一軍を返り討ちにできる、標的の実力。
その実力を目の当たりにするのは、尾行しだして少しの時間が過ぎた頃だった……
――地下十階。
そこで俺は、異常なエネルギーを感知する。神術エネルギーを宿した集団が、一箇所に固まっていたのだ。
スターリン一行は、その集団のすぐ近くで立ち止まる。――俺たちは気配を入念に消して、段々と近づいていく。
近づけば一つの広場の前、通路に隠れ覗いた先にはスターリンが謎の集団と対峙していた。
スターリンを待ち伏せし、武装した集団が待っていたのだ!
三十人を超えるだろう相手を前にしても、スターリンは堂々と立っている。
「――なんだ、お前たちは?」
そんなスターリンの問いに答えたのは、集団のリーダーらしき人物……
甲冑を纏い、黒く長い髪を垂らした見覚えのある女――ミリアンだった。
「アドルフ•スターリン!
お前の圧政から民を解放するため、ここで死んでもらうぞ!」
「ああ、なんだ。
革命とかを叫ぶ『負け組』の集まりか。」
スターリンはつまらなそうにそう言い放ち、腰に差したサーベルを抜く。
それを待たず、襲撃者たちは雷撃を複数で合わせて攻撃する!――だが黒い闇が、その攻撃の邪魔をする。
――魔術の壁、神術を防ぐ障壁だ。
その壁は雷撃による一斉攻撃から、スターリンたちを完全に防ぎきったのだ。
――次に、槍での一斉攻撃。
それには傍らの女二人が、雷撃と氷結を放って、一瞬だけ止める対処をした。
その一瞬……今度は白い壁が、スターリンを囲む。
神具の壁、物理にも干渉する最強の障壁。
「――クソ、それは魔神と戦う力だ!」
「暴力支配のためにあるんじゃない!」
「その力を、我らがミリアン様に!」
戦士たちの気合は虚しく、槍は全て弾かれる!――そして、スターリンが動いた!
襲撃犯たちを一人二人と斬り殺す!
神具の壁を纏ったままの、そのエネルギーを纏った剣撃は……相手の鎧を砕き割る!
そして相手の肉体に、剣撃ではあり得ない、血肉をえぐるような破壊を与えていく。
――胸元で隠すように、腕に抱いていたマリーが静かに話をしだした……
「あの男は強ぇんだ。
たった一人で歩いてきたアイツを、街のみんなでぶっ殺そうとした。」
俺は目の前の戦いから目を離さず、胸の中のマリーには目をやらない。
「オレと一緒に迷宮を潜った友達。外で強くなってきた友達……みんなみんな、アイツに斬り殺された。」
淡々と話すマリー……だけど、泣いているのがわかる。
「キーロフもトロツキーも、ミハイルもクンも、みんな強かった……だけど、アイツには敵わない。
みんなみんな死んだ――殺された!」
マリーの言葉が、目の前の惨劇とリンクする。
自らに傷を一切負わず、襲撃犯たちを仕留め――破壊していくスターリン。
「ほんとは戦えなかった街の連中も、武器を持って集まってた。
けど、強ぇえやつが血だらけで死んでいくのを見て、みんな何もできず動けなかった……
だけど、あの男はみんな殺したよ――オレをかばった、オレの弟も!」
圧倒的な相手の前に、襲撃犯たちは戦意を失っていく……ただ立ち尽くし、血を吹き出して死んでゆく!
相手の圧倒的強さと、散りゆく仲間たち。
俺と同等の力を持つ攻略者――女リーダーミリアンも、それを目にして、ただ立ち尽くすのみだった……
そんなミリアンの前にスターリンは迫り、一太刀入れようと、サーベルを振り上げる!
――そこに、一人の男が立ち塞がった。
「ミリアン様は殺させん!
ミリアン様、お逃げください!」
仁王立ちで両手を広げ、かばう鎧の男。
スターリンはその男を冷たい目で見て、氷のように呟くのだ。
「力の無い男が、女を守るフリか……
『最初から負けてる』な、お前……」
――そして、スターリンは一太刀。
振り下ろされた剣撃は、鎧の男を両断し、その血を噴き上げさせるのだ。
その光景に、全員が固まってしまう中……動いたのは――マリーだった!
「うわぁああああああ!!!!」
俺の腕から飛び出したマリーは、叫びながら、人の大きさほどの炎球を、スターリンに向かってぶっ放す!
――爆風の衝撃!!
それにまぶたを閉じさせられ、再び目を開いた時、飛びかかるマリーの姿があった。
スターリン側の女二人とミリアンは、爆風の衝撃に倒れ、意識が無いように見える。
さすがのスターリンもよろけていたが、マリーの突進に、迎撃の構えを見せた。
――マリー!
俺は走って、マリーを追い抜く速度でスターリンへと向かう!
そして、横に並んだマリーへと体当たりし、マリーを壁へと突き飛ばした。
――マリーの意識は奪った。
そのまま、低い体勢のままで走り抜けて、倒れているスターリンの仲間の女一人を掴む。
「なんだぁ、お前は!?」
女を掴み、その首にナイフを添えた俺に、スターリンはそう叫んだ。
「人質のつもりか? 俺に意味があると思ったら大間違いだぞ!」
――怒気を宿すスターリンの声。
そのスターリンに、俺は至って落ち着いた声で、「交渉」を持ちかける。
「ああ、すいません。
俺のツレはバカみたいで、止めるをきかず、貴方様に襲いかかってしまいました。」
「はあ!? お前、何者だ!?」
「運悪く、ここに出会した冒険者ですよ。」
「人質をとって、どうする気だ!?」
「ちょっと、貴方様に提案がございます。」
「提案!? 殺すぞ!!」
興奮する相手を落ち着かせるように、俺は静かに、相手の欲求を満たし、かつ意表をつく話を持ちかけるのだ。
「俺にはその娘が邪魔でしてね。――ちょっと、女を『交換』しませんか?」
そう提案すれば、緊張した空気が少し、変わるのを感じられたのだ…………