商人の街2
俺とスキンヘッドの男のやりとりを、一人の娘が見つめていた。
――踊り子だろうか?
この寒さの中、胸と腰しか隠していない娘がこちらを見ていて、それが気になった。
娘は紫の布を胸に巻いていた。――だが、胸の大きさに対し、布が小さい。
その上、隠し切れず見えている胸の谷間を、娘は強調するように見せつけてくる。
――変な娘だ。
そう思ったが、気になることがあった。
「――相当デカいな。」
「確かに……」
俺の呟きに、隣に立つ糸目の男も相づちを打つ。
「ほんと、男ってのはデカいおっぱいに弱いんだから!」
店番をしている黒髪の女は、そう怒る。
――何か勘違いをしているらしい。
「ゼノさんも、やっぱり大きいのが好きなの?」
――今度は不意に、下からの声。
買い出しが終わった子供たちが俺を見つけて合流したようで、その女の子の一人が尋ねてきたのだ。
さらに、ラナが何も言わずに歩いてくる。
茶色いつなぎのスカート……その胸の部分に両手を当てて、変な姿勢で、こちらに向かって歩いてくる。
無表情にこちらを見ているが、何かを伝えたいのはわかる……でも、何を?
男の子の中で一番年上のセシルが、こっそりと耳打ちをして助けてくれる。
「ラナねーちゃん、たぶん、胸が無いの気にしてるんだよ。」
――なるほど。
小さい時に食べさせてあげられなかったからか?――ラナの胸は人よりも小さい。
気にしていたのだろうか?
詫びればいいのだろうか?
俺がフォローの仕方に迷っていたら、またセシルが助けてくれた。
「ゼノさん、『胸が無くても可愛いよ』とか、言ってあげたらいいと思うよ。」
――そんな耳打ち。
可愛い?
褒めればいいのか?
ラナはラナで、俺にとってはそれ以外の何者でも無いのだけど……
そう思うと、素直に心の声が出た。
「――ラナ、胸の大きさが気になるのか?
俺にはお前が特別すぎて、胸の大きさとかよりも、今のお前以外が考えられないよ。」
正直にそう伝えれば、ラナはスッと両手を下げる。――どうやら、気にするのをやめたらしい。
「助かった」と、セシルに礼を伝えるべく俺は彼の方を向くと、彼は顔を赤くして固まっている。
ほかの子たちも同様だ……
だけど、リリスだけは青ざめた暗い表情でうつむいていていて、心ここにあらずという感じだった。
「――リリス、どうかしたのか?」
声をかければ、リリスは首を振って、不安げな顔で見つめてくる。
問いに答えず泣きそうに黙っているリリスに変わって、ほかの子たちが質問に答えてくれた。
「さっき、街で男の人に会ったの!」
「リリスちゃんの知り合いみたいだった!」
「金色の髪のお兄さん!」
この街には、リリスが仕えていたカストロ領の大商会も拠点を置いている……
嫌な知り合いに会ったのかもしれない。
だけど、俺は子供たちの断片的な答えから、「マルス」という貴族を思い浮かべていた。
――何かあったのか?
気にはなったが、無理に話させることはない……それ以上の追求はしなかった。
「――それは、お主の家族か?」
――スキンヘッドの男がそう尋ねる。
気づけば、あの変な娘はもういない……
さっき結んだ契約を思い出し、俺は答えと別れを伝えるのだ。
「――守るべき家族だよ。
家族がいるのは幸せだ。あんたには、この家族のために犠牲になってもらうから……」
そう伝えて、店から離れたのだった……
子供たちと市を周りながら、変な店で変なものを買う。
「みの」という藁のマントと、変な模様の大きな仮面――大昔の衣装だろうか?
それを着て子供たちに見せると、キャッキャ、キャッキャと喜んでくれた。
「ゼノさん、何それー!?」
「変! 変! 変!」
「どうしたんですか、ゼノさん?
無駄使いするなんて珍しい?」
――なかなか「変装」は高評だ。
俺はみんなに、別れの挨拶をする。
「みんな、俺はここで別れるよ。
――帰り道、気をつけてな。」
「ゼノさん、いってらっしゃい!」
「ゼノさんも気をつけてね〜。」
リリスだけは、まだ不安な顔で……黙りこちらを見つめている。
――置いていくのが忍びない。
「ラナ、リリスを頼んだよ。」
だからそう頼むと、ラナは無言でこちらに近づいてくる。
仮面で俺の顔が見えないからか……?
ラナは体が触れるまで近づいて来て、仮面の中を、その青い瞳で覗いてくる。
そして、仮面の中の俺の目を、ただ真っ直ぐに見つめてくるのだ。
背伸びして上目遣いになるまでして……仮面にその顔が当たるまで間近くで、じっと俺の目を見てくるラナ。
――どうしたのだろう?
「ゼノ、いってらっしゃい……」
ラナは離れると、そう見送りの言葉。
ラナが離れてその後ろが見えるようになると、子供たちが赤い顔であたふたしていた。
――何があったのだろう?
だけど、リリスも一緒になってあたふたしていたので、それにはちょっと安心した。
どうやら少し元気になったリリスと、ラナや子供たちに手を振り別れを告げて、俺はその場から走り去る……
走りながら向かったのは広場の中央。お宝鑑定大会の行われているステージだ。
さっき教わった技を早速使う……
集まる観客の後ろから、力を込めてジャンプすれば、一飛びでステージへと到達できた。
――いきなりの乱入だ。
「みの」を着た変な格好の不審者に、ステージ上の奴らは目を見開く。
だけど俺は構わずに、魔黒竜の牙を持ち、貴族の老人へと突っ込んだ!
「――な! 神具の壁が!?」
老人は神具の壁で防御はしたが、魔黒竜の牙はその歯先から、神具のその、白いエネルギーの壁をかき消してゆく。
俺は牙による突きで老人の顔を狙ったが、首を曲げて右へと避けられた……
だがそのまま、牙を払って老人の頭を殴りつけ、左手で三又の槍――神具を奪い取る!
――殴られて、倒れた老人が叫んだ。
「こ、コソ泥が! こんなことをして、許されると思うのか!?」
俺は神具と牙を持ち、すでに逃げる体勢で背中を向けていた。
――だけど、その問いには答えたい。
俺はステージの上で足を止め、目の前の観客の中から、あの時、不満をぶち撒けていた老人を探す。
そして見つけ出し、彼の目を見つめて神具の矛を高々と掲げ、――叫ぶ!
「――許せ。『未来のため』だ!」
そして、また一飛び……
観客たちを飛び超えて、逃げだしたのだ。
貴族の衛兵。街の憲兵。商会の私兵。
追ってくる兵士たちを引き連れて、俺は広場を駆け抜けてゆく……
今度はさっきの武器屋に向かう。
俺を目にしたスキンヘッドの男が、神術エネルギーを解放し、戦闘態勢に入っていた。
「俺だよ、約束を果たしに来た!」
「その声は、さっきの!?」
男は俺だと気づき警戒を緩めたが、まさか俺が敵よりも、厄介な相手だとは思っていないだろう……
俺は仮面の下でニヤけながら、持っている三又の槍を、糸目の男に押し付ける!
「――やる! 約束の神具だ!」
「お主、何を!」
「仲間がいたぞぉ! 捕まえろぉおお!」
「はぁあ!?」
常に堂々としていたこの達人が、慌てふためくのが小気味良い。
――この男ならきっと大丈夫。
男を共犯者に仕立て上げた俺は、振り返ることなく走り去るのだ。
――二階建てや三階建ての家々。
その屋根に飛び乗り、飛び伝い、追手たちから逃げてゆく。
そして……
街を囲む、防壁の上へとたどり着いた。
――その、高い防壁の上。
風と共に、爽やかな男の声が吹く。
「鮮やかな犯行だね!」
「――――!!」
突然の青年の声だったが、予想はできていた。――気配を消し、誰かが追ってきていることには気づいていたのだ。
だけど、振り向きその青年を見た俺は、驚いてしまう。
――彼は「神獣」かと、驚いたのだ。
振り向いた先には、金色の髪と青い目をした、美しい青年が立っていた。
見事に抑え込まれた神術エネルギーは、彼の体内で渦を巻いている……
なのに、それでも抑え切れない量の神術エネルギーに溢れている。
技を覚え、はしゃいだ自分が恥ずかしい……彼は、力も技も、俺より遥かに高みの存在だ。
――迷宮の地下九十九階。
そこの主たる神獣が人型であれば、きっとこんな姿なのだろう……青年は怪物だ。
神獣のような青年は言う。
「さて……一応、俺は商会の用心棒なわけだけど……もちろんあんたは、大人しく捕まる気なんて無いよねぇ?」
武器も構えず、敵意も持たず……
それでもプレッシャーを放つ、爽やかな男。
底が知れない相手に、俺は……先手に――賭けに、打って出る!
被っていた仮面を外し、それを全力で青年に投げつける!
青年はあっさりとそれを受け止めたが、その隙に……俺は彼との距離を一気に詰めた。
そして、「みの」を脱いで、青年へと渡す!
手渡しながら、俺は告げた!
「プレゼントだ、『マルス』。」
「――へ?」
知らない男に名前を呼ばれた青年は、渡された「みの」と仮面を持って、呆然とした。
俺はニヤリと笑って踵を返す。――そして、防壁を飛び降り街を出た。
「いたぞ、あいつだ!」
「情報通り、藁と仮面を持っているぞ!」
「え? ちょ、待って?
えぇぇぇぇええええ!?」
――罪無き青年に、罪をなすりつける。
俺は二人の男を無理矢理に、共犯者に仕立て上げて……まんまと逃亡に成功したのだ。




