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氷河期ダンジョン  作者: 賽子ちい華
第一部 ――神具の強奪者――
15/51

繋がる女たち1


 神具は持ち主がいなくなると、土に還ると言われている。


 そのタイミングはわからないが、(あるじ)のいなくなった神具が地面に消えたという噂は何度も聞いたことがあった。


 そして、神具は近くの迷宮に戻るという。


 ――この噂の方には確信がある。


 神具の消えた情報を得て、その消えた土地の迷宮に潜れば、百階には神具が置いてある……俺はそれを何度か確認していた。



 今回もティクトから情報を貰っている。


 グラッツ領では神具の持ち主である領主が、クーデターにより死んだらしい。


 そして、神具は誰に渡ることなく土に還ったらしいのだ。


 もう一つ、美味しい情報も貰っている。


 スターリン領の領主スターリンが、その神具を奪うために、自らの神具を手に迷宮攻略にやってくるというのだ。


 一挙両得。最高のシチュエーション。


 久しぶりの「狩り」に、俺は心が踊るのだ。





 ――アムス領を逃げ出てから半日。


 夕刻にはグラッツ領の中心街が見える所までたどり着いていた。


 街を守る立派な石の防壁が見えている。――その灰色の防壁に、赤い夕焼けが射していた。


 黒い雲に覆われた世界で、今が唯一、太陽の光が射す時間帯。


 石壁が朱色に輝いて、なかなか美しい光景だと――そんな風に感じ、眺めていた……



 ――突如!


 その景色の中に、黒い影が割り込む。


 壁門には大勢の人々。そこに、人の数倍の大きさはあろう、巨大な牛の魔獣が突っ込んできたのだ。


 魔獣は防壁にぶつかり勢いを止めた。


 その後は人間を襲い始めたようで、人々の悲鳴が聞こてきた。


 俺は壁門まで駆け足……するとそこは、混乱の中にあったのだ。



「助けてくれー!」



 ――若い女の声がした。


 見れば、牛の顔の影の下で、一人の娘が尻もちをついて倒れ込んでいる。


 茶色のマントは着けているが、紫の布で胸と腰だけを隠した破廉恥な格好。


 ――あの時見ていた、変な娘だ。


 若い娘の身体が丸出しなのはどうなのか。


 だが、そのふわりと大きなツインテールだけは可愛らしいと……そう思った。


 あの娘は、誰かが助けるだろう……


 娘は無視して、壁にへばりつき、混乱している農民たちの援護に回る。



「おい! そこの黒マント!

 あんた、助けておくれよ!」



 若い娘がまた叫んでいる。だから、俺はあたりを見渡した。


 ――すると黒いマント。


 俺と同じく農民たちを助け、誘導している黒いマントを羽織った人間と目が合った。



 黒く長い髪に黒いマント。背格好も似ているし、年齢も同じくらいだろうか?


 だけど、性別が俺とは違っている。


 化粧気はないが美しく、白い肌。切れ長の目が美しい……「いい女」だ。


 ――黒マントが二人いる状況下。


 俺も女も目を合わせ、どちらが呼ばれたかのかと、ツインテールの娘を見る。


 ――やっぱりあの娘は放っておこう。


 黒髪の女も同じ判断をしたようで、俺と再び向き合い、軽い微笑みで合図をくれた。


 そして、女は力強い声で叫ぶ。


「皆、大丈夫だ! そのまま壁伝いに門を通れ! 荷物を落とした者は言ってくれ!――私か、そこの男が取りに行く!」



 俺には無い、人を導く力を持った女。


 彼女の声に、人々は整列しだす。



「あんた、助けろよ!

 オレが助けを求めているんだぜ?」


「お前は可愛いから大丈夫だ!」


「え! オレが可愛い♪」



 ――牛の下の破廉恥娘は問題無い。


 彼女は無視して俺は荷物を拾ったり、台車を引いてきたり……それらを人々に手渡していく。



「あ、ありがとうございます!」


「俺の荷物だ! 俺のだ、俺の!」


「礼はせんぞ! 財を狙っているんだろ!」


「す、すまねえ。助かった!」


「いや待て、あんた! オレを先に助けろ!

 そんな、ジジババの荷物の前にオレだろ!」


「ぎゃああああ!」



 何人かの男が娘を助けようと飛び込んで、魔獣に蹴られて悲鳴を上げている。


 ちょうどそれが牛の気を逸らし、その間に避難が上手く進んでくれた。





 農民たちの避難が済んで、人がほとんど居なくなった頃、黒髪の女と目が合った。


 女はその黒い瞳でこちらを見ると、ニッコリと笑いかけてくれる。


 俺もまた、彼女へと微笑みを返す。


 ――彼女に感じる親近感。


 相手も同じ気持ちであることが、確信を持って感じられていた。



「待て、待て、待て、待て!

 何、終わった雰囲気出してんだよ! オレは! 魔獣は!? おい!」


「娘よ、『おとり』ご苦労!

 もう避難は終わった。大丈夫だ!」



 甲冑を纏い男のような雰囲気。そんな黒髪の美人は、俺の背中側にそう声をかける。



「『おとり』じゃねーよ! あんたもだよ、黒マント! 無視してんじゃねーよ!?」



 どうやら黒マントというのは、俺の方を呼んでいたらしい……


 俺は後ろを振り返り、呼びかけてくる、破廉恥な格好の娘に声をかける。



「何が目的か知らんが、そんなもん自分でどうにかしろ!」


「……!? なんだい、わかってんのかい!」



 そう言うと、娘はニヤリと笑った。


 そして、尻もちをついたまま、両手を牛の魔獣へと向け真剣な顔に変わる。


 すると、娘の手の平の先。


 その空中に神術エネルギーが集まり、その白い光のまま具現化する……夕闇の中に太陽のような光球が発生したのだ。



 ――焼き尽くす(ブレイデッド・)太陽(フレイム)――



「ぶっ飛べ!!」


 娘は叫んで、その光球を牛の顔へと撃ち放つ!


 すると、牛の魔獣の首から上は一瞬で消滅――大した威力だ。


 炎の神術のみを純粋に、地下八十八階の試練まで強化した大技だろう。



「へっへ。どうだい!」


「――倒れてくるぞ。」


「うぎゃああああああああ!」



 ――牛の魔獣のその巨体が崩れ落ちる。


 娘にそれを指摘すれば、慌てて叫んで逃げ出すのだ。

 

 紺色のツインテールが、こっちに向かって走ってくる。――勢い良く突っ込んでくる娘をかわし、俺は魔獣を見上げていた。


 半日もすれば魔獣の死体は魔術エネルギーに転じて消えていく。


 だがしばらくは城門前に、威圧的なオブジェが飾られることになるだろう……



「だあああ! あひゃ! イテェ!」



 走って、勢いよく転んだ娘がうるさい。



「受け止めろよ!

 イテェじゃねーか、バカヤロー!」


「勝手に自分で転んで何を……っ!」



 逆恨みか? ――娘はなぜだか俺に向かい、頭突きの形で走って突っ込んでくる。


 ――お前が牛か!?


 何とか紺色のツインテールを抑え込み、勢いを止めたが、その突進力がハンパ無い!



「ギャァアアアア!?」


「あ……」



 ――俺はつい、やってしまった。


 娘の頭を掴んで止めた俺は、凄まじい突進力に驚いて、思わず雷撃を放ってしまう。


 娘は雷撃で気を失って、うつ伏せに、その場にパタリと倒れ込んでしまったのだ。



「ふ……! 災難だったな、君。」



 ――呆ける俺に声がかかった。


 黒髪の女が笑っている。



「なんなんだよ、こいつは?」


「知らないよ。私だって騒ぎを聞きつけて、やって来ただけなのだから。」


「こんな魔獣が出るんなら、『異形の魔徒』が近くにいるのかね?」


「君は『異形の魔徒』を知っているんだね。どんな所で生きてきたか思いやられるよ。」


「あんたも変わらないだろう?」



 そこまで話すと女は一度沈黙。


 黒い甲冑の良く似合う、威風堂々とした佇まいで、真っ直ぐに俺を見つめてくる。


 そして彼女は、変わった質問を投げかけてきた。



「――なあ、君はどこで生きる?」



 それは名を問うよりも曖昧で、だけど、相手の全てを知ろうという傲慢な質問だ。


 ロマンチストな奴だ……けど、嫌いじゃない。


 俺は、女の望む答えを返してやる。



「どこにも、生きる場所なんて無いさ。」



 そう答えれば、期待通り女は微笑んだ。――俺は、微笑む女に質問を返す。



「あんたは、どこで生きる?」



 その問いに、女はさらに微笑む。そして、真剣な顔で答えるのだ。



「私は時代の(いしずえ)となって……そして死ぬ。」



 それは、俺の望む答え……


 いいね、この女は「同類」だ。――この女は、必ず手に入れる。


 そんな風に心に誓う俺は、彼女の名前を知りたくなった。



「俺はゼノだ。あんたは?」



 尋ねれば彼女は嬉しそうに笑って、そして答えてくれる。



「私はミリアン! ゼノ、君とはまた会えるだろう……今度はゆっくり話そうぞ!」



 彼女は名乗って手を掲げた。


 そして振り向き、街の中へと去っていったのだ…………





 ――もうすっかり、夜になってしまった。耳に、静かな虫の音が聞こえてくる。


 漏れる街明かりだけが頼りの世界……


 遠くからの光に照らされて、ツインテールの娘がカエルのような格好で、マヌケに倒れているのが見えるだけ……



「――これ、俺が面倒見ないといけないなのか?」



 ――ミリアンとの静かな出会い。


 その余韻に浸る俺に、身に覚えの無い問題が一つ。なぜだかそこには残されていた……



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