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「──入学おめでとう」
キラッキラで、乙女ゲームのメインヒーローにいそうな人だなぁ……。
入学式の来賓挨拶で登壇した人物を見ながらコニーは思った。
先程はついうっかり漏らしてしまっていたので、今度は意識してお口チャックだ。
国王の名代としてやって来た来賓はアーネストの兄であり、この国の王太子であるエリオットだった。見た目は一言で言うとゴージャス。艶やかな金髪に澄んだサファイアのような瞳。凛々しく、繊細な美しさも兼ね合わせた王子は、ゆいの世界ならアイドルでもやっていそうな輝きを放っていた。そして王族としての威厳と気品もあり、国民の間での評判もいい、完全無欠の王子様というのがコニーが持つ印象だ。
そんな彼に驚きと憧れの眼差しを向けるヒロイン──
たまたま町で遭遇して気になっていた美しい青年。それが、まさかこの国の王太子だったなんて……!?
王太子も一目でヒロインに気づいた。実はお忍びでちょくちょく町を訪れていたので、少女のことを認識していた。天真爛漫に働いていた少女。微笑ましく見ていただけの彼女のことがいつしか気になる存在へなっていくのだった。
……乙女ゲームでよくある展開だ。
コニーは同じクラスで席の近いヒロインに目を向けた。
ヒロインのような少女だが、スザンナが知っていた。
アリサ・ピスフル──小さな商会を営んでいる平民の娘だ。難関を乗り越え、見事学園への入学を果たした彼女は緊張と不安でそわそわしている。前は向いているものの俯いているので、王子の存在に気づいていない。
「──以上だ。私の話はつまらなかったかもしれないな。もっと興味を持てる話ができるよう精進しよう」
一際声を張り上げたエリオットに気づいたコニーは、彼に向けて姿勢を正した。すると、エリオットとばっちり目が合ってしまう。先程の彼の発言は、余所を向いているコニーに気づいていたからだろうか。
コニーは自分の失態に青ざめた。母親にばれたらお説教は免れない案件だ。
「諸君らの学園生活が豊かで意義のあるものであるよう願う」
エリオットはクスリと笑みを溢すと、拍手を浴びながら降壇した。女子生徒は感嘆の息を漏らして、麗しの王太子に熱視線を送る中で、コニーははっとアリサへ目をやる。そういえば、彼女もコニーの席の近くにいるのだ。エリオットの発言は、アリサを指していたのかもしれない。見るとアリサは、ポッと頬を染め、席に戻ったエリオットを見つめていた。
これはもしかして、またしてもコニーの妄想……もとい予想通りなのかもしれない。
アリサとエリオットの様子が気になりながらも入学式を終えたコニーは、自分のクラスの教室へ移動していた。
教室ではアリサの隣にはアーヴィンが並ぶことになっていた。
成績順なのか名前順なのか不明だが、指定された席がそうなっていたのだ。乙女ゲーム的には、攻略対象と席が近くて仲良くなるのはよくあることだ。そして、コニーはそんな二人を観察しやすい二つ後ろの席についていた。
アーヴィンはコニーを見つけて一瞥した後、すぐ着席した。彼は新入生代表で朝からずっと別行動で、教室にもギリギリに入ってきたため、コニーと今日はまだ話すことが出来ていない。入学式での挨拶の感想など積もる話は後で伝えることにしよう。コニーはそう思いながら、アーヴィンに続いて教室に入ってきた担任教師に目を向けた。
年代はコニーの父親と同じか少し上くらいだろう。長身を黒いコートに包み、黒髪を後ろに撫で付け、眼光鋭く怖そうな印象の男性だ。
教師との恋愛も乙女ゲームではよくあるが、この人は年上すぎるし、妻子がいそうだ。この担任教師は攻略対象ではないだろうなとコニーは何となくそう思った。コニーとしては、若い新人のような爽やかな青年より、落ち着いていて発言力のありそうなベテラン教師の方が学園生活において安心できるので良かった。
「私は君たちの担任を務めるオスカー・オーバーシュトルツだ。授業は歴史を担当している。それと、私は風紀委員顧問として生活指導も担っている。私のクラスから風紀を乱す者が出ないことを祈る」
担任教師のオスカーの挨拶で、教室の空気がピシッと引き締まる。見た目通り怖くて厳しそうだ。
その後はクラスメイト全員の自己紹介となったが、緊張からか、乙女ゲームに関連している人物が少ないからか、コニーは妄想に耽ることなく、無事に自己紹介を済まし、今日の学園でのカリキュラムを終えたのだった。