帰る場所1
――意志を宿した真っ直ぐな瞳――
家の扉を開けば、いつも同じく真っ直ぐに
俺を見つめる、青い瞳がそこにはあった。
長く真っ直ぐ伸ばした赤い髪。
白いシャツに、茶色いつなぎのスカート……いつもと変わらない姿で、迎えてくれる線の細い彼女。
「おかえり、ゼノ。」
「――ただいま、ラナ。」
無表情で挨拶をくれる彼女に返事をする。
出会ってから五年……
少女はすっかり大きくなって、ソバカスもできる歳になったけれど、俺は彼女の笑顔を、一度だって見たことがない。
「おかえり、ゼノ〜」
「おかえり〜、ジェノ〜」
「ゼノ〜」
――こちらは笑顔の挨拶。
ラナのスカートの後ろに隠れていた小さな子供たちも、一斉に迎えてくれる。
帰ってきたと……そんな実感が湧く。
――俺の守るべき、家族の家だ。
ラナは挨拶した後、突っ立ったまま俺の背後をじっと見つめていた。
黒マントを掴んで後ろに隠れている、リリスを無言で見下ろしているのだ。
みんなに新しい家族の紹介をしなければならないだろう。
「また、連れてきてしまった……
リリスっていうんだ。みんな、今日からよろしく頼むよ。」
「リリス〜」
「リリスちゃん〜」
「リュリシュ〜」
小さな子供たちは、すぐに歓迎ムード。
ラナも小さくかがんで、リリスに目線を合わせてから、静かな声で歓迎してくれる。
「リリス、私はラナ。よろしくね。」
そう言ってラナが手を伸ばすと、リリスはラナの手をとって、俺の背中から離れた。
そしてラナに、その金色の髪を撫でられるのだ。
無表情なのに子供に好かれる……ラナは不思議な娘だ。
そんな彼女はリリスの頭を撫でながら、上目で俺を見て、伝言をくれる。
「朝、ティクトさんが来てた。」
「あいつが?
どこで、俺の動きを掴んでるのやら……」
そう話をしていると、後ろの片引き戸が開いて、少年のような声がした。
「あ、いたいた。やあ、ゼノ。待ってたよ。」
――噂をすれば……というやつだ。
パーマのかかった銀の髪。
少年のような顔に全く似合っていない、黒い口髭をつけた奴。
「ティクト、なんだその格好は?」
「え、このチェック柄のスーツ? 可愛いでしょ?」
「いや、そこじゃない……」
「あ! 新しい女の子だ!
また、幼児誘拐をしてきたんだね♪」
わざとかみ合わない会話をしながら、イタズラな笑顔で笑うティクト。
相変わらず掴み所の無い……
ティクトはリリスに興味を持った様子……ゴタゴタしそうなので俺はその流れを切りにいく。
「――ラナ、教会に行ってくるよ。
だけど、エリクサーもポーションもあまり無いんだ。後で持って来てくれるかい?」
「いいけど……やっぱりそのボロボロのマント、何かあったんだね。」
「おや〜、ゼノ様が収穫無しで帰ってくるなんて珍しい!」
「ティクト、教会で子供たちを診たい。
話は向かいながらでいいか?」
「ん? いいけど……」
帰って早々だが、ティクトを連れて出かけることに……出かけようと横を通るが、パーマ頭はその瞳の方向を変えようとしない。
何があるのかと後ろを見れば、リリスが不安そうにこちらを見ている。
――一人にさせるのも忍びないか?
「リリス、一緒においで。」
だから、そう声をかけた。
するとリリスは嬉しそうに、俺についてきてくれるのだった…………
うす暗い空によく似合う、灰色の街。
ティクトと話しながら教会へと向かう。
「ねえねえ、ゼノぉ。その可愛いリリスちゃんは、どこで誘拐してきたの?」
「カストロ領の貴族から貰ってきた。」
「えっ! 金髪のイケメンから?」
「――いや、丸顔の中年だ。」
「ああ、アジール・カストロかぁ……」
「よく知っているな。」
「殺しちゃったの?」
「――まあ、そんなところかな。」
ティクトはこちらを見てニヤニヤ笑う。
銀の髪に幼げな笑顔。それに似合わない口髭が、なんともムカつく顔だった。
「ゼノは、ほんとに貴族に容赦無いなぁ。
アジール様は神具なんて持ってなかったでしょう?」
「………………。
さっき、金髪のイケメンって言ってたな?
お前の情報通り、迷宮に神具はあったようだが、そいつに先を越されたらしい。
――どんなやつなんだ?」
そう聞くと、ティクトは手で金を要求するサインを示す。
それに応え、俺はカバンから財布袋を取り出して丸ごと全てティクトに渡した。
「さすがゼノ様! 気前いい〜♪」
「お前が来たってのは、ほかにも神具の情報を持って来たんだろ? それで全部、話してもらうからな。」
「はいはい、お任せくださいゼノ様。」
「――まず、カストロ領の『マルス』の話だ。」
「あ♪ もう名前は知っているんだね。
マルス様は、カストロ領にその人ありって言われる有名人だよ。」
ここで急に――リリスの歩幅が乱れた。
リリスもマルスという男を知っているのかもしれない……気になったが、ティクトとの会話をそのまま続ける。
「で? どんなやつなんだ?」
「あそこはさ、国と荒野の間にあるじゃん。
だから領の周りには、魔物がわんさか出てくるし、盗賊団もいっぱい……だった。」
「――だった?」
「マルス様ってのは、それをほとんど一人で壊滅させちゃった英雄なんだよ。」
「はっ! バケモノだな!」
「神具持ちを狩るのが趣味のゼノ様に、バケモノって呼べるかは知らないけどね。」
嫌味を放ち嬉しそうに微笑むティクト。
俺は苦笑いしつつ、話題を変えた。
「神具持ちと言えば、ローゼンという女にあったな。お前、情報を売ったんだろ?」
「ローゼン様に会ったんだ! まさか!?」
そう言って、ティクトは立ち止まった。
「殺しちゃったの?」
「――殺してない。むしろ助けた。」
「あぁ、良かった――ゼノ……」
立ち止まるティクト。――薄茶色の瞳に、珍しく真剣な光を宿している。
手を後ろで組んで、真顔でじっとこちらを見つめてくる。そして……
「ゼノ、ローゼン様を殺しちゃダメだよ。」
そして、そう忠告をするのだ。
「なぜだ?」
そう返せば、ティクトはその銀髪パーマをかいて、いつもの戯けた表情に戻る。
「ん〜。大切なお客様だからかな?」
――本心では無い。
そう気づくも、追求はしない。
「そういえば……お前、ウルゴ・セントールの情報をローゼンに売ったらしいな。」
「そこまで知ってるって、ローゼン様と結構お話したんだねぇ。
――ゼノ様が貴族とお話♪
あ♪ ローゼン様がタイプだったんだ!」
茶化してくる笑った幼さな顔と、似合わない口髭が異様にムカついた。
だから、話をやめて歩くのに集中する。
リリスは相変わらず大人しく、マントを掴んでついてきてくれていた。
「ごめんごめん。ゼノはラナちゃん一筋だもんね〜。」
「悪いがお前のお喋りに付き合うのは飽きてきた。そろそろ本題の話がしたい。」
俺は、隣を歩くティクトを睨んだ。
俺も、リリスに睨まれた気がする。
「う〜ん、ウルゴ・セントールの話も聞きたいんだけど、まあ、自分で調べよう。
今日はねぇ……神具のある迷宮の情報と、その迷宮に神具持ちが来るって情報を、持って来たんだよ。」
神具のある迷宮と、神具持ち?――一挙両得な情報じゃないか!!
そう思ってから気づくと、驚いた顔でティクトがこちらを見ていた。
話を聞いて高ぶった俺は、どうやらニヤリと笑った顔になってしまったらしい。
気づいて、手で口を押さえ表情を戻す……その仕草を見て、ティクトは言うのだ。
「――ゼノ、君はやっぱり『バケモノ』だ。」
そう嫌味を言われたところで、もう教会の前まで着いていた。
話を止めて、白壁の教会を見上げる。
この中では、『難病』の子供たちが待っている……その子供たちの事を想うと、高ぶった気持ちはどこかへと消えていた。