9
馬車は真っ直ぐブラウン家の屋敷に到着し、コニーは応接室に連れてこられた。
「私達、あなたが可愛くてどうしても甘やかしてしまうのよね。言いたくなくてごまかしているのに、無理矢理聞き出すのは可哀想になっちゃったり」
コニーの隣に腰かけたスザンナから唐突の親バカ発言だ。いや、兄と親友だから、シスコンとベストフレンドコンプレックス……略して、ベスフレコンだろうか?
「だから、つい絆されて話をうやむやにしないように、お互い注意しながらコニーの話を聞こうと思って」
余計な結託をしてくれた。大好きなクリスティアンとスザンナ二人がかりで来られたら、コニーの敗北は免れない。コニーもブラコンでベスフレコンなのだから。
コニー達の目の前にはお茶とお菓子が用意されているが、手をつける余裕はなさそうだ。
「この間から思っていたんだが、コニー。お前は未来が見えているんじゃないか?」
俯いてぼんやりお菓子を眺めているコニーに、向かいに座ったクリスティアンがずばり切り出した。コニーの奇怪な言動を見ていれば、そう予想されるのも仕方がない。
「コニー。私達を信じて、本当のことを言って。どんな話でも受け止めるから」
スザンナに懇願され、コニーは覚悟を決めて顔を上げた。
「実は私には多分前世の記憶があって、ここは多分乙女ゲームの世界なの!」
予想外の回答だったようで、クリスティアンとスザンナはきょとんと目を丸くしている。
「えっと……前世というと、あれかな?生まれる前に別の人として生きていたっていう……まあ、それはともかく……乙女ゲーム?」
首をかしげるクリスティアン達に、コニーはその概要を説明した。
「要するに恋愛に重きを置いて、主人公に成り代わって多数の分岐を選択できる物語なんだね」
「何だかその言い方は好きじゃありませんが、その通りです」
極端な表現をされ、コニーの気分は下降する。熱中しているものを冷静に分析したらダメだね。
「……ごめん、コニー」
「いえ、お兄様は悪くないです」
すぐにコニーの様子を察したクリスティアンが謝るが、悪気はないとわかっているので、コニーは首を横に振った。
「ともかく、コニーに前世の記憶があるということはわかったよ。そして、この先起こるかもしれないことが見えると……」
「多分?確証はないですけど……」
口ごもるコニーをクリスティアン達がじっと見つめてくる。コニーはその真っ直ぐ注がれる視線に耐えられず、おずおずと切り出した。
「だって、この世界の話のゲームの記憶がなくって……でも、こうなるかもしれないなと思ったら本当にそうなるから、はっきり覚えていないだけでやったことのあるゲームなんだと思います!麗しの王子殿下、美形な貴族令息達に学園。乙女ゲームの定番ですもの!」
こうして人に説明していると自信がなくなってきたコニーだったが、だんだんと自棄になって言い切った。
しんっとその場が静まり返る。クリスティアンとスザンナは戸惑いの表情を浮かべていた。しかし、少ししてきゅっと顔を引き締め、クリスティアンが口を開いた。
「コニー……もしまた何か見えたら教えてほしい。僕やアーヴィンの時みたいに、危険かもしれない状況に突っ込むのは辞めてくれ」
クリスティアンは不安そうにコニーを見ている。隣のスザンナも深く頷いている。二人共、コニーのことを心配しているのだ。
信じて、気遣ってくれる。コニーは嬉しかった。だから深く考えず、力一杯頷いた。
「わかりました!危なそうなことはお兄様にお知らせして、あとは乙女ゲームのイベントが起こりそうな時は傍観して楽しむようにします!」
「いや……うん。まあ、いいや」
クリスティアンは何か言いたそうだったが、コニーの笑顔に言葉を呑み込み、笑みを返した。
「クリスティアン様……コニーはああ言いますが、もしかしてあの子は……」
席を立ったスザンナは、クリスティアンと共に部屋の隅へ移動し、小声で話しかけた。
「それはわからない。一先ず、様子を見るしかないよ。必要であればフォローをしながらね」
クリスティアンは苦笑いでコニーに目をやる。
「家では僕が気にかけるようにするけど……学園でのコニーのことをお願いてもいいかな?」
「もちろんですわ」
等といった会話がなされているとは露知らず、コニーは打ち明けられたことにスッキリして、安心してティータイムを楽しむのだった。
その夜、コニーは乙女ゲームの状況を整理してみた。
まず、ここはおそらく学園中心の乙女ゲーム。ヒロインはアリサ・ピスフルでほぼ間違いないだろう。
彼女と接触のあった攻略対象と思わしき人物は四人。
まずは、第二王子のアーネスト。歳はヒロインの一つ上。見た感じ、クールな俺様という感じだが、実際に話したことがないのでわからない。婚約者のパトリシアとの関係が気になるところだ。
次に、王太子のエリオット。学園を卒業し、この国の成人になったばかりの十六歳。クリスティアンの友人で、コニーにも気さくに話しかけてくれて、完全無欠な王子様といったところだろうか。ヒロインが学園にいる状況でどう関わっていくのか楽しみだ。
ヒロインとクラスメイトで隣の席になったアーヴィン・ガーネット。本当はヤンデレにでもなりそうなタイプだったが、コニーが色々してしまったので、ちょっぴり人見知りでちょっぴり執着が強いくらいになった。まだヒロインと話した様子はないが、これからどうなっていくのだろうか。
そして、クリスティアン・ブラウン。先日学園を卒業して、父の後を継ぐべく、警察組織で下積みから始めている。何か事件があった時に関わってくるのだろうか。とにかく優しいので、大切な兄に傷ついてほしくないコニーは心配だ。
まだ他にも出てきそうな気がするが、コニーはとりあえずこの五人を注視しようと考え、明日からの学園生活を楽しみに眠りに着いたのだった。