商人の街1
ティクトから情報を得て、神具があるというグラッツ領に向かう……
――その前に、少し寄り道を。
ラナと子供たちの内数名を伴って、グラッツ領への道中にあるアムス領へと立ち寄る。
みんなで買い出しをしてから、ここで俺だけ別れようという計画だ。
アムス領は商業が盛んな街で、関税も無いので、孤児院で必要なものを買い揃えるのによく通っている。
高い防壁を持つ要塞の街でもあり、防壁にある門を抜ければ薄暗い。
さらには二階建てや三階建ての家々が所狭しと建ち並んでいて、迷路のような街並を持つ街でもあった。
――俺たちは、その迷路の中を歩く。
市場が開かれている街の中央広場に向かっているのだが、家々の隙間を縫うように抜けなければ、そこにはたどり着けないのだ。
そんな道の途中で事件は起こる……
「可愛いねーちゃん連れてんな!」
「子だくさんだね! 毎晩やってんのかい?」
「ギャハハハ! やめろよ、赤髪のねーちゃんには俺が相手してもらいたいんだからよぉ。」
「あ、じゃあ俺は金髪の娘だな!」
「お前、ロリコ〜ン、ハイ決定!」
「おい黒マント、わかってんな! 出すもん出したなら、通してやるぜ!」
「抵抗したら、お前がボコられるだけじゃ済まないぞぉ!」
――ゴロツキたちが飛び出してきたのだ。
迷宮には魔獣が潜んでいるが、街にはこうした敵が潜んでいる。
俺はその横を静かに、悠然と歩いていく……いつも通りに、戦わないスタイルだ。
「え? お前、女は……」
「こ、子供がどうなってもいいのか!」
「ど、どうしやしょうアニキ?」
「と、とりあえず女子供を捕まえろ!」
「じゃあ、俺は赤髪ね!」
「やった! じゃあ俺、金髪ロリって……
ぎゃああああああああああああ!」
「こ、こいつら神術使うぞ!
――ってか、強! うぎゃあああ!」
常に、どんな世界でも生き抜けるように、敵に会ったら隠れるか逃げろと……子供たちには教えている。
――だが、なぜだろうか?
後ろから、男たちの悲鳴が聞こえてくる。
今日、連れてきた子供たち……このパーティーにとって彼らは敵では無かったようだ。
俺はドロップアイテムを拾いたかった。
だけど、子供たちの手前だ……財布は抜けない。――だから、我慢して先を行くのだ。
「――ゼノさん、何かやってるよ!」
やっと広場までたどり着けば、市とは別に、何かイベントが催されている様子。
見上げてみれば広場の中央にステージが設けられ、司会の男が大声で話している。
「なんと、このお宝の鑑定結果は……
金二千枚! 素晴らしいお宝です!」
どうやら金持ちどもが宝を持ち寄り、鑑定してもらい自慢し合う催しのようだ。
子供たちも、街の人々も楽しげにしている……そんな中で俺だけは、冷ややかに、そのイベントを眺めていた。
「なあ、あんた、おかしいと思うだろう?」
――老人が声をかけてきた。
どうやら俺に同じ臭いを感じたらしい。
彼はこのイベントへの不満を、同類だろう俺にぶち撒けに来たのだ。
「なぜ、皆楽しそうにしていられるんだ!――なぜ、奴らは宝を持っている!
あの戦いのとき、金属も財産も、みんな持っていかれた!――それこそ子供のオモチャまでも!
魔神に勝つため。世界を守るため。『未来のため』と言って全部だ全部!
平民が……俺たちが全てを失ったのに、なぜ奴らは宝を持っている!
これか! こんな『未来のため』に、俺たちは財産も……仲間の命も失ったのか!」
――絶望した男の、悲しい叫び。
彼の叫びは、喧騒に消えていく……
俺は何も答えずステージを見ていた。
ステージの上の老人が持つ、三又の槍――青い刃の輝く……神具を見ていたのだ。
「俺はちょっと武器を見てくる。
みんなは買い出しを頼んだよ。」
そう言って、一度ラナたちとは別れた。
「リリス、みんなを守ってあげてね。」
「――は、はい!」
リリスは俺と一緒にいたそうだったけど、皆の護衛を頼めば、素直に頼まれてくれる。
子供たちの中でもリリスは別格の強さ。
おそらく、何かしらの訓練を積んできたのがわかる……彼女がいることは俺にとって、大きな安心になってくれた。
色々な品が売られている賑やかな市の中で、目的の店を探した。
見つけたのは、横に護衛を……厳ついスキンヘッドの男を立たせた、簡素な露店。
若い女がやっている、武器屋だった。
「お、お兄さん、冒険者かい? ここは金製の武器専門だよ!」
黒髪の若い女が、そう声をかける。
言われるが、護衛がいる時点で金製を扱っているのもわかっていたし……露店の時点で、それが粗悪品なのも明白だった。
「――高いな。」
「いやいや相場だよ! 関税の無いこのアムス領だ。ほかより結局安くつくはずだよ!」
「悪い。値上がりしていたのは知っていたんだが、予想以上だった。」
「まあ、最近は大商会の私兵たちがよく買っていくから、需要がね……」
そう話して買うのは諦めたが、この店にはもう一つ興味のあることが……
それは、隣に立つスキンヘッドで糸目の男。
六十は超えているだろうが、歳を感じさせない鍛えられた身体をしている……俺はその男を「攻略者」だと見立てていた。
――試しに少し、殺気を向けてみる。
男は、それに慌てもしない……
だけど、反応はしてくれて、隠していた神術エネルギーを解放し、実力の片鱗を見せてくれる。
わざと俺に見せるように、体内に「渦を巻くようなエネルギー」を、少しだけ解放し見せてくる――こいつは強い!
――この男は相当な実力者だ。
気軽にチョッカイをかけていい相手では無かった……俺は素直に詫びを入れる。
「すまない、ちょっと興味が湧いたんだ。」
「いや、構わんよ。わしもお主に興味があった。」
男は微笑んで、俺の愚行を許してくれる。それから、不思議な質問をしてくるのだ。
「――お主、この街をどう思う?」
「どうって……?
賑やかな街だ。栄えている。」
「そうだな。何故だと思う?」
――何か、試すような質問。
俺は慎重に、答えを選んでいく。
「関税を撤廃して、商業が盛んだから?」
「そうだな、商人の街だな。――じゃあ全ての人間は幸せか?」
「全員が幸せなんて、有り得ないだろ?」
「そうだな。この街は大商会に関わる人間だけが裕福……あとは貧困に喘いでいる。
それを不公平とは思わないか?」
「――思わない。
大商会ってのは富を得る努力、多くの人間が集まる努力。そういった努力で成り立っている。
『独りよがり』の弱者は負ける――それが自然の摂理だよ。」
自分に言っているようで胸が痛いが、答えとしては合っているはずだ。
男は微笑んだまま、次の質問をする。
「お主の言うことは正しい。だが、大商会と小さな商人との間に不公平があるとしたら、どこだ?」
――不公平があると、言いたい質問だ。
俺は考えを巡らせる……すると、さっきの老人の言葉が思い出された。
「――神と魔神の戦い。
大商会の中心は、その後でも富を持っていた奴らだ……」
――自信の無い答えだったが、男は満足げに微笑んだ。そして、滑らかに話し出す。
「ここの領主は商人と手を組んだ。
大商会の土地や資本の多くを領主が持って、互いに支え合う構造だ。
小さな商人たちの土地や資本は大商会が持って、一方的な取引で支配している。」
これには、隣の女が合の手を入れる。
「そうだよ! うちの実家は鍛冶屋だけど、とんでも無く安く仕事をさせられるもんさ!
条件を呑まなきゃ材料の供給も、買取にも圧力をかけてくるしね!」
「小さな商人や大商会に雇われなかった者は、搾取されるのみだ。大商会に雇われた者も金は貰えるが奴隷に近い。自分の土地では働けないし、自由は無いのだ。」
「そうさ! 女なんて田舎じゃ仕事見つからなくて大変なんだから! 街で売り子か、男の嫁候補で雇ってもらうしか働き口が無いんだよ!」
せきを切ったように喋り出す女を、俺と男は驚いて見つめていた。
女は我に返って頬を赤らめる……
落ち着いたところで、スキンヘッドの男がまた、静かに話し出した。
「――商人の街。
見た目はそうだが、力の支配から金の支配に変わっただけだ。貧乏人に逆転の目など無い。――お主はこれをどう思う?」
――この質問。
これが俺への最後の試しみだろう。俺は素直に……ただ素直に答えてみせた。
「――それが人の性だろう。
だが俺には関係無い。もうすぐ魔神が復活し世界は滅ぶ。
俺は俺で生き残る道を、ただ生き物として抗うだけさ。――社会なんぞ知るか!」
男の講釈を台無しにする答え……だけど、糸目の男は嬉しそうに笑うのだ。
「フフフフッ……。見込み通りだ。お主、魔神の復活を予期しておるな。
力を見せてみろ。お主の抗いに、わしの技は役立つはずだ。」
――俺は、試験に合格したようだ。
男の身体を渦巻く神術エネルギー。
それは恐らく、俺が知らない、強大な力を生む技……その秘められた技を、男は俺に教えてくれるらしい。
俺は普段隠している神術エネルギーを、言われたままに解放する。
「――お主、それだけの力を!」
男は俺の垂れ流しのエネルギーに驚いた様子。
――そして、「その技」を伝授してくれる。
「それだけ上手く隠すように操れるなら、すぐに習得できるはずだ。
神術エネルギーには癒しの力がある。それを体内に巡らせ常に発動させよ。」
言われるがままに、俺はやってみせる。
男がやっているように、神術エネルギーを渦巻くように身体中に循環させた。
「たいしたものだ!
その状態なら筋力を通常以上に使っても、身体が壊れない。――筋力のリミットを外してゆけ。さすれば、常人以上の力が出せるはずだ。」
リミットを外すか……理屈はわかるが、難しいぞ。
「――どうやればいい?」
「体が慣れれば、その状態でのリミットまで筋力が使えると思うが、今すぐは……」
今すぐは難しいか……でもとりあえず、フルパワーでジャンプでもしてみるか?
「――が!」
とりあえずと、気合入れに俺は小さく叫んで……ジャンプした。
ジャンプして、俺は目に入る風景に驚愕する!
「は? 嘘だろ?」
街が……二階建て、三階建ての家々が……見下ろして見える!
地面までの距離が――死ねる!!
――致命傷だけは避けねば!
とにかく頭から落ちないように――全力で、俺は着地に意識を集中する!
――綺麗に……足からは降りられた。
衝撃が全身を駆け巡る。
身体は、骨は、その衝撃に……
壊れること無く無事に生きて、地面へと降り立ったのだ。
――人々が俺を見て、目を見開いていた。
俺自身も、目を見開いていた。
「ハハハハハハ! お主、凄いな!
わしがそこまで極めるのに、何年かかったことか。」
「す、凄いな……」
「凄いのは兄さんだよ!
なんだい、今のジャンプは!」
「いや、凄いのはあんたのボディーガードだよ。教えてもらった通りにしただけさ。
まさか、これほどとは思わなかった。」
「その台詞はわしの台詞じゃ。
これほどとは思わなかったぞ!」
「なあ、あんた? 昔の冒険者だろ?
こんだけの技を持ちながら、なんで神具を持っていないんだ?」
こんな技を極めていたら、迷宮の攻略は確実……そう思っての質問だ。
「昔の迷宮は『神獣』だらけだ。
神術を選択したわしでは、攻略に数ヶ月掛かってしまう……その間に先を越されてな。」
「は! 間抜けな話だな。
何故、魔術を選択しなかった?」
「神獣たちの力を見て、この技に気づいたのが理由の一つ。それに……」
「それに?」
「それに、魔神と戦うなら魔術ではダメだ。神術を選ばなければ戦いようが無いのだ。」
――もっともだ!
俺はその言葉に納得する。
この男は魔神との戦いを優先した。――だから、神具の奪い合いに負けたのだ。
――俺はやはりこの男に興味があった。
確認するための質問を、今度はこちらから投げかける。
「あんたは今でも、魔神と戦う気はあるのか?」
「わしか? 戦いの後、わしは各地で才能のありそうな者に、この技を教えてまわった。
才能というのは力では無いぞ……時代に抗う、その才能だ。」
「新たに神具を持ち、魔神と戦う者を手助けする道を選んだということか?」
「まあ、そういうことだ。」
――それは悪いことをした。
「悪いな。俺は魔神とは戦えない……」
「わしは見込み違いはせんぞ?」
「――俺は契約の刻印を手にしたんだ。神具は契約により、使えないんだよ。」
「な! ……そうか……」
――暗い表情を見せる男。
やはり、残念がらせてしまったようだ。
男の希望を通してやれなかった俺だったが、自分の希望は通そうと、男に質問を続ける。
「なあ、もしあんた自身が神具を手にしたのなら、あんたは魔神と戦うか?」
「――それは、もちろんだ。
わしは、そのために生きている。」
糸目の男は目を開いて答える。
開いた瞳は、青い――真っ直ぐな光を宿していた。
そんな男に俺は、交渉を持ちかける。
「なあ、今日あんたに神具を渡そう。だから、契約をしてくれないか?
――魔神と戦う、そう契約を。」
「何を急に……魔神と戦うのは、わしには悩むことなど何も無い条件だ。
だが今の時代、神具を手に入れるのは容易では無いだろう?」
――交渉は了承された。
だから俺は、男の肩に触れる。
「――じゃあ、契約成立だ。
次に俺がここに来たとき、あんたはここには居られ無くなる……準備をしておいてくれよ。」
「何を……!?」
呆気にとられる男を無視して、俺は契約の刻印を施す……男の肩に触れた右手に熱を感じ、刻印が発動したのを感じられた。
――俺は、神具と攻略者を集めている。
今。一人の「攻略者」を手に入れたのだ。